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キールハラルは、二柱の神と、その間に産まれた神々による多神教の国だ。
主神である白銀の太陽神は、白銀の髪と赤い瞳を持つ男神。
砂漠の砂を白く焼き尽くすその大いなる輝きは、大地に生きる者達に恵みと共に厳しい試練を与える。
だが天を巡り地に沈む間際、神はゆっくりと振り返り、試練に耐えた者達に慰撫の眼差しを向けるのだ。
だからキールハラルでは、夕焼けを神の瞳の色に喩えていた。
主神の伴侶たる夜の女神は、黒髪と紫の瞳を持つ穏やかな神。
砂漠の人々は、星々の輝きを散りばめた夜の女神の黒き髪のような闇に包まれて、昼の厳しい試練に疲れた身体を癒す。
そして夜明け間近、女神は大地に眠る人々に向けていたその優しい眼差しを、伴侶を迎えるべく天へと向ける。
だからキールハラルでは、夜明け前のほんの短い時間、空も砂漠も女神の瞳の色に染まるのだ。
『その瞬間、白い砂漠は鮮やかな紫に変わる。まるで貴方のその瞳のような美しい色に……』
初対面の挨拶の席で、いきなり夜の女神に例えられてうっとり見つめられ、困惑したのを昨日のことのように覚えている。
オールモンド王国はキールハラルと違って国教を持たない。
祈りを捧げる対象は、それぞれの土地に言い伝えられている土着の神や精霊のような身近な存在で、全土に渡って信仰されるような大規模な宗教は存在しないのだ。
だからか、国を挙げて信仰されているという神々に対して、どうしても畏怖のようなものを感じてしまう。
「夜の女神に例えられるのは光栄ですが、不敬と受け取られて神々の怒りを招くようなことにはならないでしょうか?」
夜の女神に例えられたその日のうちに、こっそり従者のラルコに聞いてみた。
ラルコは何故かふわふわと視線を彷徨わせながら、大丈夫ですよと頷いた。
「騒がしい悪戯者のことを西風の神に例えたり、穏やかな性格の美女を東風の神に例えたりしますから」
確か、西風と東風の神は男女の双子神だったか。
「では、夜の女神はどのような時に例えられるのでしょうか?」
「え……ああ……えっと、艶やかな黒髪の女性の美を誉める時など……でしょうか……」
良くあることなのでご心配なくと、なぜか妙に汗をかきながらラルコが言う。
白銀の太陽神は殺人や盗み等を決して許さない神だが、その戒律は普通に暮らす上ではさほど厳しいものではなく鷹揚ですらあるのだと。
だから大丈夫ですよと何度も言われたが、ラルコの奇妙な態度も相まって、いまだに畏怖は消えていない。
◇ ◆ ◇
汗を拭く布や飲み物と甘い菓子等を振る舞われた護衛達の嬉しそうな声が、少し離れた場所から聞こえてくる。
「たまには授業をさぼってこういう時間を過ごすのも悪くない。もっと早くに知りたかったな」
「あら。私はさぼってなどいませんよ。卒業までに必要な単位は全て取得済みなので、もう授業に出る必要は無いのです」
「さすがだ。アメリアは優秀だな」
「王子もアメリア様を見習って、残りふたつの単位を早く取ってくださいよ。このままじゃ国に胸はって帰れませんよ」
「わかってる! お前はちょっと黙ってろ!」
ラルコに茶々を入れられて、オズヴァルド様が嫌な顔をする。
この主従の関係はいつもこんな風に気安い感じで、見ていてとても楽しい。
「そういえば、オズヴァルド様はどうしてここに?」
「国からの使者が到着したらしい。王宮に呼ばれているんだ」
「まあ、ではこんな所で休んでいてはいけないのでは?」
「平気だ。オールモンドの夜の女神と過ごせる時間のほうが大事だ」
赤い瞳に見つめられて、私の頬も自然に赤くなる。
オズヴァルド様の無邪気な言動を勘違いしてはいけないと思うのに、つい期待しそうになって困る。
赤くなった頬を少しでも隠したくて、被っていた帽子の角度を少し変えた。
その際、私が上げた腕を見たオズヴァルド様が、ふと嬉しそうに微笑む。
「お揃いだ」
差し出された左腕には、蔓草を模したブレスレットが光っていた。
私のものとお揃いだが、男性用に太くこしらえられているせいか随分とイメージが違う。
「全体的に私のものより大きく作ってあるんですね」
私もブレスレットをはめた腕をオズヴァルド様の腕と並べて、二つのブレスレットを比べてみた。
蔓草も木の実を模した宝石も私のものより大きくて力強い感じがする。
「アルフレード様とフローリア様とオズヴァルド様、皆さまとお揃いで良い思い出になります」
「そうだった。これはアルフレード達ともお揃いだったな」
オズヴァルド様がなぜか不満そうな口調で呟く。
そして唐突にとんでもないことを言った。
「そうだ。今から私と一緒に王宮に行かないか?」




