みいあだけの才能
「あ、あんたなんでしゃべんないの? うーん、ちゃうなあ……」
浜辺から帰宅した肇が部屋の前に戻ると、ドアの向こうからゆ太朗の練習する声が聞こえてきた。もう寝てしまったかと思っていたから、少し驚いてしまう。
あんなことがあった後なので、少々気まずさを感じつつも、肇はドアを開く。音に気付いたゆ太朗は練習していたのを隠すように台本を自分の鞄の上に放り投げた。
「おかえり。……ってなんやそれ。花火?」
「お、おう。あの……女将さんが、後片付けをちゃんとすれば駐車場でやっても良いって言ってて……。花火、しねえか……?」
「ぷっ! 何か肇に似合わん! ええけど!」
花火をしようと誘っただけなのに、腹を抱えて思い切り笑われてしまった。何だか無性に恥ずかしくなって、顔から火が出そうだった。
その後、なんだかんだそれぞれ散り散りになって練習していた女子三人を捕まえて、駐車場で花火をすることになった。
「両手花火攻撃なのー」
「攻撃なのーちゃうぞ! 危ないからやめろ! 振り回すな! 子どもか!」
「みいあも、みいあも! 二刀流したいです! はじめちゃんさん、もう一本!」
「それ消えるまで絶対やんねえ」
「みゅー! けちんぼです!」
色とりどりの花火が闇を照らす。少し季節を先取りしすぎかな、なんて思うが、やっぱり花火はきれいだ。きらきらきらと散る火花を見つめていると、意識がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな気がした。
「はじタン、線香花火やって良い?」
どこかへ行きかけていた意識が、ゆ子の声によりいきなり呼び戻され、びくっとしてしまう。「え? なに? 怯えてる?」なんて冗談を言うゆ子。
「お、俺もやろうかな、線香花火」
「うんうん。一緒にやろ。どっちの花火が長く持つか対決ね!」
ゆ子と隣同士でしゃがみ込んで、線香花火に火を付ける。少し動けば肩が触れてしまいそうな距離に、肇の心臓は早鐘を打っていた。
「あー! ずるい! それ、みいあもやりたいです!」
「俺の線香花火が最強やぞ!」
「めぐの合体線香花火勝つの」
悲しいかな、好きな子との二人きりのどきどきな空気なんて、すぐに壊れてしまうものだ。
五人で輪になって、線香花火長持ち対決の始まりである。欲張って三本も一緒に火をつけためぐるの線香花火が一番に落ち、その次にゆ太朗、ゆ子、みいあと続き、残ったのは一番初めに火をつけた肇の線香花火のみとなった。
「はじタンの勝ちかー」
「落ちずに消えたら願い事叶うねんで! それ目指そう!」
「はじめちゃんさん頑張れ! はじめちゃんさん頑張れ!」
「俺、頑張ってもどうしようもねえだろ」
自分でそう言ってから、線香花火の話なのに、ミュージカルの話に繋がっている気がした。
俺が頑張ってもどうしようもない。
――そんなことは、ないはずだ。
でも周りのことを気遣わず、一人だけ突っ走っていてはいけない。
一人ではなくみんなで足並みを揃えて、一つの作品を作り上げるのだ。
KosMosの、KosMosによる、KosMosだけのミュージカルを。
「……すごいの。落ちずに消えたの」
「やったね、はじタン! 三億願った?」
ゆ子達の賞賛の言葉は、今の肇には聞こえていなかった。完全に消えた線香花火を見つめ、こくりと頷く。ゆ子が「え? 本当に三億願ったの?」と見当違いなことを言った。
「……大輝は、関西弁にするのはどうかと考えてるんだけど、小泉はどう思う? その方が小泉の魅力を最大限に引き出せると思うんだ」
「えっ!? なんなん、突然!?」
肇の中ではずっと頭の中で考えていたことだったが、四人にとっては唐突すぎて、みんな驚きを隠せない様子だった。でも真剣な肇の表情を見て、ゆ太朗は真剣に答えを返してくれた。
「そりゃ嬉しいけどな、関西弁やったら……。でもそれじゃあ、自分自身が成長でけへん思うから、今のままでええわ。もしどうしても無理! 思たら出来るだけはよ言う。考えてくれて、ありがとう」
そして「上手く行かんからって当たってごめんな」と、照れを隠すように頭をポリポリと掻きながらゆ太朗は謝罪した。「小泉がそれで良いなら」と肇は頷く。
「根火裏は、演技もプロ級だし、歌や立ち居振る舞いも悪くない。でも、表情だけは俺にもどうして良いか分かんねえんだ。だから、みんなの意見を聞かせてほしい」
「めぐは顔を見せない方向で良いと思うの」
「でもそれって、自分で言っといてなんだが、なかなか難しいと思うんだ。最後のシーンはいけるとしても、見せ場のシーンで常に客席に背を向けてるのも何か不自然だし……」
でも肇にはそれしか思いつくことが出来なかった。めぐるを傷つけると分かっていても、それくらいしかアドバイス出来なかったのだ。
そんな肇の苦悩を、ゆ子が一瞬にして解いてしまう。
「あ、それなんだけど、私考えたよ。照明さんに頼んで、お兄ちゃんとめぐたそのシルエットだけ見えるように光当ててもらう、とかどうかな?」
ゆ子以外の全員が、彼女の意見に目から鱗が落ちるような気分だったことだろう。
「ええやん、それ! めっちゃおしゃれやん! じゅえふぁむのオープニングみたい――」
「お兄ちゃん、やめて」
あいかわらずじゅえふぁむというのは良く分からない。
「シルエットだけだと普通の動きじゃ分かりにくいから、社交ダンスを踊りながら、とかでも良いかもな! あっ……今から、練習して、もらえるなら……だけど……」
また自分は思いついたことをぽんぽんと。自分がやらないからって、無理難題を人に押しつけようとしていることに気付き、肇は口ごもった。
「めぐは練習するの」
「……同じクラスやからすきま時間にも出来るしな。その代わりダンスは肇が考えてな?」
いたずらに笑いながらゆ太朗が言う。
そうか。こんな感じで良いのか。
少し相談するだけで、少し言い方を変えるだけで、こんなにも好転するだなんて思ってもみなかった。ずっと人を避けて生きてきたせいで、詞名に言われるまで、こんな簡単なことにも気付けなかった。
「はじタン! 私は? 私は?」
ゆ子がわくわくな表情で肇にアドバイスをねだる。嬉しそうに瞳をきらきらと光らせているゆ子には悪いが、先にみいあだ。
「すまん、君島から行かせてくれ。君島、お前は……」
「は、はいっ」
緊張の面もちのまま、ずっと無言で肇達の会話を聞いていたみいあ。自分が一番ダメだと分かっているからだろう。今にも泣きそうな、今にも壊れそうな表情で、肇を見つめている。
「台詞は無しにして、最後の歌だけ歌ってもらいたいと思うんだけど、どうだ?」
「……へ?」
みいあの表情が、泣きそうなものから、絶望へと変化した。
自分だけ。自分だけ見捨てられたのだ。
直しようがないから、誤魔化しようがないから。
クズだから、ゴミだから、ダメだから。
嫌われ者だから。
「あっ!」
久しぶりにテレパシーンによる大量の視線が肇に突き刺さった。
みいあの感情が高ぶっている。言い方が悪かったと、肇は素直に反省した。
「お、落ち着け! 違うんだ! 君島は歌と表情と立ち居振る舞いが武器だから、他のことに気を取られず、そこに全力を注いでほしいって、そう思ったんだ!」
短所にばかり目を向けないで?
詞名の言葉を思い起こす。
短所に気を取られ、それを必死に直そうと努力する。それも正しいことだし、必要なことだ。でもそれで、長所を磨くことを疎かにしてしまっては元も子もないのではないかと肇は思った。
みいあの天使の歌声は、豊かな表情は、堂々とした立ち居振る舞いは、誰にも負けない。
努力したって身につけられない、みいあだけの才能だ。
そこを最大限に伸ばしてあげたい。思い切りその才能を発揮させてあげたい。
そう思ったのだ。
「みいあだけの才能……。はじめちゃんさん……みいあのことそんなにも……」
何だか良く分からないが、心を読まれたような感覚がした。そしてテレパシーンもそれと同時に治まった。
「みいあのこと大好きすぎますよ、はじめちゃんさんっ!」
先ほど絶望していたのが嘘のように、肇の腕に絡みつくみいあ。肇を見上げるその瞳にはうっすら涙が浮かんでいたが、それがみいあの不思議な瞳を一層不思議に光らせていて、本当にきれいだった。
思いがけずドキッとしてしまい、肇はすぐに腕からみいあを引き剥がした。
「そ、それで名香川には、主人公の通訳を頼みたいと思ってる。台詞も歌も増える。負担は半端じゃないと思う。でも名香川なら出来るって思うから、どうかお願いしたい」
「うん、良いよ。はじタンリーダーの言うことだもん! 私、記憶力だけは良いし!」
「……ありがとう。じゃあ、急だけど根火裏、台本の修正、頼んで良いか?」
「任せるの」
根火裏が力強く頷いてくれて肇はホッとした。
「最後に名香川だけど……演技や歌やダンスに不安はない。けどやっぱり、照れが気になるんだ」
「あ、そうそう。恥ずかしくなって、ごまかし笑いしちゃったりするんだ」
「多分、観客がいないから、笑ってごまかしてしまうんじゃないかって思う。だから、本番の空気に慣れるために、明日の夕方、帰る直前一時間を使って、食堂でリハーサル公演をさせてもらうことにした。民宿に宿泊中のお客さんが観客だ」
「「「え?」」」
肇とめぐる以外の三人の声がきれいにハモった瞬間だった。
「ちょっと急すぎやろ! なんやそれ!」
「お、お客さんいるんです!? 練習! 徹夜で! 練習しなきゃです!」
「あっはっはー。なんかいつものはじタンじゃなーいと思ったけど、やっぱいつものはじタンだー」
「台本急いで修正しなきゃなの」
笑い転げるゆ子を見て、何がおかしいのか分からず肇は大きく首を傾げたのだった。




