17
「今から……ですか? さすがにそれは……」
王宮はふと思いついて行っていいような場所ではない。
招かれているならともかく、登城するには前日に使者を立てる必要がある。
「私と一緒なら大丈夫だ。アメリアに受け取って欲しい物が――」
「――ちょっ、王子、駄目です! 使者がどんな返事を持ってきたか、まだわからないのですよ!」
またしても、少し離れた所からラルコが声を上げた。
「心配ない。大丈夫だ」
「駄目です! 勝手なことをしたら国王様に報告しますからね」
「卑怯だぞ。父上は関係ないだろう」
「馬鹿言わないでください。関係あるに決まってるでしょう」
ラルコは歩み寄ってきて、呆れたように肩をすくめる。
いつもより険悪な雰囲気を漂わせつつあるふたりの様子に、私は慌てて口を挟んだ。
「あの……申し訳ないのですが、父の命令で、今日中に屋敷に戻らねばならないのです。ですから一緒には行けません」
「屋敷に? 寮には戻らないのか」
「はい。外泊届けはすでに出してありますから」
「王子、そういうことなら、明日にでも直接侯爵家にお伺いすればいいのでは?」
ラルコの提案に、オズヴァルド様は、ぱあっと嬉しそうな顔になる。
「ラルコ、お前たまにいいことを言うな」
「たまには余計です。――アメリア様、明日の午後、我々一行がお屋敷の方にお伺いしても大丈夫ですか? ご迷惑ではありませんか?」
「え、あ……大丈夫です。キールハラルの方々にいらしていただけるのなら、むしろ光栄です」
「ありがとうございます。では、詳しい時間と随行の人数を、そちらの侍女と打ち合わせしておきますね」
あっという間に話が決まり、半ば呆然としている私に一礼して、ラルコはエリスの元に向かった。
『アメリア、良かったな』
普段、人と会話している時には声をかけてこないワタシの声が、心の中で響いた。
(そうね。すごく嬉しいわ)
本当ならひと言の挨拶もないままに会えなくなるはずだった。
それが今こうして一緒に居られるだけでも僥倖なのに、明日正式に屋敷を訪ねてくれるという。
(私が王都を離れることをオズヴァルド様に話してもいいか、今晩中にお父様に聞かなくては)
許可が得られたら、きちんと別れの挨拶をすることができる。
隣国とはいえ、キールハラルは片道だけでも一ヶ月以上かかる遠い国だ。しかもその道程の大半は厳しい砂漠越え。将来、オズヴァルド様が外交を担当することになったとしても、そう簡単に訪ねては来られないだろう。
それに私自身、これからは王都から離れた領地で暮らすことになるのだから、オズヴァルド様がオールモンド王国にいらしても、もう会う機会はない。
この想いを告げることは叶わなくとも、せめて学園で共に楽しく過ごした日々への感謝の言葉を告げたい。
そして、これからのオズヴァルド様のご活躍を影ながら祈っていると伝えたい。
「王都の屋敷には、アメリアの家族が皆いるのか?」
「はい。父と兄は仕事で王宮に出仕して留守にしているかもしれませんが、母と弟はいます。弟は十歳で、キールハラルの皆さまの装束に興味を持っていましたのできっととても喜びます」
オールモンドのものとは違う反り返った半月刀や、砂漠に住む竜の革で作られた鎧。褐色の肌や私達の目から見るとエキゾチックに見えるその顔立ち。
弟はまだ王宮には出入りできない年齢だから、人伝に聞くキールハラルに興味津々なのだ。
「そういうことなら、明日は正装で行こうか」
「まあ、素晴らしいわ。では私もなにか特別なものを……。そうだわ。アイスクリームを用意しますね」
「アイスクリーム? なんだそれは」
「フローリア様が考えたレシピで、卵と乳と砂糖等を混ぜ合わせて凍らせたお菓子です。甘いものはお好きでしたよね?」
「ああ。オールモンドの菓子はどれも素晴らしいからな」
「それなら、きっと気に入ると思います」
砂漠の国では氷は滅多に手に入らない貴重品だと聞いている。
この機会に、ぜひとも召し上がってもらいたい。
「凍ったお菓子か……。凍らせた果実水を削って蜜をかけたものとは違うのか?」
「全然違います。凍っているのに柔らかくて、口の中でふわっと蕩けるんですよ」
「凍らせても柔らかいのか? 想像できないな。明日が楽しみだ」
「はい。私もとても楽しみです」
(……明日もまたオズヴァルド様にお会いできる)
なによりも、それが嬉しい。
きっと明日は、私達が共に過ごせる最後の日になる。
後悔のないよう準備を整えて、素晴らしい時間にしなくては……。
屋敷に帰ったらまず真っ先に料理人を呼んで、アイスクリームを用意してもらおう。確かフローリア様は、すりつぶした果物を混ぜても美味しいと言っていたから、試しに何種類か作ってもらおうか。
オズヴァルド様は屋敷の中より、庭で過ごされることを好まれるから、庭園におもてなしのテーブルを用意させなくては。
護衛騎士達の方々にも交代で楽しんで貰えるよう、別に席を用意しよう。
私は頭の中で、明日の準備をあれこれ考え続けた。
それら全てが無駄になるとは知らないままに……。




