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アイリーンの部屋だ、とライナルトが案内したのは、どう考えても侍女の為に用意したとは思えない程に広く、家具も何もかもが高級品にしか思えない部屋だった。
呆気に取られたアイリーンのことなどお構いなしに、ライナルトはさっさと荷物を運び込むように従者に指示する。
行儀見習いとしてこの城にやって来たというのに。アイリーンは自分の荷物が運び込まれた部屋を見渡して小さくため息をついた。
「な、なんだかお客様扱いだわ…」
ここに来るまでの間も。廊下ですれ違う従者や侍女たちに頭を下げられ、自室だと案内されたのは、美しい家具と天蓋付きの大きなベッドのある広い部屋。
つい先日は身分を弁えろと言わんばかりにアイリーンを睨んでいた護衛の騎士も、今はアイリーンが何を言おうと何をしようと、何も言ってこない。
そのことに逆に居心地が悪くなる。
さっさと荷解きを始めるライナルトの隣に腰を下ろし、アイリーンは再びため息をついた。
「そりゃね、お客様みたいなもんだよ。父のせいで貴族の地位を失ったフェイル男爵家のご令嬢だからね」
「…何それ、関係無いわ」
「大いに関係あるよ。それに、アイリーンはベリアル王家の血を継いでいる」
父が男爵の身分を持っていたこと、母がベリアル王国の王女であったことも、アイリーンにとっては全く馴染みの無いことで、他人事にしか思えない事実でもあった。
「そんな理由…」
「そんなことより…この箱に入ってるのって、下着?」
「ちょっと!」
人が真剣に考えているというのにライナルトにとってはどうでも良いことらしく。アイリーンは顔を真っ赤にしながら、ライナルトの手を軽く叩き、その手から小箱を取り上げた。
「これは、私の裁縫の道具!」
「なんだ」
「もう…!何を話していたか…忘れてしまいそうだわ」
「気にしなくて良い。なるようになるし、悪いようにはならない」
「いつもそうやってあなたに流されてるだけの気がするけど」
悪いようにはならない、その言葉を信じても良いのだろうか。そう思いつつ、アイリーンは残りの荷物をクローゼットの中へと押し込んだ。
「荷解きは終わった?」
荷物を押し込み、クローゼットの扉を閉めたアイリーンの後ろではライナルトがどこか楽しそうに微笑んでいる。
その笑顔にアイリーンは先ほどの庭での会話を思い出し、頬を染めた。
「…一応。でも、だからってあなたと」
「分かってるよ。夕食を食べに行こう」
ライナルトはアイリーンの手を握り、そのままどこかへと向かった。
アイリーンの部屋を出てものの20歩ほど。ライナルトが立ち止まったのは、アイリーンの部屋より一回り大きな部屋だった。
「…ここで夕食をとるの?」
「俺の部屋」
「あなたの?」
「ここが俺の部屋って覚えておいて。明日から早速、仕事をしてもらうことになるから」
「あなたを起こす作業ね」
「そう」
呆れて文句も言えないアイリーンのことなどお構いなしにライナルトは機嫌良く答える。そしてそのまま、ライナルトはアイリーンを自室へと招き入れた。
「…思ったより何も無い部屋なのね」
王太子の部屋とあらば、もっと彫刻や絵画などが飾られているものと思っていた。
だが、ライナルトの部屋にそういった飾りは一切無かった。大きいベッドと、ソファとテーブル。茶器を用意出来る小さなワゴンが部屋の隅に置かれており、その傍には食事を取る用なのか、テーブルと椅子が三脚程置かれている。壁には本棚があるだけで、後はクローゼットが置かれているだけ。窓際に置かれた花瓶だけが唯一と言っていい飾りだった。ただ、花が入っていないので逆に物寂しく思える飾りだ。確かに広さはあるが、花や絵が飾られたアイリーンの部屋の方が豪奢に見える気がする。
「最近、王城には帰ってきたばかりだし。別にこれ以上、この部屋に必要だと思えるものも無いから。あ、そこのソファにでも座って」
「え、ええ」
「お茶は何がいい?」
「あなたが淹れてくれるの?」
「ああ。何がいいって聞いてみたけど、二種類しか無いけど」
「私がするわ!何のために行儀見習いに来たか分からないわ」
慌ててアイリーンはライナルトの元へと駆け寄る。
ライナルトの手元から茶葉を取り上げ、既に用意されている茶器をワゴンの上に並べる。
手際良くお茶を淹れるアイリーンの隣で、ライナルトがその様を黙って見ていた。ずっと見られているということは、アイリーンにとって居心地の良いものでは無かった。
「お座り下さい、殿下!」
「何それ。殿下って」
「行儀見習いらしくしてみたの」
「似合わないな」
「似合わないって何よ。ここに来ることを提案したのはあなたなのに」
膨れっ面になるアイリーンに対し、ライナルトは楽しそうに微笑むだけ。
大きな王城で、どうやって過ごすのかと不安でたまらなかった気持ちなど、忘れてしまっていた。
身分が違い過ぎると、アイリーンがどれほど引け目を感じても、ライナルトはいつもと変わらない笑顔を返してくれる。
不思議な人だ、とアイリーンは改めて思った。
自分のような娘を相手にするような人じゃない。なのに、こんな風に楽しそうに笑うのだから。
身分が違わなければ、きっともっと単純に考えることが出来たのに、とアイリーンは少し切なく感じた。




