はじめてのミュージカル
と思ったその時だった。
「やっぱり入れてあげましょう!」
みいあがドアを開き、めぐるの腕を引いて、第三音楽室に引き入れたのだ。
「え、君島……」
自分で人喰い宇宙人だから怖いと言ったのに、どういう心境の変化だろう。
不思議そうな肇に、みいあがこそこそとささやいた。
「近くに置いておいた方が監視出来て良いです。野放しにすると危険かもですし」
「そういうことか」
「それに……みいあとお友達になるために来てくれたのかもと思うと多少……」
こっちがみいあの本音だと言うことを肇は一瞬にして理解した。
「んー、そうだな。入れてやるか」
「えー!? こいつ、入れるん、肇!」
「やったの。これからよろしくなの。いっぱい地球語、お勉強するの」
またしても表情は全く変わらないが、どこか嬉しそうだった。
こんなに地球語を勉強出来ることを喜んでいる少女が人喰い宇宙人だなんて、肇には思えなかった。多分みいあもそうなのだろう。
「出来たの」
肇はピアノの練習を、他の三人は基礎練習メニューの滑舌を良くする練習をしている時に、めぐるがそう言った。
脚本を書き始めてからまだ一時間と経っていない。その速さにみんなは驚きを隠せなかった。
これは本当に、逸材を見つけてしまったかもしれない。追い出さないで良かったと思う。
「短編ミュージカルなら、これくらいかと思うけど」
手書きで書かれた数十枚ほどの紙。台詞が大部分の台本だが、これを一時間も経たずに書ききってしまうとは本当にすごいとしか言いようがない。
しかし、だ。
「字ぃ汚すぎて読まれへんねんけど?」
「そこは気合いで読めなの」
「っていうかこれ気合いでも読めねえぞ……」
「ホントだ、なにこれ。ヒエログリフかな?」
全てみいあが書いていたあの象形文字……ではなく宇宙共通語で書かれているではないか。これじゃあみいあにしか読めない。
「とりあえず急いで書いたの」
「急いで書いたって俺達読めなかったら意味ねえんだけど……」
「あ、そうだったの。地球語に直すからちょっと待ってなの。これは時間がかかりそうなの」
「頑張るの」と意気込んで、めぐるは腕まくりをした。
「なんなん、その宇宙人ネタ。ホンマおもろないからそろそろやめてな」
「ネタじゃないの。小泉ゆ太朗はうるさいから黙ってなの」
「はいはい。言われんでも黙るわ。自分と話しとったら頭おかしなりそうや」
本当いつもは温厚なのに、めぐるにだけはやけに突っかかるゆ太朗に違和感を覚える肇。本来なら、みいあと会った時みたいに「ホンマかわいなー!」とか何とかなりそうなものだと思った。
みいあとめぐるで手分けをして台本を地球語に直せた頃には、最終下校時間が間近に迫っていた。
「みいあは好きですよ! でもお話の都合上主人公の台詞が少ないのが難点ですねー。みいあどの役やるか迷いますー」
「帰りにコンビニでコピーして渡すの」
「とりあえず、はいなの」と手渡された台本を、コンビニに向かう道中に読んでみる。
主人公はおしゃべりな女の子の「翔子」。でも幼い頃大好きな男の子の「大輝」にお喋りは嫌いだと言われてしまった過去がある。
高校に入学し、「大輝」と再会を果たす「翔子」。しかし彼は翔子のことを全く覚えていなかった。
これはチャンスだと思った翔子は、今度こそ好きになってもらうため、おしゃべりな自分と決別し、静かな女の子を演じる。それはもう、極端なほどに。
「あんた、なんでしゃべらないらないの?」。しゃべらず猛アタックを仕掛ける翔子に、大輝は不審げにそう問うが、彼女は微笑むばかり。
翔子のお節介な友達は、こんな調子で上手くいくのだろうかと心配していた。しかし意外にも大輝は「変なやつ」と言いながら、彼女を気に入った様子だった。
そんな時、大輝を誘惑する女の子「美和」が現れる。美人で魅惑的でとってもおしゃべりな美和は、言葉巧みに大輝を惑わす。大輝も満更ではない様子。
静かな子が好きと言っていたのに、美和なんかに誘惑される大輝は嘘つきだと、翔子は彼を避け始める。
翔子に避けられていることに気付いた大輝は意味が分からず憤慨する。
そんな大輝に翔子の友人は「彼女、本当はおしゃべりなんだ。朝も昼も晩も、常にしゃべっているような女の子だ。じゃあどうしてしゃべらなくなったのか、分かるかな?」と伝える。
大輝には訳が分からなかった。うじうじ考えるのは自分らしくないと思った大輝は、直接本人に聞いてみることに決めた。
大輝は翔子の友人から聞いたことを翔子に伝える。しかし翔子は頑なに喋ろうとしない。
「そんなに俺が嫌いか?」
大輝に寄り添う美和はきっとそうだと頷く。「もう良いよ」と言って、大輝は美和と二人で歩きだしてしまう。
それでも翔子はしゃべりだす勇気が出ない。また嫌われるかもしれない。そう思うと怖くて仕方ないのだ。
そんな翔子のことを、友達が一喝する。「これで終わって良いのか」と。
そうだ。このままでは大輝を盗られてしまう。どうせ砕けるなら、当たってから砕けよう。
翔子は大輝の前で初めて声を発して、自分の気持ちを伝えるのだった。
「これは……」
主人公は台詞が少ないからやろうか迷うと言っていたが、この主人公は正にみいあのために用意されたキャラクターと言っても過言ではない気がした。
台詞の少ないキャラクターを演じるのに必要な才能。
それは表現力だ。みいあにはそれがある。
表情の豊かさは誰にも負けない。
堂々とした立ち居振る舞いは誰にも真似できない。
そして彼女の歌声は、きっと観客の心を惹きつける。
最後の思いを歌で伝えれば、完璧な主人公が出来上がるはずだ。
みいあに歌わせる曲が頭の中に浮かんできて、指が宙で鍵盤を叩き始めた。
「君島、主人公はお前だ」
「え?」
隣を歩いていたみいあが、肇を上目遣いで見上げながら首を傾げる。肇達の前を歩いていた双子とめぐるも一斉に振り向いた。
「や、あの、名香川が主人公に向いてないとか、そういう意味じゃねえぞ!」
「いや私、別に主人公やりたいとか言ってないし。はじタン監督がそう思ったなら、それで良いと思うよ」
「じゃあ名香川ゆ子は美和なの」
「そうだな。大輝は必然的に小泉になるとして……」
「えー! やですー! みいあが主人公やるなら大輝ははじめちゃんさん!」
「え? なんなん、なんなん。美和とか大輝とかよう分からんねんけど」
「今からコピーするから帰って読めなの」
台本を配り終え、軽く配役も決まったところで本日は解散となった。
キャストは揃った。台本も出来た。後は自分が曲を作るのみ。
これから忙しくなりそうだと、少しだけ憂鬱になる。しかしそれ以上にわくわくしている自分がいた。自分が作った曲で、ミュージカルをやることが肇の夢だったから。
嫌いな姉がいるこの高校をわざわざ選んだ理由は、作曲家の夢が諦められなかったせいだ。この未羽鹿高校なら、自分の行きたい難しい音大に進むことが出来るかもしれない。推薦をもらえる可能性だってある。
だからキミィの作曲コミュに入って修行をしたかった。
結局予定通りには進まなかったが、こうやってミュージカルコミュで作曲が出来ると言うことに、肇は喜びを感じていた。
「うん。頑張ろ」
そう夕暮れ空に呟くと、肇を応援するかのように一番星がきらりと輝いたのだった。
「君島一八七位、名香川七二位、小泉九三位、根火裏二〇一位か……みんな少しずつだけど上がってきてるな」
「はじめちゃんさんは最下位のままですね」
「うっせーわ! ほっとけ!」
今日の放課後の練習は、昨日肇が徹夜で作った曲のお披露目からである。
作った曲は全部で六つ。
大輝に恋する翔子が自己紹介するポップソング、「無口な私は」。
大輝が無口な翔子に興味を持ち、問いかける歌、「無口なあんたは」。
美和が大輝を誘惑する大人な楽曲、「魅惑的な恋」。
翔子の友人が大輝に本当の彼女について伝える曲、「彼女はおしゃべり」と翔子に向けて歌う応援歌、「当たって砕けろ!」。
友人に後押しされた翔子が大輝に思いを伝えるバラード、「こんな私でも」。
「構成考えてたら友人の歌が多くなっちまったんだが、根火裏歌えるか?」
「え? めぐが友人なの?」
「いや、消去法で行くとそうだろ」
「めぐ歌苦手なの。だからめぐはキャストに入ってない計算だったの」
「脚本だけやるつもりだったのか!? 無理だから! 人数少ねえんだから強制参加だ!」
「それそっくりそのままはじめちゃんさんにお返ししたいです」
返す言葉がなくて、歯を食いしばりつつ肇は黙り込んだ。そこへ、ゆ子が助け船を出すように言った。
「じゃあ私、友人やろうか? 二曲歌っても良いし。めぐたそ、役交換しよっか。一曲くらいなら頑張れる?」
「……うーん。まあ、やってみるの」
これで配役はカンペキだ。
主人公「翔子」がみいあ。翔子が恋する男の子「大輝」がゆ太朗。大輝を誘惑する美女「美和」がめぐる。翔子の友人がゆ子だ。
「ちょっ、待って! 俺、やや! こいつに誘惑されるとかやや! また理依子に勘違いされるやん!」
「ただの劇だ。文句言うな」
「せやけど! せやけど!」
「はじタン監督の言うことは絶対だよ、お兄ちゃん」
「はあー!? もうややー! ホンマややー! 理依子に本格的に振られるー!」
そんなに嫌がらなくても劇の中のことなんだから良いじゃないか。
まあ、自分が同じ立場ならかなり恥ずかしいが、女の子に言い寄られるのなんて日常茶飯事のゆ太朗だろうしきっと大丈夫だろう。それに劇のことくらいでいちいちヤキモチを妬くような女、放っておけば良い。
「楽譜と音源渡すから、各自家で聴いてきてくれ。で、今日は台本の読み合わせでもするか」
昨日みんな家で台本を読んできたはずだ。どんな感じになるか掴むために、読み合わせをしてみたかった。
「全然練習してへんで」
少々拗ね気味のゆ太朗が、昨日もらった台本を鞄から出しながら言った。
「構わねえよ。全体の感じを掴むだけだ」
第三音楽室の真ん中で五人集まって輪になって、初めての読み合わせが始まった。




