見てくれている人はいる
「みなさん本日はあたしの可愛い教え子達のために、貴重なお時間を割いて下さって本当にありがとうございます!」
食堂の机と椅子を寄せて作ったスペースで、キミィが元気良く挨拶した。昨日は暴飲して爆睡していたというのに、二日酔いにもならず本当に元気だ。
肇達のために集まってくれた宿泊客達が「あれ、もしかして七海希実?」とざわつき始める。この三日間民宿に泊まっていたのに気付かれなかったのは少々悲しいものがあるが、やはりアイドルは舞台に立つと変わるということなのだろう。
「至らない点ばっかりかと思いますけど、暖かい目で見守って下さると嬉しいです。それでは、お楽しみ下さい!」
キミィのその言葉を合図に、みいあとゆ子が登場する。食堂に置かれたグランドピアノには、肇がとっくにスタンバイしていた。自分に視線が向かないようきちんと角度を変えてもらっている。
始まりは、ゆ子のソロ曲から始まる。主人公翔子の友人が、おかしな彼女のことを紹介する歌だ。元々はみいあが歌うはずだったものを、歌詞を変えてゆ子が歌う。練習なんてほとんど出来ていないのに、彼女はほぼ間違えることなく完璧に歌いきった。記憶力が良いと自称するだけある。
そしてみいあも台詞がないにも関わらず、翔子の天真爛漫なところを上手く、身振り手振りと表情だけで表せている。
「銀色の髪の子、めちゃくちゃ可愛くね?」
「分かる。あの表情にきゅんきゅんするわ」
「台詞ないのに全身から可愛さにじみ出てるよな」
観客の若い男性達が絶賛する。そうそうと頷きつつ、みいあの才能に他人が気付いてしまったことに、少し悔しさを感じている自分がいて驚いた。
場面は展開して、ゆ太朗とめぐるのシーン。大輝が美和という美少女に誘惑されるシーンだ。今日はシルエットだけ浮かび上がらせることは不可能だが、肇が即興で考えた社交ダンスは思ったより上手く出来ていた。
誘惑する女、誘惑される男というシーンなので、男女逆転の社交ダンスにしたのだが、めぐるのリードがすごく上手くて救われたのだった。
そして一時間の短いミュージカルは、終わりに差し掛かる。公演に集中していたせいもあるが、思った以上にあっという間だった。でもその短い中にも、あそこはああ弾いた方が良い、もっとこういう風に演じてほしいという、色んな改善点が見えてきて、やって良かったと肇は思った。
ついに最後のシーンだ。
主人公が彼に、歌であふれる思いを伝えるのだ。
肇とみいあは、こっそりとアイコンタクトを取り合う。
そうして、肇のピアノ伴奏と共に、みいあは天使の歌声を披露した。
「君島みいあちゃんって言うんだ? めちゃくちゃ可愛いじゃん! 俺、今日でファンになった!」
「私も、私も! 何でランキング低いのかわけわかんないよ! これから毎日投票するからね!」
「俺も! 友達にもみいあちゃんに投票してって言っとくな!」
「わたしも妖精さんみたいなお姉さんがいたって、学校のおともだちに言うー!」
老若男女に囲まれ賞賛の言葉をかけられるみいあの表情は、嬉しさでだらしないほどにゆるみきっていた。
ゆ子もゆ太朗もめぐるも、みんな観客から誉められていたが、やはり最後の歌が印象に残ったのか、みいあが一番人気だった。その光景を「良かったな」と思って見つめつつも、やっぱりみいあが人気者になってしまうことに若干の苛立ちのようなものを感じる。「何なのだろう、この気持ちは」と悩みながらも、肇は一人黙々と後片付けをしていた。
「お兄さん、とっても良かったよ」
「心が洗われるようなピアノの旋律だったわ」
肇にそう言ったのは、非常に上品な老夫婦だった。声をかけてもらえるとは思っていなかったので、肇は驚き狼狽える。「う、うっす」と柔道部みたいな返事しか出来なかった。
「お名前を教えてもらってもよろしいかしら」
「えっ、お、俺……僕の、ですか? えっと、青空、肇って言います」
「青空肇さん。とっても素敵な名前だね。覚えておくよ。また君の名前をどこかで見られることを願っているね」
そう優しげに微笑みながら、老夫婦は去っていった。
ただピアノを弾いていただけだ。姿は見えていなかっただろう。中には肇の存在にすら気付いていない人もいただろう。
でも、見てくれている人はいる。
自分のことを見てもらえて嬉しい。
視線がどうとか、そういう話ではなくて、自分の存在を認識してくれたことが、どうしようもなく嬉かった。
「良かったわよ、肇君」
また誰かに声を掛けられたことに驚き振り向くと、そこにいたのは肇の恩人だった。
「えっ!? 續山先輩!? 見てたんですか!?」
「うん。小泉君、だっけ? 彼の呟きがタイムラインに流れてきて知ったの」
どうやらゆ太朗がこの公演のことをSNSか何かに呟いていたらしい。交友関係の広いゆ太朗のことだから、詞名の友人達とも繋がっていたのだろう。
「先輩のおかげで悩んでたことが解決して、すごく良くなって……本当感謝してます」
「え、なあにそれ? 私は何もしていないわよ?」
「肇君の実力でしょ?」と詞名は笑う。驕り高ぶらず、周りを優しく包んでくれるような存在。何故クイーンドリームになれたんだろうと思った自分が恥ずかしいくらい、彼女はクイーンドリームに一番ふさわしい人物だと思った。
「何しに来たですか、續山詞名ー! はじめちゃんさんは絶対渡しませんからー!」
肇と詞名の間に、スライディングしながら立ちはだかったのはみいあ。
みいあの言う「續山詞名」という単語を聞いて、アイドル七海希実が登場した時以上に辺りがざわついた。絶賛売り出し中の大人気アイドルだ。盛り上がるのは当たり前である。
「あ、わ、私! 行くわね! じゃ、じゃあ!」
危険を察知した詞名はまたしても逃げるようにして肇の前から去っていった。何人かがその後を追っていったが、捕まっていないことを願おう。
「ふう、とんだ泥棒猫です」
一仕事を終えたかのように、みいあは手で額の汗を拭った。
「あれれー? もしかして昨日、詞名先輩に会って相談してたのかな?」
今まで近くにいなかったくせに、しっかりと話を聞いていたらしいゆ子が、咎めるような口調で言う。みいあも「えー!? そうなんですか!?」とものすごく不満げだ。
「あ、いや、たまたま! 浜辺に行ってみたらたまたまな!」
「へー。ふーん。夜の浜辺で! 二人きりで語り合ってたんだねー。二人きりで!」
「許せません! 許せないですー!」
「な、何なんだよ、もう!」
何だか浮気の証拠をつかまれた旦那みたいなシチュエーションで、悪い気はしない肇なのだった。
合宿から帰ってきて一週間、肇達は今まで以上に一生懸命、そして楽しく本番までの練習を行った。
ゆ子は台詞と歌が増えたため、個人練習を中心にした。
ゆ太朗とめぐるは社交ダンスの練習に力を入れていた。さらにゆ太朗は訛ってしまうという課題がまだ残っているため、その特訓も頑張っていた。
みいあもまだ気を抜くと音が分からなくなってしまって、外れてしまったり歌えなくなったりすることが良くあるので、そこを完璧にする努力をしていた。
今日はルーキースターを日曜日に控えた週の後半、木曜日の放課後だ。今日を合わせたら、練習出来る日はあと三日しかない。それに前日の土曜日はコンサートホールでリハーサルがあるので、みっちり練習出来るのは実質あと二日だ。
間に合うのだろうか。誰かが五位以内に入ることが出来るのだろうか。
自分が姉の奴隷になるからとか、そんなつまらないことに肇はもう興味はなかった。
これで終わらせたくない。この五人で、もっとたくさんコミュ活動をしていきたい。自分でも驚いたけれど、いつの間にかそんな気持ちが強くなっていた。
「はじめちゃんさん、見て見て! みいあ、なんと今、十九位! すごくないです!?」
「えっ、マジかよ!」
「実は! 誰かがみいあの歌を動画サイトに上げてくださったみたいなんです!」
「か、勝手にかよ……まあ結果オーライか」
この間観客の前で公演を行ったことが、こんなに効果を発揮するとは思ってもみなかった。若い人も多かったため、人から人へ噂が広まったのだろう。誰かが無断で上げたみいあの歌も、上々の再生回数だった。
これなら本当に当日票と教師や専門家の評価点も合わせたら、五位以内に入ることも夢じゃないのではないかと思えてくる。
「私は今、十七位かー。ついに君島さんに追いつかれちゃったな」
「ふふん! 心配しなくても、すぐに追い越してやりますよ!」
「追い越されたら追い越すしー」
「NASAのくせに生意気ですよ!」
「なんで君島さんに生意気とか言われなきゃなんないんですかー」
「生意気だから生意気なんです!」
この二人は相変わらずの関係だなと思いつつ、本気で仲が悪いというわけでもないんだろうなと感じ始めていた。
「はじめちゃんさんも、最下位からかなり上になってますよ!」
「え、何で俺が……?」
みいあの言うとおり、長い間最下位だった肇の順位が中間より少し上くらいにまで上がっているではないか。
現在九十七位である。
もしかしてあの老婦人が周りに声をかけてくれたのだろうか。いや、きっとそうに違いない。それしか考えられない。
気にかけてくれただけでも嬉しかったのにここまでしてくれるなんて、本当に感謝しなければならない。
「やった! これで目立たねえじゃん!」
「ホントはじタンはぶれないなあ」
めぐるが四十三位、ゆ太朗が二十二位。良い感じにみんな順位を上げてきていた。一番重視されるのは当日の教師と専門家による評価点なので、良い公演が出来ればもしかしたら本当に、奇跡が起こるかもしれない。




