空回りするリーダー
「オシャベリハモウヤメタノ。ワタシハダイキクンゴノミノシズカナオンナノコニウマレカワルワ」
予想はしていたが、みいあは驚くほどの大根役者ぶりだった。それでいて、自分では完璧に演じられていると思っているのだから救えない。
「そ、それで上手く行くと思ってるの? そんなんじゃいつまで経っても距離は縮まらないんだから……って感じかな?」
ゆ子は器用なのだろう。すごく上手い! というわけでもないが、初めてにしては本当に良く演じられている。しかし三人の中で一番、照れがあった。
「あ、あんたなんでしゃべんないの? ほ、ホント変なやつ、だ、だよね。あれ?」
ゆ太朗は案の定訛っていた。本人も訛っていることはちゃんと理解しているらしく、台詞を読む度に首を傾げている。
ここまでの三人は、正に肇の予想通りといった感じだった。
予想外だったのは、めぐるだ。
「そう、きっとそうよ、大輝君。彼女はあなたのことが嫌いなんだわ。だって、好きな人とはたくさんお話ししたいって思うはずでしょう?」
プロの女優かと思うくらいの、迫真の演技だったのだ。
「お、お前演技上手いな」
「ほめられたの」
「でも表情は壊滅的だな。他に役者立ててアテレコするか?」
「上げて落とされたの」
演技は本当に素晴らしいのだ。詞名にも負けず劣らないくらいだ。でも表情が、一ミリたりとも動いていなかった。常に無表情。ずっと無表情。それがとても恐ろしい。
みいあの表情の豊かさを一割でも良いから分けてやりたいくらいだ。
「これは……かなりの練習が必要だな……」
残された時間は少ない。あと約一か月、どれだけ濃厚な練習が出来るかにかかっている。
「とりあえず公演までは出来る限り朝練、昼練、放課後練するぞ。あと土日も一日練習な」
「え!? なんなん、それ! ホンマにやるん!? デートもする暇ないやん!!」
「……別にやりたくねえならやらなくても良いがな」
ちょっとイラッとしてしまったが、協力してもらっている身なのでキツいことは言えない。
「めぐはやるの。どうせ暇だし」
「みいあも! はじめちゃんさんと少しでも一緒にいたいですもん!」
「私もはじ……う、上手くなりたいからやるし。お兄ちゃんもやるんだよ?」
「うう……せやな……。まあ、しゃあないか……」
納得はいっていないようだったが、可愛い妹のゆ子に諭されたゆ太朗は、それ以上文句は言わなかった。
それからというもの、ゴールデンウィークまでの三週間ほど肇達は勉強なんてほったらかしにしてミュージカルの練習に明け暮れた。
早朝はみいあと未羽鹿公園で落ち合い、発声練習。
一限目が始まるまでの時間、五人で第三音楽室に集まり基礎練習。
昼休みも第三音楽室で食事を取り、個人練習。
放課後も下校時刻ギリギリまで、台本の読み合わせ、歌の練習、舞台での立ち居振る舞いの練習など、様々なことを行った。
下校後も、未羽鹿公園のピアノを使ってみいあに付きっきりで歌の指導をしたりもしていた。
そのおかげでみんなの実力はメキメキと上がっていったが、同時に体力と精神力がすり減っていっていた。
――ただ一人、肇を除いて。
肇にだって、演技や歌の指導をしたり、本番で流す曲の収録などすることはたくさんあった。他のメンバーと違って舞台に立つというプレッシャーを背負うことはないが、コミュリーダーだからみんなをまとめなければならないという責任感も強く感じていた。
しかしそのコミュリーダーという重圧がむしろ、無駄に肇を張り切らせていたのだった。
「君島、お前俺の顔じーっと見つめてても演技は上手くならねえからな?」
「それが! 上手くなっちゃうんですよね! ときめきが! みいあを強くする!」
「真面目にやらねえと本気でキレるぞ」
「ま、真面目ですよ! みいあはいつでも大真面目!」
「じゃあいつになったら棒読み直るんだよ」
「みゅー! 棒読みのつもりないんですけど! かなり感情込めてますし!」
「君島は根火裏の演技見習え。そして根火裏は君島の表情見習え」
ゆ太朗と二人で読み合わせをしていためぐるが首を傾げつつ振り向く。
「表情難しいの」
「無表情ですげえ演技されると怖すぎんだよ」
「じゃあ演技下手くそにするの」
「本末転倒だろーが!」
「俺が笑かしたるわー!」といじわるするチャンスとばかりにめぐるの頬をむにーっと引っ張るゆ太朗。めぐるは「やめてなの」と言ってゆ太朗の胸をポカポカ殴っている。
「小泉、普段から標準語意識しろって言ったよな?」
「あっ! 忘れとった! あ、ちゃう! わ、忘れてたの!」
「あ。めぐみたいな話し方になってるの。うつったの?」
「違うのー。わざとなのー。なのなのー」
「こいつめぐのこと相当馬鹿にしてるの」
「おい。真面目に練習しろよ、お前ら」
最初よりは上手くなったと言っても、こんな実力では花吹雪のメンバーに勝てるはずがないのに、無駄話で時間を潰すのはやめてほしいと思った。一分一秒とだって無駄には出来ないのだ。
「別にええやん、ちょっとくらい雑談したって……」
「標準語!」
「……あーはいはい。分かりましたよー」
自分だってこんなことは言いたくない。でも心を鬼にしなければ、花吹雪の鬼軍曹に負けてしまう。
「はじターン、ここの台詞なんだけどさ。感情込めるのと、あっさり済ませるの、どっちが良いと思う? 私はあっさりの方が好きかなって思うんだけど」
「え? あー、どっちだろうな……。まあ、名香川の好きな方で」
「えー!? うーん、じゃああっさりにするかー」
ちょっとがっかりした様子で個人練習に戻るゆ子。はじタンリーダーからの素晴らしいアドバイスを期待していたのに、肩透かしを食らったのだろう。
「お前ら、明日からの合宿では通し練中心で進めるから。聞きたいことあったら今日中に聞けよ? 明日以降聞いてきても一切答えねえからそのつもりで」
そう、肇達はGWの三日間を使って合宿に向かうのだ。
肇が威圧的にそう言うと、パラパラと「はーい」というやる気のない返事が返ってきた。
「はじタン、それじゃあお姉さんと一緒かも……」
ゆ子の小さな訴えは、公演に向かって前のめりになりすぎている肇には全く聞こえていなかった。
「ついに明日は合宿ですねー。みいあ楽しみすぎて今日は眠れないと思います! はじめちゃんさんもそうですよね! 何たってみいあとお泊まり、なんですから! きゃっ!」
「……根火浦はあの音出てねえから楽譜修正して……あっ、そういえばあの曲ん時、小泉、猫背気味だったな。注意しとかねえと……。あとは名香川の台詞増やすか……。いやでもそうすると負担が……でも君島の……」
「はじめちゃんさん! みいあと一緒に下校中なんですから! ドキドキしながらみいあとの会話の駆け引きを楽しむのが普通ですよ! ねえ!」
みいあは自分の話に聞く耳を持たず、ひとり言に夢中の肇に少々お怒りのご様子だった。ぷくっと可愛らしく頬を膨らまし、肇のワイシャツの袖を引っ張っている。しかしそれでも肇は知らん顔だ。
それどころか、思考に夢中になりすぎたのか、みいあのことも忘れて自転車に跨り走り去ろうとするではないか。
「ちょっ! 嘘でしょ! みいあを乗せて、どきどききゅんきゅん二人乗りランデブーならまだしも!」
自転車で走り出そうとする肇の腰に必死でしがみつくみいあ。このままではみいあはブライダルカーにくくり付けられた空き缶みたいになってしまう。
「台詞増えたら名香川の照れが酷くなりそうだよな。でもこのままじゃ序盤が酷過ぎる。いや、序盤どころじゃないか。全編通してまだダメだ。どうする。どうしたら良いんだ。どうすれば改善する? 分かんねえ。思い付かねえ。俺が。俺がどうにかしないと……」
まるで呪詛を唱えるみたいにぶつぶつぶつぶつと呟き続ける肇。
正に心ここにあらず、だった。
「こうなったら揉んでやるですー!」
このままでは埒が明かないと気付いたみいあは手をわきわきと動かしてウォーミングアップをしてから、思い切り肇の胸板を揉んだ。
その瞬間、肇はびくっと反応し、思考の旅から帰還したのだった。
「ひっ!? なにしてんだ、お前っ! やめろ!」
「やめません! みいあとえっちな会話の続きをしてくださるまで!」
「はあ!? しねえよ!」
「じゃあやめないです!」
「意味分かんねえし!」
「話の腰を折ったのははじめちゃんさんですよ!」
「そもそもそんな話してねえから!」
それから二人は軽い口論になり、胸を揉みしだかれた肇がキレて帰ったので、その日の未羽鹿公園での付きっきり練習はなしになった。




