23 ケルベロス
ローム視点。
目覚めると、そこは灰色の部屋。
廃墟か何かの建物の中だろう。
椅子に縛り付けられていた。
「んっ……」
薬が切れたのか、肩がズキズキする。
うんざりしながら、わたしは顔を上げた。
すると重そうなドアが開かれる。
トミーが突き飛ばされて、入ってきた。
何やら誰かと話しているが、英語で聞き取れない。それにドアが邪魔で誰と話しているかもわからなかった。
ドアはガタンと大きな音を立てて閉まる。
「なんだって?」
わたしはトミーに通訳してもらうことにした。
「約束が違う……」
そう呟くトミーの手には、ナイフがある。
「……娘を返す約束だったのに、次はわたしを殺せって言われたわけ?」
簡単に予想は出来た。
「なんでヴォル・テッラに相談しなかったんだ」
「……娘の命がかかってた……まだ、まだロクに喋れない1歳なんだ。クソっ! アンタの命までは奪わないって言ったんだ! 継承式が終わるまで、監禁するだけだって!」
「それを信じたのか」
呆れて息を零すが、娘の危機に焦って信じるしかなかったのだろう。理解は出来る。
娘のためだったのだ。親ならそうするしかないと思って当然だ。
「いいよ。殺せよ」
わたしが告げれば、トミーは間抜け面になった。
「はっ?」
「あたしを殺して娘を救え」
「な、何言ってるんだ、遊さんっいやローム様!」
「ーー…頼むから”お父さん”と一度も呼べないまま死なせるな」
わたしは鋭い声を放つ。
「あたしは、あたしは一度も呼べなかった!! 一度も呼べないまま……置いていかれた!! 頼むから、アンタだけは娘を苦しませるなよーー…」
お父さんって、呼べないことがこんなにも辛いことなんて思いもしなかった。
血溜まりの彼を見て、喉まで出かかった。
それでも、呼べなかった。
どんなに叫びたかったことか。今だって、叫びたい。
それでも、そんな資格はないと、飲み込む。
「……ローム様……。無理だ……そんな……ボスの娘を殺して、娘を抱けるわけないだろ……」
トミーが、ナイフを落とす。
わたしは、顔を歪める。涙が落ちた。
「頼むからーー…わたしを殺せって!!」
「嫌だ!!」
トミーが首を振るが、ロームは。
その時だ。
ドゴンッと壁が破壊された。砂煙にまみれて、辺りは見えなくなる。何が起きたのか。
「お、おい……!?」
トミーを呼ぼうとしたが、彼は足元に倒れていた。頭でも打ったのか、気を失っている。
砂煙の中から、それは顔を出す。巨大な巨大な狼の顔。それもわたしの身長に匹敵する大きさ。
瞳はわたしの頭ほどあって、サファイアのように青かった。
そして、純白の毛並み。
その狼に丸呑みされるのではないかと、ゴクリと息を飲んだ。
しかしそれはないと、気が付く。差し出された右脚には、金の腕輪。ケルベロスだ。
「ケルベロスか……」
「行こう、ローム。時間だ」
大きな口から声が溢れた。
巨大な頭を近付けて、ケルベロスはわたしを縛り付ける縄を噛み切る。
「待ってくれ、トミーの娘が囚われている」
「救った」
「え?」
ケルベロスの背には、トミーと同じ茶髪の幼女がしがみ付いていた。娘を救って来てくれたのか。
「大丈夫だ、ローム」
「……はぁ」
ロームは安堵の息を吐いて、ケルベロスの首元に顔を埋めた。
「……”お父さん”」
「ーー…っ」
呟いた言葉を聞き、ケルベロスは微かに震える。
「顔を隠したくらいでわからないと思ったのか? バッカじゃねーの」
ケルベロスの正体は、シリウス・ヴォルフだ。
間近で声を聞いて確信を得た。
「死人は時々生き返るんだろ、シリウス・ヴォルフ」
「……ローム」
人を亡くすと声から忘れるというが、その優しい声を間違えることはない。まだ。
吸血鬼や悪魔がいるのだ。頭を撃ち抜かれても生き返る者がいても、今更驚きはしない。
「髪は白くなってたな。どういうことなんだ?」
「……フェンリルファミリーは、危機に陥ると力が覚醒することがあるんだ。例えば、現ボスが殺されたりすると、そのボスは狼人間として息を吹き返す。オレのようにね」
なるほど。現ボスが殺されることはファミリーの危機。
ファミリーの危機に、悪魔から与えられた力が覚醒する。
「それを知る者は?」
「幹部だけだが、ヴォルはまだ知らない」
「……ヴォルにアンタが生きているって教えてないの?」
わたしは睨み付けた。
「彼はまだ知らないんだ。アリビトにも知られるわけにはいかない秘密なんだ。オレも首輪を嵌めた時に、初めて聞かされたよ」
ファミリーの中でも秘密のこと。
それでもわたしは腕を組んで睨むのをやめない。
「ローム。時間がない。行かなくては」
「……」
表向きはシリウス・ヴォルフは死んだ。
だから、わたしの作戦でいきたいらしい。
「わかった。アリんこの牙をへし折りに行ってやる」
トミーを背中に乗せてーークソ重かったーー、わたしもケルベロスの背に乗った。
壁を突き破って、ケルベロスは脱出する。
まだ朝の街を、ケルベロスが駆けた。
間も無くして、ホテルに突っ込んだ。
フェンリルファミリーらしき一同が集まっていた。
ケルベロスは砂煙の中で小さな姿に変わる。誰も目撃していないだろう。恐らく。
「ろ、ローム?」
「ヴォル」
ヴォルを見付ける。戸惑いが隠せないでいるヴォルの手には、箱があった。
そこには、きっとディールの首輪があるだろう。
「これつければいいんだろ、ヴォル」
「え」
ヴォルの手を退かして、箱を開けてみれば、そこにあったのはシリウス・ヴォルフがつけていた首輪があった。
それを躊躇なく、首に嵌める。カチッと音を鳴った。
「なッ」
砂煙がすっかりなくなると、会場がザワッとし始める。
「小娘!! 貴様誰だ!! 何したかわかってんのか!? それはオレのだぞ!?」
「小娘?」
アリんこが言ってきたから、カチンと来た。
「6代目の娘、ローム・ヴォルフ。7代目ボス」
わたしはそう名乗ってやる。
「!!!」
会場が騒然とした。
「み、認めるかッ!! 堂々と遅刻しておいてっ!!」
「は? お前がわたしを拉致させたんだろうが。とぼけんな。お前が認めなくても、わたしが選ばれたはず」
「その通りです」とカルロが口を開く。
カルロ、ダン、リカメン、ルポが敬うようにザッと頭を下げた。
「ローム様。あなた様が7代目」
肯定だ。
当然のように、アリんこことアリビトは反発した。
「ふざけんなっ!! てめぇら全員グルなんだろーが!! 全員して小娘をボスに仕立て上げて、オレを退け者にするつもりなんだろッ!! てめーも父親の敵討ちに来たんだろ!?」
「全然違う」
わたしはあっさりと手を振り否定する。
「殺し屋を差し向けてきたお前が、手に入れたいものを奪われて悔しがる顔を見にきた」
「な、なんだと」
会場の中で「性格悪っ」という声が聞こえてきた。リキ達だろう。あとで蹴ってやる。
「悔しいだろう? やっと手に入れられたかと思ったのに、目の前でそれを奪われるんだからな。お前は所詮ボスにはなれない。元々認められていなかったんだ。当然だろう」
わたしは、思いっきり嘲笑ってやった。
「それなのにあたしから父親を奪った。……いいやーーファミリー皆の”父親”を奪ったんだ。ーー…謝罪しろ」
睨むように見下して言い放つ。
ビクリ、とアリビトが震え上がる。
ケルベロスが箱の前で、遠吠えをした。
「っざけんな!! 殺してもまたッオレの邪魔をすんなッ!!」
アリビトが懐から出したのは、銃だ。
マフィアだからって継承式に所持させるなって。
「シリウス!!!」
幻覚でも見ているのか、その名を叫んだ。
パンッと銃声が響いたが、弾丸はわたしを貫かなかった。ヴォルが立ち上がって、弾丸を切り裂いたのだ。また。
「今……白状したな? アリビト」
わたしを守るように立つヴォルは、アリビトを睨んでいる。
「6代目を殺害及び、7代目の殺害未遂で、貴様をファミリーから永久追放する!!」
ドンッと言い放つヴォルは、狼の牙のように白いナイフを構えていた。
「証拠? あるよ」
カルロがアリビトに、刀を突き付けた。リカメンが肩を掴む。
「オレ達だ」
ダンが銃をこめかみに突き付けた。彼らが目撃したのだ。
「くそ……狼がッ」
アリビトは観念するしかない。もう逃げられないのだ。
「ふぅー……ローム、無事なのか?」
ヴォルはわたしを振り返り、頭の上から下まで見た。
「またお前は弾丸を切る無茶をして……」
「ローム……」
はぁ、と溜息を吐く。ヴォルの肩を握って、頭を下げる。ヴォルの手がゆっくり伸びてきたが、触れる前に。
パンッと破裂音が聞こえて、ビクッと震え上がった。
パンパン、と会場には拍手が響き渡る。
「7代目最高ッ!!」
「惚れたぜッ! ローム様!!」
喝采で満ちた。リキ達は涙を流して、わたしを「7代目!!」と呼んだ。
ケルベロスは興奮したように喝采に負けずに「ァウゥウウッ」と叫ぶ。
「大の男が泣くな!! 可愛くねぇ!!」
わたしはヴォルの背中に隠れた。
「ローム……さっきの大狼は? ケルベロスなのか?」
「だったらなんだ!」
「……そうか」
聞きたいのはそれだけなのか。全く。
すると、重ねた背中にヴォルがのし掛かってきた。
「ちょ、重いっ、ヴォル!」
「一生ついていきます。一生守ります」
ヴォルの声が降ってくる。
「オレがそばでお守りするので、オレを背負ってください」
背負えないと言ったわたしに、それを言うのか。
「重いっ!!」
わたしは、思いっきり押し退けた。
「泣いてるんだな? おら見してみろよ!」
「う”っ」
ヴォルが左腕で泣き顔を隠す。それを暴いてやろうとしていたら「7代目」とカルロに呼ばれた。
「あ。これどうやって外すんですか?」
「ん? 死ぬまで外せませんよ」
「え?」
「首切断しないと外せません」
「……偽物用意しろって言ったよな?」
「1日で同じものを用意するのは無理ですよ」
カルロは悪びれずことなく、ははっと笑って見せる。
首に感じる重さは、本物。金の首輪。
わたしはにこりと微笑んだ。カルロも笑い返す。
次の瞬間には、カルロの顎を蹴り上げた。
そして刀を奪う。
「はめやがったな!?」
「落ち着けローム!!」
「ええい止めるな!! お前もグルか!?」
「オレは知らなかったが、落ち着いてくれ!」
後ろから両腕を掴まれて、ヴォルに押さえ込まれる。
「一生ボスでいられるか! ケルベロス!!」
ケルベロスの秘密を暴露してでも、自由になろうとした。しかしその前に、カルロに口を塞がれる。
「しー、ですよ。7代目」
カルロは青い瞳を細めた。
コイツだと直感する。ヴォルに偽物を作ってほしいと頼まれても、本物をつけさせると目論んだに違いない。
怒りが頂点に達して、わたしはもう一度蹴りを決めた。
ああもう。至極めちゃくちゃだ。
この狼どもがわたしの人生はめちゃくちゃ。
「ローム!」
諦めて、もう認めるしかない。
倒れたカルロとわたしを交互に見ているヴォルを向く。
黒のスーツに身を包んでマフィアらしく、かっこいいヴォルのネクタイを掴んだ。
「ローム!?」と戸惑う彼を無視して、ネクタイを思いっきり引っ張った。
そして唇を重ねる。
「絶対にわたしを守れよ、婚約者」
「……ああ……守るよ」
耳まで真っ赤になったヴォルは、頷いた。
こうして、フェンリルファミリー7代目ボスが誕生したのだった。
一度endです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
20170815




