完璧じゃなくても
「合宿と言えば海! よね!」
颯爽とミニバンの運転席から降り、サングラスを外しながらキミィは言った。
肇達も荷物を持って、二時間ぶりくらいに地面に降り立った。
目の前に広がるのは青い海、白い砂浜、まぶしすぎる太陽、涼しげなコテージ!
ではなく、海から徒歩三十分くらいの寂れた民宿だった。
「キミィ先生! 海の目の前のおしゃれなコテージに泊まれるんじゃなかったんです!?」
みいあが非常に憤慨している。それもそのはず、キミィはみんなにそう約束していたのだ。
「今、五月初旬よ? 海なんて目の前にあっても泳げやしないんだから無駄でしょ」
悪びれもせずにキミィは言う。それはそうなのだが、約束しといてこれはないんじゃないかとみんなが思った。
「泳げなくても浜辺で追いかけっことか! 海水をかけ合ってキャッキャウフフとか! やることありますよね!」
肇の方を強く見つめながら激しい口調でみいあは言った。肇はあまりの熱視線に思わず目を逸らす。
「ここには練習をしきたのよ? 遊びじゃないの」
「でもでもー!」
握り拳をぶんぶん振りながら駄々をこね始めるみいあ。流石のキミィもカチンと来たのか、唐突にサングラスを地面に叩きつけた。
一瞬、辺りの空気が凍る。
怒り爆発のキミィは息を大きく吸い込み、怒鳴った。
「あたしだって、あたしだって! コテージに宿泊中のイケメンと出会って浜辺でキャッキャウフフしたかったわよ! でもねえ! 花吹雪にね! 温にね! 盗られたのよ! おしゃれなコテージをねえ!」
GW中だから、海近くの他の民宿なども埋まりきっており、この民宿だって自分の広い人脈を使ってなんとか取ることが出来たんだとキミィは泣き声混じりに言った。
「キミィちゃん、キミィちゃん大丈夫やから! みーんなキミィのと・り・こ! やから」
ゆ太朗がそう励ますと、子どもみたいにえんえん泣きじゃくっていたキミィ先生が食いついた。
「……君も?」
「……俺も!」
「君も!?」
「俺も!!」
「みーんな、キミィの!」
「と・り・こ!!」
そんなテンション高めのやりとりをした後、キミィとゆ太朗は楽しそうにハイタッチした。コール&レスポンスと言うやつだ。ゆ子も前に言っていたが、あれがキミィのアイドル時代のキャッチフレーズ的なものなのだろう。
「あー、二十七歳、七海希実。まだまだアイドルいけるわねー」
おっさんみたいな低い声でそう呟きながら、キミィは民宿へと入っていった。
民宿での三日間は、基本的にこの一ヶ月ほど放課後や土日にやってきた練習を、一日という長い時間かけて行うというものだった。
最初の日は歌と演技と舞台上での立ち居振る舞いの個人練習を徹底的に行った。スパルタ過ぎるとメンバー達からぐちぐち文句が出たくらい徹底的に、だ。
二日目は一日目と基本的には同じだが、夕食後、肇が言っていた通り、通し練習を行った。ルーキースターまではあと二週間もない。この合宿で仕上げてしまわなければ、五位以内に入るどころか、他のミュージカルコミュにだって勝てやしないのだ。
通し練習を行った後、肇はみんなを食堂に集めてミーティングを行うことにした。キミィは夕食の時にお酒を飲みまくって自室でつぶれているので放っておいた。
「あー、みんな、なかなか、良くなってる、と思う」
「歯切れ悪いなあ。はっきり言って良いよ。はじタン的には全然ダメ、なんでしょ?」
「あー。うん」
花吹雪の公演を毎年見てきたから分かる。自分達のミュージカルがどれだけ取るに足らないものかということが。こんなもので、この中の誰かが五位以内に入るだなんて、絶対に不可能だと肇は確信していた。
「とりあえず後二週間もねえんだ。小泉は訛るのだけはどうにかしてくれ、ホント」
「う、うっさいな。頑張ってるやん」
この二日間練習づくめで疲れているせいか、ゆ太朗の機嫌が悪い。
「根火裏はそれ以上表情どうにも出来ないなら、客席に顔見せない方向でよろしく」
「……ごめんなさいなの」
「はあ? 肇、酷ない、それ?」
いつもはめぐるを罵っている側のくせに、珍しく庇うゆ太朗。それだけ肇に不満が溜まっているのだろう。
「名香川は……そのままで行ってくれ」
「……ずっとそれじゃん。私もそろそろアドバイス欲しいよ……」
上手くもなく、下手でもない中途半端なゆ子へのアドバイスは本当に難しいのだ。みんなにはアドバイスしているのに自分だけ……とゆ子も肇に対して不満が溜まっているようだが、今の肇にはどうしようもなかった。
「あと、君島。お前は……。はあ……どうすっかな……」
「……みいあが一番ダメダメみたいですね」
きれいな瞳に涙を溜めながらみいあは小さく呟いた。泣くなんてズルいではないか。これ以上、何も言えなくなってしまう。
「……自分は役者やらんで、好きなことゆうだけゆうて、ちょっとズルいんちゃうかな?」
「そ、それは……」
ゆ太朗の言うとおりである。
一番ズルいのは自分だ。
自分が姉の奴隷になりたくないがためにやっていることなのに、自分は前線に立たず、安全地帯から言いたいことだけ言っている。
舞台に出られないなら出られないなりに、四人のサポートをしなければならないのに、それすら満足に出来ていない。
「お兄ちゃん! はじタンは視線が……」
「……せやったな。ごめん、言い過ぎた」
「いや、小泉は悪くない……」
重苦しい空気が食堂内に流れる。息をするのも気を使うくらい、張り詰めた空気だった。
「あー、もう解散や、解散! 今日は解散!」
「そうだね、今日はもう休もう?」
「おひらきなの」
「みいあ、お部屋に戻ります」
それぞれ思い思いの言葉を呟き、肇を一人食堂に残して去っていってしまった。
ゆ太朗と同室なため、部屋に戻るわけにも行かない。海でも見に行こうと、肇は一人民宿を出た。
三十分程度夜道を歩き、海に着いた頃にはヘトヘトだった。
まだ浜辺のレストランが営業中だったため、思ったよりも海は明るい。といっても昼などに比べれば断然薄暗く、遠くにいる人の顔はちゃんと認識出来ないくらいだが。
そんな浜辺に腰掛けて、肇はため息を吐く。
本当に自分はダメなやつだなあと。
みいあに巻き込まれたと言ってしまえばそうなのだが、あの場に肇がいなければこんなことにはなっていなかっただろう。
これは一種の姉弟げんかだ。
肇が自ら、解決しなければならない問題だ。
でも肇にはそれが出来ない。人前に出るのが怖いから。視線が怖いから。
だからゆ子達の協力を得ているのだ。
彼女たちが上に行けるように、全力でサポートしなければいけない立場なのだ。
しかし自分にはその力がない。
たとえば、詞名がコミュリーダーだったならばKosMosはどうなっていただろう。
きっと、新入生歓迎会でやっていたみたいに、周りをサポートしつつ、自分自身をも最大限に、魅力的に見せることが出来るのだろう。
自分には無理だ。
詞名みたいな天才にはなれない。
「……青空、肇君?」
不意に名前を呼ばれ振り向くと、そこには今、肇の頭の中を埋め尽くしていた人物が立っていた。
「續山先輩……」
キミィが言っていたことを思い出す。海辺のおしゃれなコテージを花吹雪に盗られたと。あの浜辺のレストランで食事をしているのは花吹雪のコミュメンバー達なのだろう。
「あ、と、とうもろこし食べる?」
手に持っていたとうもろこしを肇に差し出し、詞名は首を傾げた。
「いや、良いっす」
「あ、そ、そう? そ、そっかー」
詞名はそう言って少し残念そうに手を引っ込めた。
「は、肇くん達も合宿?」
「ああ、はい。まあ」
「ふふ、楽しそうな合宿風景が想像できちゃうわね」
「そうでもないっすよ」
詞名は何があったかなんて知らない。知らないからこういう反応をするのは当たり前なのだ。それでもその言葉に少しだけイラついてしまう自分を恥じた。
「……そっか」
あっけらかんと言ったつもりだったのだが、肇の返事から詞名は何かを感じ取ったらしく、それ以上深入りしてくることはなかった。
その代わり、花吹雪のことをぽつりぽつりと話し始めた。
「花吹雪の練習はね、基本個人練習のみなの」
「個人練習のみ?」
「うん。一人一人の実力が高ければそれで良いってスタンス。より実力のあるものに、みんなが一生懸命合わせるの」
「ああ……」
花吹雪の公演を見て、肇もそれを感じていた。お互いがお互いを尊重し合い、協力し合っているというよりも、合わせられる人が合わせている、そんな感じだった。
「合わせられない子は淘汰されちゃう。全力でサポートしてるつもりでも、やっぱり私の力不足で、今まで何人も辞めていったわ」
「天才の續山先輩でもそんなこと考えるんすね」
「私、天才なんかじゃないわ。いつもいっぱいいっぱいなの。天才じゃないから、なんとか努力で補おうって、思ってるだけ」
それだけ努力出来るってことが、才能なんじゃないだろうか。特進コースの主席で、生徒会長で、アイドルで、ミュージカルのコミュリーダーで、クイーンドリーム。
一般人がどれだけ努力したって、そのステージに立てるはずがない。
「でもね、花吹雪ではどれだけ努力しても、ダメなの。努力は評価されない。実力のみなの」
「ザ・温ねぇって感じっすね」
「温ねぇ?」と詞名が微笑みながら首を傾げるから、肇は恥ずかしくて顔を赤くした。癖でそう呼んでしまう。あんな暴君、姉貴でももったいないのに。
「だけど、努力だって評価されても良いと思わない? 一人一人が勝手に完璧になるよりも、みんなで協力して努力したら、結果はダメだったとしても、あー楽しかった! って終われるもの」
「でも楽しかった、じゃダメなことだってあるでしょう?」
「そうね。でも少なくとも、私の目指すミュージカルコミュはそういうものでありたいなって」
「温ね……姉貴がいるかぎり無理でしょうね」
「……温先生が間違ってるって言いたいわけでは決してないの。でも私と先生とでは、目指すところが違うのよね」
詞名は泥臭くても良いから、仲間たちと心からミュージカルを演じることを楽しみたいと思っている。
温は完璧で、洗礼されたプロのミュージカルをしたいと思っている。
詞名が温のやり方に納得がいかないのも当たり前だ。
肇はどちらかというと姉である温寄りの考えだった。自分だって出来ることならば完璧なミュージカルにしたい。
でも完璧なだけじゃいけないことだって分かっている。詞名の言うような作品で人を楽しませることが出来たらどれだけ素敵なことだろうとも思う。
「續山先輩、もしつまづいたら、どうしたら良いんですかね」
「うーん、そうだなあ。私なら……たくさんの人に相談する、かな」
「相談……」
「一人でずーっと悩んでいたことも、誰かに相談しちゃえばすぐ解決することだってあるもの」
「でも俺、人に相談とか苦手で……」
「あれ? 今、私にしてるのは相談じゃないの?」
少しいじわるに微笑みながら、詞名は首を傾げる。
言われてみれば、そうだ。何故だか詞名には何でも聞けてしまう。詞名の話し方や相づちの打ち方、仕草、その全てに人の心を柔らかくする魔力がある気がした。
「欠点にばかり目を向けないで? 肇くんは自分の悪いところばかり見ちゃってる気がするわ」
「欠点にばかり……」
――そうか。
詞名のその言葉に肇はハッとした。
自分の欠点にばかり目を向ける自分は同じように、他人の欠点にばかり目が向いていたのではないか、と。
「續山さん! そろそろコテージに戻ります!」
花吹雪のコミュメンバーの後輩らしき少女が詞名を呼んだ。詞名は「な、なんか話し込んじゃってたわね。じゃあまたね」と早口で言うと、肇に背を向けた。
しかし何かを思い出したのか、パンと両手を叩き「ちょっと待っててね」と言い残して浜辺のレストランへ走っていった。
すぐに戻ってきた詞名の手には、花火が2セットほど握られていた。
「花吹雪ではあんまり盛り上がらなくて、余っちゃったの。良かったらもらってくれない?」
「あ、ありがとうございます」
花火を受け取る時に、微かに手が触れた。すると詞名は「ひゃっ!」と小さく悲鳴をあげて、逃げるようにその場を去ったのだった。
嫌われているのかと少々ショックを受けながらも、肇も浜辺を後にした。




