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ああ、嫌だ。
ローダンデール侯爵家の娘である私に、特別な価値を見出す者達がいることは、もちろん知っていた。私を手に入れる為に、どんな手段が使われる可能性があるのかも、当然知らされていた。
でも覚悟はできていなかったのかもしれない。
実際にその危険が目の前に迫っていることが嫌で嫌で堪らない。
怖い、気持ち悪い、なにも知りたくない。
このまま目を閉じて耳を塞いでしまいたい。
でも、そうしたら私の人生はそこで終わってしまう。
それは駄目だ。
『そうだ。目の前の危険から目をそらすな。負けてはいけない。アメリアの人生を勝ち取る為に戦え』
(そうね。負けられない。ワタシ達の為に、そして私を愛してくれる皆の為にも……)
ルコントの目的がなんなのかは分からないが、私が負けてルコントの手に落ちたとしても、あの男は望む結果を決して手に入れることはできない。
オールモンド王国の法の番人たるローダンデール侯爵家は、暴力や脅迫者には決して負けない。
私を切り捨てることで、その正義を貫くだろう。
実際に四代前の当主は、跡継ぎを誘拐されても脅迫には応じず、後に遺体となった息子に対面したと伝えられている。
お父様にもその覚悟があることを、私は誰よりもよく知っていた。
同時に、私を切り捨てたことで、お父様がどれだけ苦しむか、そして悲しまれるかも知っている。
私を守り切れなかったことを、お父様はきっと一生悔やまれるだろう。
そんなお父様を見て、きっとお母様も苦しまれる。お兄様も弟のダージルも同じだ。
アルフレード様やフローリア様、そして、オズヴァルド様。学園で知り合った友人達も、きっと悲しんでくださる。
ああ、嫌だ。
私は、私の愛する人達が、私のせいで生涯消えない痛みを背負う未来なんて認めない。
絶対に負けるものか。
「その傭兵達がルコント様の手の者だと仮定して、この馬車を襲撃されたら今いる護衛達でしのげますか?」
気を取り直して聞くと、護衛隊長は首を横に振った。
「フォスター殿から聞いた限りでは難しそうですな。屋敷に戻るのは諦めて、万が一の為に用意していた隠れ家にいったん避難しますか?」
「……たぶん、今からでは手遅れだと思うわ」
ローダンデール侯爵家の家紋を堂々とつけた豪華な馬車が、一つ所に停車しているのだ。きっともう傭兵達に発見されているだろう。
私がそう指摘すると、フォスターが疑問を呈した。
「ここに居るのに気づかれているのなら、なぜ手出ししてこないのでしょう?」
「なるべく騒ぎにならないようにしたいんじゃないか? 人通りの少ないところで仕掛けてくるつもりなんだろう」
「それならば、このまま学園か王宮に戻っては?」
「駄目だ。どちらも途中で襲撃に向いた危険な場所がある」
「助けを呼びに行くことはできますか?」
「途中で潰されるでしょうな」
「こちらの状況にいずれ屋敷の人達も気づくでしょう。彼らが助けに来るまで、隠れ家で籠城してみては?」
「助けが来る前に逃げ道を塞がれ、押し込まれてお終いだ」
「では、どうすれば……。くそっ」
フォスターが苛々と自分の膝を叩く。
「私が身代わりになります。幸い今日はつばの大きな帽子がありますし、髪を結い上げてアメリア様と服を取り替えれば、そう簡単には気づかれないでしょう」
自分が襲撃者達を惹きつけている間に、私は侍女の服に着替えてこっそり逃げればいいとエリスが言う。
「エリス、それは……」
それは駄目よと言う前に、「それしかないでしょうな」と護衛隊長が私の言葉を遮った。
「お嬢さま、俺達は貴方を守る為にここにいる。仕事をさせてください」
そんなことを言われたら、もう駄目だとは言えない。
でも、エリスを犠牲にする前提で逃げ出すなんて……。
『アメリア、ひとつ提案がある』
(聞くわ)
このタイミングでのワタシの提案に、私は即座に飛びついた。
◇ ◆ ◇
その後、私達は、人目のある街中に確保していた隠れ家に一時的に避難する方向で考えをすすめた。
エリスだけは隠れ家には直行せず、途中で馬車を降りて、私の変装用の着替えを手に入れる為に商家に向かわせる。
と見せかけておいて、エリスの服を着て、フォスターの眼鏡を借りて変装した私ひとりが商家に向かう。
もちろん、侍女だと思われていても人質として狙われる危険があるから、買い物を終えたらすぐに商家に頼んで裏口から逃がしてもらう。
商家で購入するのは長期間の乗馬に耐えうる装備一式と携帯できる食料類だ。
そして私は、そのまま貸し馬屋で馬を借りて、ひとりで王都を離れ、領地まで馬で駆け抜けるのだ。
傭兵達も入れ替わりの危険性は予想しているだろうが、まさか侯爵令嬢である私が、ひとりでの長距離移動に踏み切るとは思っていないだろう。
そこが狙い目だった。
その間、エリスも隠れ家に用意してある庶民の服に着替えた上で、顔を堂々と晒して護衛達と共に隠れ家から出て、近くの憲兵達の詰め所に逃げ込む。
私が居るならなりふりかまわず襲ってくるかもしれないが、そうでなければ人目のある街中での襲撃は躊躇うだろうという予測の上での計画だ。
これら全てが、ワタシの提案だった。
それをそのまま私が口にすると、エリスだけは猛烈に反対した。




