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 翌朝。

 初日の仕事だ、とアイリーンは用意された侍女用と思える濃紺の服に袖を通し、気合いを入れてライナルトの部屋へと向かった。


「おはよう!起きて!」


 アイリーンの起こし方は割と荒かった。

 自分の兄たちにしていたように、布団を引っぺがそうとする優しく無い起こし方だった。


 また予想外だ、と思いながら、ライナルトはアイリーンに手を伸ばした。


「え、ちょ、っと」


 ライナルトはアイリーンの腕を掴んでそのままベッドの中に引きずり込む。

 突然のことにアイリーンは何が起こったのか理解出来ずにいた。

 そんなことなどお構い無しに、ライナルトはベッドの中へと引きずり込んだアイリーンをそのまま抱き寄せた。


「おはよう」

「…な、なにしてるの」

「思ったより荒い起こし方だったから」

「だからってどうして」


 顔を真っ赤にしてじたばたするアイリーンを更に抱きしめ、ライナルトはその頬から首筋にかけて唇を這わせた。

 次の瞬間には、アイリーンは反射的にライナルトの頭を叩いていた。


「何するの!」

「どこまで許してくれるのかと思って」

「どこまでって、何考えて…!」


 拘束が緩んだ隙にアイリーンは慌ててベッドから離れた。アイリーンの表情は明らかに怒りの色がにじみ出ている。

 顔を真っ赤にして怒る様はやっぱり可愛い、などと思いながらも、少し悪ふざけが過ぎたことを反省し、とライナルトは頭を下げた。


「ごめん」

「こんな仕事ならもうしないわ」

「それは困る」

「困らない!」

「困るって」


 そんな子供のようなやり取りを数分続けた後、アイリーンはぐったりと疲れた顔で「もういい」と一言呟いた。

 ただ起こすだけの簡単な仕事に、朝からこんなに疲れるとは思わなかった。そう心の中で呟きつつ、アイリーンライナルトにお茶を淹れ始めた。


「今日は少し忙しいから、一緒にご飯は食べれない」

「そう、別に一緒に食べる必要は無いと思うけど…」

「一週間しかないのに」


 アイリーンからお茶を受け取りながら、そう口にしたライナルトはどこか寂しげだった。


 そうか。

 そうだった。一週間だけという話だった。アイリーンはそのことを思い出し、胸が締め付けられるように切なくなった。

 嵐が去るのは、一週間後。そう思うと、胸がちくちくと痛む。


 でも、仕方が無いのだ。

 どうすることも出来ないことだ。アイリーンはそう自分に言い聞かせるしか出来なかった。


「じゃあ、私はこれで」

「ありがとう」

「明日は変なことしないで」

「尽力するよ」


 尽力する程のことなのか、と呆れつつもアイリーンはライナルトの部屋を後にした。

 




 それから、毎朝が同じような戦いだった。

 アイリーンの起こし方は相変わらず布団を引っぺがす方法で、ライナルトはタイミングを見計らってアイリーンを布団の中に引きずり込んで抱きしめる。

 アイリーンもいい加減学習したのか、上手く交わすようになり、ライナルトが朝から敗北だ、と残念そうにしたり。

 また、時間がある時はいつもライナルトはアイリーンと過ごすようにしていた。夕食後には二人でダンスの練習をしたり、一緒に乗馬に出かけたり、二人の秘密の小さな庭で厨房で貰ったサンドウィッチを食べたり。

 


 最初は周りの目を気にしていたアイリーンも、数日でその環境に慣れたのか、五日目の今ではただ楽しく過ごしているだけだった。



そんな五日目の夜。二人は夕食後に恒例となりつつあるダンスの練習をしていた。


「そう、上手」


 くるりとステップを踏むアイリーンの手を握り、ライナルトが微笑む。

 このダンス練習は、アイリーンが行儀見習いらしく習う唯一のことだった。それ以外のことは何もさせて貰えていない。何をしに来たのだろうと思ったのも最初のうちだけで、五日目の今ではもうこの生活、環境に慣れてしまっていた。


「アイリーンは覚えが早いね。社交界に出ても問題無いよ」

「そう、かしら」


 エスコートするライナルトはお喋りを楽しむ余裕があるのだが、対するアイリーンはステップを踏み、次の動きに繋げるのに必死だった。


「顔を上げて、俺を見て」

「え、ええ。つい…足元を確認してしまって」

「そんなに気にしなくても良いよ。どうせ足元なんてドレスで見えないんだし」

「でも、綺麗にステップを繋げなくちゃ、ドレスの上からでも動きがぎごちないのが分かるじゃない」

「大丈夫、俺を見て。背筋を伸ばしていれば綺麗に見える」

「…分かったわ」


 足元を見るのを止め、アイリーンはライナルトを見つめた。

 ダンスを習い始めた頃から、この近い距離で見つめあうというのはどうも恥ずかしくてたまらない。これだけは中々、慣れない。

 ステップがどうのと言って足元を見るのは照れ隠しの一つでもあるのだ。


「七日後。俺が正式に王太子に任命されることになった。その式典にはアイリーンも参加して欲しい」

「そんな場所に私が…?」

「ああ。フェイル男爵も招待しているよ。だから、君の家族も来ることになると思う」

「そうなの…」

「だからって、他の誰かとダンス踊るのは駄目だから」

「何それ」

「俺とだけだから、ね」


 そう微笑み、ライナルトはアイリーンにターンを促した。それに合わせるようにくるりと回り、アイリーンは再びライナルトの腕の中に納まった。


「今から楽しみだ」


 ライナルトの言葉にアイリーンは相変わらず困った表情を浮かべるだけだった。

 自分程度のダンスでは、悪目立ちしてしまうだけの気がしてならない。もしも、参加することがあれば…しっかり練習しなければ。

 

 そんな訳でその日の練習はいつもより遅くまで続けられた。


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