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初春の丘は完全に雪も溶け、乾いた大地は、ところどころに黄色やうす桃色の花々を散りばめた若草の絨毯に覆われていた。
「ああ、良い天気」
普通の侯爵令嬢ならテーブルや椅子を用意するのだろうが、私は若草の上に敷いた敷物の上に直接座って空を見上げていた。
まだ気温はさほど高くはないが、温かな日差しのお陰で寒さはまったく感じない。
侍女のエリスが日焼け防止の為にと差し出した日傘を断り、つばの大きな帽子をかぶった私の頬を爽やかな風が穏やかに撫でていく。
とても気持ちのいい午後だった。
少し離れたところにエリスと侯爵家から迎えに来てくれた護衛騎士達が居て周囲の警戒をしてくれている。だが見晴らしのいい場所だけにさほど緊張感もなく、思い思いにこの穏やかな光景を楽しんでいるようだ。
『そうだな。気持ちのいい青空だ』
私の中のワタシに見せるように、ゆっくりと周辺の景色を見渡した。
広い丘の景色は幼い頃に暮らしていた領地の景色に良く似ていて、この王都の中で一番のお気に入りの場所だった。
最初の頃はひとりで、フローリア様と友達になってからはフローリア様の手作りお菓子を持参してふたりで、やがてアルフレード様も一緒になって三人でよくピクニックに出掛けたものだ。
楽しい思い出の残る場所だが、ここももう今日で見納めだ。
最後に視線を丘の下に広がる広い学園の敷地に向ける。
今は午後の授業中だ。殆どの生徒は教室内にいて、運動場では豆粒のように小さく見える少数の生徒達が棒術の訓練をしているようだった。
今日は終業の鐘が鳴るまでここに居て、その後屋敷に帰る予定になっている。
ぼんやり校舎を眺めながら、私はこれからのことを思う。
(……これから、大変でしょうね)
婚約内定者としてアルフレード様をガードしていた私は、肉食系の令嬢達に疎まれていた。内定が取り消されると同時に学園から姿を消したら、きっと正式な婚約者になれなかったことが恥ずかしくて逃げ出したのだろうと、有ること無いこと噂されることだろう。だが、どうせそんな噂はもう私の耳に入ることはない。だからなにを言われても構いやしない。
心配なのは、フローリア様のことだった。
フローリア様は伯爵令嬢として公的に認められているが、妾腹であることも同時に周知されている。
国王陛下が認めてくださったとはいえ、王太子の婚約者になるにはかなり厳しい出生だ。
これからフローリア様が高位貴族達から王太子の婚約者として認めてもらうためには、かなりの努力と忍耐を必要とすることだろう。
(もっと早くに『乙女ゲーム』のことを知っていたら、私の立場を利用して協力することもできたのに……)
婚約内定者の立場を笠に着て横暴を極める『悪役令嬢』と、虐げられても誠実に第一王子を慕う心優しい『ヒロイン』。
『乙女ゲーム』を参考に、私が『悪役令嬢』を演じることで、光と影、正義と悪のような、分かりやすい二極構造を意識的に作り上げることだってできた筈だ。
あの横暴で性格の悪い『悪役令嬢』より、出生の事情があったとしても忍耐強く心優しい『ヒロイン』のほうが未来の王妃にふさわしいと、周囲の者達がごく自然にフローリア様を認めざるを得なくなるよう誘導する為に……。
(『悪役令嬢』になりそこねちゃったわね)
正直に言えば、『乙女ゲーム』の話をはじめて聞いたとき、私は『悪役令嬢』に憬れを抱いた。
なりふりかまわず、ただひとりの人の愛を求めるその在り方を、とても尊いと思ったのだ。
今の私にはとうてい選べない生き方だから。
アルフレード様の壁になろうとして選んだ婚約内定者としての立場は、私自身の周囲にも壁を作った。
この国の第一王子の婚約内定者である以上、私は他の誰にも恋心を抱くことを許されない。
この立場を選んだ十二歳の時にはそんなの平気だと思っていたけれど、十七歳になった今ではそのことがとても苦しかった。
この心の望むまま、胸に抱いた想いを口にすることができたなら、どんなに幸せだろう。
あの方のお側で心のまま素直に振る舞うことができたら、もしかしたらあの方も……と、有り得ない夢を見てしまうほどに……。
『……アメリアが『悪役令嬢』になる必要がどこにある?』
私の心が筒抜けだっただろうに、ワタシはわざと話を元の流れに戻してくれた。
やっとあらすじに追いついた。




