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 その夜。


「私まで給仕されるなんて、何かおかしいわ」


 目の前に次々と運ばれる皿を前にアイリーンは呆れ顔で呟いた。向かい側に座っているライナルトはそんなアイリーンの言葉を特に気にするでも無く、食事を口へ運ぶ。


「アイリーンはお客様みたいなものだからね」

「何か違う気がするんだけど」

「初日なんだから。そう気負わなくて良いよ」


 ライナルトにそう言われ、アイリーンは諦めるしか無いと思った。何だかんだでこの人に勝てたことは無い気がする。いつも言いくるめられてしまうのだ。

 それにしても…この状況。行儀見習いなんて言いつつ、お客様扱い。この状況が変だと思ってもいるのだが…アイリーンはライナルトと共に過ごすことを心の中では嬉しく感じていた。

 だからこそ、言いくるめられてしまうことを特に不快にも感じなかった。

 ある日、突然現れて嵐のように自分の中を乱していく人。でも、アイリーンはそんなライナルトの傍にいることが心地良く思えて仕方無い。

 王太子の遊びに付き合ってる暇なんて無いのに。心の中では一緒にいたいと願ってしまう。


「これ、美味しい」

「良かった。アイリーンの口に合って」

「誰かが私の為に作ってくれた料理なら、何だって美味しいわ!」

「…そっか。そうだね。やっぱりアイリーンは予想外のことを言う」


 ライナルトが微笑むのを、アイリーンは訳が分からないという表情で見返した。

 よく言われる「予想外だ」という言葉が最近は気になって仕方が無い。ライナルトにとって何が「予想の範疇」の返答なのか、アイリーンは未だに分からない。

 

「あ、気にしなくていいよ」


 そう言われてしまえば、これ以上何かと問いかけることは出来ない。

 自分はいつも変なことをいつも言ってるのだろうか、と一瞬難しい顔になったアイリーンだったが、次の食事を口に運んだ瞬間にその表情は綻んだ。

 ここの料理はアイリーンにとってはとても新鮮な味付けで心躍るものだったから。


「どれも美味しい!」

「良かった。こんな楽しい食事は久しぶりだよ」


 夕食の時間はそのまま、和やかに過ぎていった。

 美味しく食事を終え、ライナルトと他愛の無い話をしていると…


「失礼致します」


 今まで給仕をしてくれていた侍女たちとは異なる、男性の声が扉の向こうから聞こえてきた。

 その声を聞いたライナルトは少し怪訝そうに眉間に皺を寄せた。


「…ハドリー」


 扉を開き、ゆっくりと部屋に入ってきた人物にライナルトはため息を漏らした。

 従者の格好でバスケットを手に持ったハドリーをライナルトは睨みつけるが…そんな視線などまるで無視して、ハドリーは笑顔でアイリーンの元へと歩み寄った。


「お嬢様、食後にこちらの焼き菓子など如何でしょうか?」


 ハドリーが手にしているバスケットには、幾つか焼き菓子が入っていた。どれもこれもとても美味しいそうだ。


「…食べても?」

「ええ、お嬢様の為に用意しました」

「ありがとうございます。でも、私…お嬢様なんて立場じゃありませんし。ここへは行儀見習いに来ているんです」

「ええ、存じ上げておりますよ」

「あの、だから…ここでこんな風に食事を取るなんて失礼なことだと分かっています」

「いいえ、そんなことはありません。お嬢様は行儀見習いであると同時に大切なお客様ですから」


 にっこり、とハドリーが微笑むのを見て、少し緊張していたアイリーンの表情も和らいだ。

 これが美味しいですよ、これも素敵だわ、とハドリーとアイリーンは楽しそうに焼き菓子を選ぶ。

 その様を見て、ライナルトの表情は不機嫌なものに変わっていく。

 ちらりとこちらを見るハドリーの表情はそれはもう楽しいと言わんばかりのもので。それが更にライナルトを不機嫌にしていく。


「ハドリー、仕事に戻ったらどうなんだ」


 アイリーンが焼き菓子を選んだと同時にライナルトは未だににこにことアイリーンの隣から離れようとしないハドリーに苛立ったように声を掛けた。

 

「そうですね。殿下、頑張って下さい」

「ああ、ありがとう。ハドリーも自分の仕事を頑張って頂きたい」


 ライナルトの嫌味にも、ハドリーの表情が揺らぐことは無かった。

 バスケットの中に残った焼き菓子の一つをライナルトに皿に盛り、ハドリーは一礼してその場を立ち去った。「私はあなたの味方ですから」というよく分からない言葉をライナルトに残して。


「ハドリー様って言うのね。あの人」

「え?ああ。まあ」

「ライナルトと仲が良いのね」

「いや、良くは無い」


 どことなく不機嫌な口調でそう言ったライナルトが、何故かアイリーンはおかしくて仕方無いと感じた。

 この大きな城で一人だと感じていたと言うライナルトだが、ああいう風に言いたいことを言える相手がいるのだと思うと、アイリーンは安堵した。


 

 食事を終え、ライナルトはアイリーンを部屋まで送っていくと申し出た。

 送るなんて大げさな、たった数十歩離れているだけだというのに。いくらそう言っても、ライナルトは自分がそうしたいのだと引き下がらなかった。


「それじゃあ、明日の朝」


 アイリーンの部屋の前で、ライナルトはそう告げた。やはり自分の仕事内容は「ライナルトを起こすこと」らしい。

 そんなの行儀見習いでも何でも無い。でも、アイリーンはそれに対してもうどうこう言うつもりは無い。


「初仕事ね」

「そう、頑張って」

「あなたがちゃんと起きてくれたら良いだけよ」

「分かった。おやすみ」


 不意に抱き寄せられ、額に口付けを落とされた。

 突然のことにアイリーンは呆然としながら、ライナルトを見上げる。


「おやすみ」


 もう一度、ライナルトはアイリーンの額に口付けてから離れた。


「え、ええ…おやすみ」


 驚きながらも、アイリーンはそう告げ、部屋へと足早に駆け込んだ。


「引っぱたかれ無かったから、少しは心を許してくれてるかな」


 閉められた扉を見つめながら、ライナルトは嬉しそうに笑みを零した。



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