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六日目の朝。
アイリーンがいつもの時間にライナルトを起こしに行くと、もう既に着替えも済ませたライナルトの姿がそこにあった。
「おはよう。今日は…早いのね」
時計を確認してから、もう一度ライナルトを見る。いつもと同じ時間だ。ライナルトは先に起きて着替えも済ませてしまったのだろう。一人で起きれるなら、自分は何の為にこの仕事を与えられたのか。そんな疑問がアイリーンの頭の中に過ぎった。
「ああ。今日は式典の準備と…父と話すことがあって」
そう言いながら袖のボタンを留めるライナルトの声色はどこか暗かった。白い礼服に身を包むライナルトは、何故かいつものように軽口を叩ける相手に見えない。
「夜には自由になるから。ご飯、一緒に食べよう」
準備を終えたらしいライナルトは、扉の傍でただ立ちすくむアイリーンの頭を軽く撫でた。
「大変、ね。王子様」
「本当。王太子になったら、もっと大変になるだろうな。王家に縛り付けられて」
「今までが自由過ぎたんだわ」
「そう言われると何とも。まあ、それももう終わりだ」
昨日は手を取り合ってダンスをしていたから、アイリーンは何となくライナルトを近くに感じていた。式典で一緒にダンスを踊ろうと言われても、気にならないぐらいに近い存在だった。だが、今、こうして正装している様を見れば、距離を感じずにはいられない。
手を伸ばせば触れられる距離に立っているのに、届かない人物。
この一週間であまりに近くで過ごした為か、互いの本当の距離というものを忘れていた。こんな風に、近くで過ごす楽しい日々も一週間だけ、と期間が決められているもの。それももう終わりを迎える。あと一日だけ。
それが何とも切なくて、アイリーンは一歩後ずさりした。
「じゃあ、私はこれで…」
「アイリーン」
さっさとこの場から離れてしまおうとしたアイリーンの腕をライナルトが掴む。逃がさないと言わんばかりに真っ直ぐにライナルトはアイリーンを見つめた。
「今日の夕食、一緒に食べる約束忘れないで。今日は…最後の夕食だから」
「…そう、ね…分かったわ…」
「話したいこともある」
「え、ええ…」
いつになく真剣なライナルトに、アイリーンは戸惑いながらも頷いた。それを見たライナルトの表情が綻んだ。
「アイリーン、好きだよ」
「…な、何…急にっ…」
「遊びなんかじゃないし、冗談でもないから。後は…今夜、改めて話すよ」
ライナルトは未だ驚きで思考がついてきていないらしいアイリーンの額にそっと唇を落とし、ぽんぽんと頭を撫でた。アイリーンにとっては唐突なことかもしれないが、ライナルトにとってはずっと計画していたことだ。
明日の昼過ぎには、行儀見習いを終えてアイリーンはフェイル家の屋敷へと戻ってしまう。だから、今日はちゃんと話すつもりでいた。父にも、アイリーンにも。
「また、後でね」
どう応えれば良いのか迷っているアイリーンの隣をすり抜け、ライナルトは扉に手を掛けた。
今まで出会って来た女性とまるで反応が違う。
最初はそれが面白くて、どんどん惹かれていったけれど…いつまで経っても思ったような反応を示してくれないアイリーンに、ライナルトは少し焦りを感じていた。
「ま、また…後で…」
背後でアイリーンが呟いた言葉に、少しだけ嬉しくなる。ライナルトは振り返り、笑みを返して部屋を後にした。
ライナルトはその足でまず、父の元へと向かった。
父・ヴェスアード国王は待ち構えていたかのようにライナルトを出迎えてくれた。
「父上、今日は申し上げたいことがあり、参りました」
正装に身を包み、深々と頭を下げる息子に、ヴェスアードは柔らかく微笑みながら、その肩を優しく叩いた。
「それほどまでに畏まらなくても良い。大体…何のことか、分かっているつもりだ」
「そうですか」
「ハドリーから聞いたよ。フェイル家のお嬢様はとても可愛らしい、と」
「…ハドリーから、ですか…」
余計なことを、とライナルトが心の中で毒づいていることなど気付いていない様子のヴェスアードは言葉を続けた。
「それに、お前がとても楽しそうにしていた、と」
「…私は、フェイル家のアイリーン嬢を妃として迎えたいと思っています」
「ああ、それでいいと思う。お前の言う通り、燻っているベアリルの残党も…ベアリル王家の血を引く女性を妃としたならば、黙らせることが出来る」
そんなのは建前でしか無い。
そう言っておけば、多少は口うるさい周囲を納得させることが出来ると思ったからだ。父もそれが、ただの建前でしか無いことを知っていた。
だからこそ、この建前に賛同してくれたのだ。
この建前の下、政略結婚のような形でアイリーンを妃とすれば、その他の妃候補だった女性たちに対しても納得させることが出来るだろう、と。それがヴェスアード国王も認めたとなれば、更に強く出れる、と。
「…ありがとうございます」
再び深々と頭を下げたライナルトに、ヴェスアードは優しく微笑みかけた。
「私は、お前の幸せを一番に祈っているよ。お前は賢いから、上手くやっていけるだろう。ただ、無理強いは良く無い。それだけ、伝えておこう」
「分かっています」
ライナルトは頭を上げ、いつになく嬉しそうに微笑んだ。
それを見て、父も「そうだろうな」と楽しそうに声を上げて笑った。
そんな二人の様子を隣室からこっそりと覗き見していたハドリーは、楽しそうにステップを踏みながら、机へと向かった。机の上には、ライナルトの妃候補のリストが置かれていた。
「さてと、このお妃候補者たちにも説明しなければ」
妃候補リストの紙の束を抱え、ハドリーはこっそりと隣室から出て、廊下を楽しげに歩き出した。




