お友達募集なの
次の日の朝、肇は廊下でKosMosのコミュメンバー募集のポスターを見つけた。みいあがトークアプリで送りつけてきたあのまんまのポスターだった。
いつの間に貼ったのだろう。みいあのありあまる行動力には驚いてばかりである。
「これが宇宙共通語かー」なんてボーッと意味不明な象形文字を見つめていると、手に違和感を覚えた。犬か何かに甘噛みされている、そんな感覚。
「でも何で校内に犬?」とか思いながら振り返ると、手に噛みついているのは小学生かと思うくらいに小柄な少女だった。
「なにお前っ!?」
「まずいの。ぺっぺなの」
「勝手に噛みついといてまずいはねえだろ!」
色素の薄い金色の髪を三つ編みにし、頭のてっぺんには大きな黒いリボンが乗っている。肌は不健康なほどに白く、ぶかぶかな真っ黒のカーディガンとのコントラストが激しい。目の下には濃いめのクマ。小さな口から覗くのは、八重歯というよりも牙だった。
肇を見つめるその眠そうな瞳は、みいあと同じような不思議なものだった。
みいあの瞳が地上で見る星空なら、この少女の瞳は小宇宙だ。
「ミュージカルコミュ、KosMos。コミュメンバー募集。なの?」
肇のツッコミには全く反応せず、KosMosのポスターに興味を示す噛みつき少女。
「ミュージカルを真面目にやるやつしか募集してねえから!」
こんなみいあ以上におかしな少女には絶対に入ってほしくない。自分みたいなヤンキーにキツい口調で怒鳴られれば、興味を失うだろうと思った。
「ふーん。宇宙人のお友達募集してるの」
「そうそう。宇宙人の……えっ!?」
気が付くと、噛みつき少女はもうそこにはいなかった。
まさかみいあの象形文字……いや、宇宙共通語を読んだとでも言うのだろうか。
みいあの他に、こんなに身近に宇宙人がいるだなんて。何だか、自分以外の人間は全員宇宙人なのではないかと妙に恐ろしくなってしまう肇なのだった。
「おはよう」
放課後、掃除当番だった肇は少し遅れて第三音楽室のドアを開ける。教室で誰にも挨拶をせず席に着くのが日課の肇にとって、それが今日初めてのおはようであった。
みいあが、ゆ子が、ゆ太朗が、おはようと笑顔で迎えてくれる。人目を避けて、出来るだけ孤独に生きてきた肇だったが、こんなことに少しだけ喜びを感じてしまう。
「はじめちゃんさんが来たから、早速基礎練です!」
「お前、二人に昨日のこと謝ったか?」
「みゅみゅ……」
肇がそう言うと、みいあはバツの悪そうな顔をする。思った通り、昨日のことについては何も言っていないのだろう。
この双子なら謝らなくても気にせずに付き合ってくれるのだろうが、それではみいあが成長しない。
「二人とも、昨日はすまなかった。頭に血が上って、カッとなっちまった」
肇が先に二人に頭を下げると、自分が一番悪いのに謝らないわけには行かないだろうと悟ったらしい。
親に怒られた子供みたいに、もじもじうじうじとしながら呟いた。
「み、みいあもごめんなさい。ちゃんと練習しますから、一緒にミュージカルしてください」
ぷくっと膨れて下を向くみいあに、「謝る気あんのかよ」と思ったが、まあこいつにしては上出来だろう。
「きゃわっ……。ごほん」
ゆ子が恍惚の表情を浮かべながら何かを言い掛けたが、仕切り直すように咳払いをし、「別に。良いよ。気にしてないし」といつも以上にぶっきらぼうにそう言った。
「せやせや。みんなで頑張ってこなー」
「じゃあめぐも入れてーなの」
ガラリとドアが開いたかと思うと、小学生と見紛う小さな少女が第三音楽室に入ってきた。
「「あっ!?」」
肇とゆ太朗が同時に驚きの声を上げる。「え? 知り合い?」とお互い顔を見合わせ、首を傾げた。
「あ、めぐの嗜好品なの」
「し、嗜好品ちゃうわ、この特定外来生物!」
「めぐはカミツキガメじゃないの」
「じゃあ俺の耳噛むのやめろや!」
「美味しいから仕方ないの」
「おいしないわ! 理依子にも何か勘違いされて距離おこっかって言われてんぞ、このボケ!」
「勘違い? 勘違いって何なの? 小泉ゆ太朗はただの嗜好品なの」
「だから嗜好品ちゃうわ! アホボケカス!」
肇が朝、廊下で出会った宇宙人候補の少女はどうやらゆ太朗の知り合いだったらしい。穏和なゆ太朗しかまだ見たことがなかったので、こんなに声を荒げることがあるのかと驚いた。
「あ、こっちは廊下で会ったまずい人なの」
「だから勝手に噛んどいてまずいはないだろ!」
「はじめちゃんさん、この子に噛まれたんです!? み、みいあだってまだ噛んだことないのに!」
「噛んだことないって何だよ! いつか噛むつもりか!」
「そりゃあ……」
「そりゃあってなんだよ! 何で顔赤らめんだ!」
とその時、会話に参加していなかったゆ子に肩をトントンと叩かれた。振り返るとそこには先ほどのような恍惚の表情を浮かべたゆ子がそこにはいた。
「はじタン、誰この子! なにこのきゃわいい子! きゃわいい生物! きゃわいい! 紹介! 紹介して! きゃわいい!」
「え、いや、俺も知らねえ……」
いつもとは違いすぎるゆ子に肇は驚きを隠せなかった。
「根火裏めぐるっていうの。小泉ゆ太朗と同じC組なの。よろしくなの」
「あー! きゃわいい! 私、ゆ太朗の双子の妹の名香川ゆ子なのー! よろしくなのー! あっはっは! きゃわいい! 見て! この子もきゃわいいの! 君島みいあちゃん!」
「ちょっ! NASA、どうしたですか! 痛いです!」
めぐるに抱きついてすりすり頬ずりをするゆ子には、もう普段の面影は感じられなかった。みいあも巻き込んで抱きしめて、きゃわいい女の子ハーレム! とかいうのを作って心底喜んでいるご様子だ。
いつものクールなゆ子はどこに言ってしまったんだと肇が呆然と立ち尽くしていると、ゆ太朗が呟いた。
「ゆ子のきゃわわモード出てもうたな……」
「きゃ、きゃわわモードって何だよ」
「可愛いもの見るとああなってまうねん。恥ずかしいゆうて、人前では隠してんねんけどな」
「そうだったのか……」
ということはゆ子は今、自分達の前で自然体を晒してくれているということになるのではないか。少々驚いてしまったが、それはとても嬉しいことである。
普段は自分を晒さずクールに徹しているゆ子が、自分らしくいられる場がここ、KosMosであったら良いじゃないか。
「二人ともきゃわいい! ほっぺもちふわ! きゃわいい! きゃわ……はっ!?」
肇の顔を見て、やっといつもの自分を取り戻したらしい。またしても大きく咳払いをし、普段と同じクールな調子で何事もなかったかのように言う。
「さ、メンバーも増えたし、練習始めよっか」
「おいおいおいおい! さすがに誤魔化せねえぞ!」
「見なかったことにしてください、お願いします」
顔を真っ赤に染めて、涙目で懇願するゆ子にキュンと胸が苦しくなった。自分まできゃわわモードに陥りそうになるのを必死に押さえつつ、言う。
「女子が可愛いもん好きなのは普通だろ」
「う……でも、らしくないじゃん」
「少なくとも俺は良いと思うけど」
「はじタン……」
「ありがと」と小さく呟き、へらっと笑うゆ子を見て、この世に天使が舞い降りたのかと思った。
ゆ子に見とれてボーッとしていると、ゆ太朗とみいあが後ろでこそこそこそこそ。
「怪しいやんな、あいつら、ホンマに」
「怪しすぎですよ! 許せないです!」
「ホンマ許されへんで。お兄ちゃんである俺に挨拶してからにしてほしいわ」
「なにこそこそ言ってんだ、お前ら」
「いや。肇、素材ええからゆ子にしてるみたいに他人に優しく接したらモテそうやなって」
「そんな話してなかっただろ!」
「そうやってすぐ怒鳴るからあかんねんでー」みたいに茶化してくるゆ太朗のことは放置だ。
黒板に書かれた今日の基礎練メニューやら、高校生を主人公にした脚本作りというメモを熱心に読んでいるカミツキガメを追い出さなくてはならない。
「おらっ、根火裏だったか? 出てけ。ミュージカル真面目にやるやつしか募集してねえって言っただろ」
「何でめぐが真面目にやらないと思うの?」
黒板から肇の方にくるりと振り返り、不思議そうに首を傾げるめぐる。
ゆ子がきゃわわモードになってしまうのも分かる。めぐるもみいあやゆ子、詞名にも負けず非常に可愛いのだ。
「地球語のインプットは済んだの。アウトプットの場がほしいの。ここはぴったりなの」
「あー、ごめんな。こいつ自称・宇宙人やねん。頭おかしいやろ。やめとこな、こいつ入れんの」
「自称じゃないの。めぐは宇宙人なの」
無表情でゆ太朗の手にかじかじ噛みつくめぐる。痛い痛いと必死に手を振るゆ太朗だがスッポンのように離れなかった。
「み、みいあも反対です。この人ちょっと怖い」
肇の背中に隠れながら、ぷるぷると震えるみいあ。きゃわわモードのゆ子よりこのめぐるの方が怖いのかと疑問に思いつつ、小声で聞いてみる。
「ホントに宇宙人らしいぞ。あの文字も読めてた」
「あの環状星雲みたいな目が……あらゆる星を滅ぼしてきた人喰い宇宙人に似てる気がするんです」
「ひ、人喰い?」
「です。自分達の星以外に住む人達のことは捕食対象としてしか見てない野蛮な宇宙人です」
「あのちっちゃい女の子が、か?」
「ちっちゃいからって甘く見ちゃ駄目です。それにNASA兄はすでに食べられかかってますよ」
「た、確かに……」
「似てる気がするだけですが、用心するに越したことはないかと……」
未だに手を噛み噛みされて涙目のゆ太朗を見ながら肇は納得したように小さく頷くのだった。
「私は良いと思うな。人数多い方がやれるミュージカルの幅が広がるでしょ? コミュメンバーを選べる状況でもないんだしさ、私達」
言っていることは至極もっともなのだが、目がハートになっているところで大きく減点のゆ子である。
「めぐ、脚本書くの。アウトプットしたいの」
「はあー? そんな、なのなの言ってるやつが脚本なんか書かれへんやろ。登場人物みんな、なのなの言うんちゃうか」
「じゃあお前が書く脚本はみんな関西弁なの」
「俺は書けへんもん!」
「じゃあ誰が書くの? 決まってるの?」
シーンと第三音楽室内が静まりかえる。
「誰か脚本書いてきた?」と四人は目で合図を送り合う。しかし誰もが首を横に振った。
「いや、一応友達とかにも聞いてんけどな。自分のコミュあるし、KosMosに協力して青空先生に目ぇ付けられんのややなーって」
「私の友達もそれだったなー」
どれだけ自分の姉は恐れられているんだろう。
「めぐが脚本を書けたら入れてくれるの?」
「いーや。申し訳ないけどお前は入れられない。帰ってくれ」
「めぐの何が駄目なの。酷いの」
「酷いって……。どっちが酷いんだよ」
みいあの人喰い宇宙人の話を思い出しながら、肇は呟く。こいつが本当にみいあの言う人喰い宇宙人なら、多くの星で人々を食い散らかし、滅ぼしてきたことになるのだ。
「はじタンがそう言うなら仕方ないけど」とゆ子もコミュリーダーの決定には従うようだ。
「もういいの」
表情に全く変化はないが、何だかがっかりした様子で第三音楽室を出ていくめぐる。少し可哀想なことをしたかなと思ったりもしたが、ここは心を鬼にしなければいけないところである。人喰い宇宙人(仮)なんて恐ろしい存在をコミュに置いておくことなんて出来やしない。
「お友達募集って書いてあったのになの……」
今にも泣きそうな、震える声でそう言いながらめぐるは第三音楽室のドアを閉めた。




