完璧じゃなくちゃ駄目だから
「例えどんだけ実力があろうと、それにかまけて努力しねえやつが俺は大嫌いだ! ましてやお前は実力ねえんだよ! 才能があっても磨かなきゃただの石ころなんだ、分かったか!」
「は、はじめちゃんさんが大嫌いって言った……大嫌いって言った……」
この期に及んで、ちゃんと話を聞いていないみいあに肇の怒りは頂点に達した。
「ああ! お前みたいなやつが俺は大っ嫌いだ!」
ビリビリと教室が震えるほどに怒鳴りつけてしまった。
「やってしまった……」と後悔しても後の祭りだ。
これじゃあ姉と同じではないか。
せっかく砕けそうなダイヤの原石を守ることが出来たのに、それを自ら金槌で砕いたようなものだ。
「ううっ……うううっ……」
大きな瞳からぽろぽろぽろと涙をこぼすみいあ。小さな体を震わせるその姿は、捨てられた子犬のようだった。
罪悪感から目を逸らすと、諫めるような瞳でこちらを見つめるゆ子と目が合い、居心地が悪くて下を向いた。
「はじめちゃんさんのボケナスー!」
みいあはそう捨て台詞を吐いたかと思うと、第三音楽室から飛び出した。その瞬間、テレパシーンが発動し、肇は多くの視線の中に晒されることになった。
そういえば、感情が高ぶるとコントロールが出来ないと言っていた。
自分を咎めるような大量の視線が体に突き刺さる。テレパシーンの影響で、ブーイングのラフトラックが鳴った。
幼い頃のトラウマが蘇り、肇はまたしても気絶してしまうのだった。
寝心地の悪いピアノ椅子から体を起こすと、第三音楽室内はオレンジ色に染まっていた。鞄に荷物を詰めていたゆ子が肇に気づき、「おはよう」と笑顔を浮かべた。
「もうそろそろ最終下校だから、起こそうと思ってたんだー」
「突然気絶するからビビったわ。体調悪いんやったら無理しなや?」
「ああ、うん、ありがとう……」
気絶する前に起こった出来事を思い返し、肇は第三音楽室内を見渡す。
案の定、みいあの姿はそこにはなかった。
「君島さん、戻ってこないの。鞄あるからいつかは帰ってくると思って練習しながら待ってたんだけど……」
「校内おると思うし、そろそろ探そか」
「いや、良い。二人は帰ってくれ。お疲れさん」
これは自分とみいあの問題だ。
関係のないゆ子やゆ太朗を巻き込むことは出来ない。
「みんなで探した方が早いと思うけど……」
「俺の気持ちの問題だから。先帰ってくれ」
「うーん、そう? じゃあ任せるね? また明日」
「ホンマ無理しなや」
気遣ってくれる双子と別れ、第三音楽室の戸締まりを済ますと、みいあの鞄と自分の鞄を持って捜索を始めた。
F組の教室、屋上、渡り廊下、グラウンドなどを探してみたがそのどれにもみいあの姿は見当たらなかった。
一昨日の自分みたいに鞄を置いて帰ったのかもしれない。そんなことを思いつつ、最後にコンサートホールを覗いてみた。
すると、そこでようやくみいあの姿を見つけた。
「どー! れー! みー! みゅみゅー?」
舞台の上のピアノに座り、鍵盤を一つ一つ押して、それに合わせて声を出している。
ドもレもミも全部間違っているし、やはりあいかわらずの音の暴力だった。
でも分からないながらも努力しようとしているみいあの姿を見て、何だか胸が熱くなった。
「全部外れてる」
「は、はじめちゃんさん!? き、来ちゃ駄目です!」
舞台上に上がってきた肇を見て、みいあは必死にそう言った。
しかし肇は聞く耳を持たず、みいあの隣に腰掛けた。
「これがド」
ポーンと鍵盤を叩くときれいに「ド」の音が鳴った。さすがちゃんと調律されているピアノは良い。
「どーっ!?」
「もう少し高く。もっと優しく音を出してみろ」
「どー? ですか?」
「ん、良いんじゃね?」
そうやって軽くほめてやると、みいあは嬉しそうに瞳を輝かせ、次はレ! 次はミ! と催促し始めた。
「練習はいらないんじゃなかったのか」
「……みゅみゅ。こっそり上手くなるはずだったんです……」
「こっそりじゃなくて良いじゃねえかよ」
「……みいあは完璧だから、そうでなくっちゃ駄目だから、練習してるとこなんて、見せたら恥ずかしいです……」
くちびるを尖らせながらぽつぽつとみいあは呟く。
「恥ずかしくなんてないと思う。俺は好きだぞ」
またしても「好きだぞ」という言葉がホール内に反響して、恥ずかしくなった。
「でも大嫌いって……」
「……さっきは言い過ぎた」
「み、みいあもボケナスって言ってごめんなさい」
そこじゃなくて練習しなくて良いだのと駄々をこねたことを反省してほしかったが、また泣き出してもいけないのでそれ以上つっこむのはやめた。
その代わりと言っては何だが、みいあがステージで歌っていたあの有名なミュージカルの曲を弾いてみる。
「あ! 弾けるんですか! らららーらーらーらららららー」
「めっちゃくちゃ外れてるからな、それ。らららーらーらーらららららー。だからな」
「はじめちゃんさん、上手です!」
両手を胸の前で組み、みいあは感嘆の声を上げる。
「う、上手くねえわ! ほら、真似してみろ!」
「らららーらーらーーらららららー? です?」
「お前、お手本してやったらちゃんと歌えんのな」
「えっへん! はじめちゃんさんにほめられたです!」
腰に手を当て、大きく胸を張るみいあ。
ほめてないこともないが、そんなに威張られても反応に困る。大きな胸が更に強調されるため、目のやり場にも困る。
「音楽に合わせて歌うのって、とっても楽しいんですねー」
「だろ? ちゃんと聴いたら歌えんのに、何であんな下手くそだったのか分かんねえけど」
肇がそう疑問を述べると、みいあは苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「みいあの星、音がないんです。こっちにきて初めて自分の声を聴いて、音楽に触れて……だからどうやって歌うのか良く分からなくって……」
みいあが温に怒鳴られた時に「分からない」と言っていた意味を初めて理解した。そして、歌い方が分かっていないんじゃないかと感じた理由も。
「最初は声を出すだけで精一杯でした。でも町行く人達が喋っているのを聴いて、感覚が掴めるようになったんです」
「でも歌は難易度が高かったんだな」
「です。ピアノだったりドラムだったり主旋律だったりハモリだったり、色んな音が入り乱れていて、どれに合わせれば良いかが理解できないんです」
音楽に慣れ親しんできた普通の人間だって、ハモリに釣られて自分が歌うべきメロディが分からなくなったりする。うまくリズムが刻めなかったりする。初めて音楽に触れたみいあには、途方もなく難しいことだったに違いない。
むしろ少し教えてやっただけでここまで歌えてしまうみいあにはやはり才能がある。
肇はそう確信した。
「って弱気なみいあは駄目です! みいあは完璧で、誰よりも目立つ宇宙一可愛い女の子なんですから!」
根拠のない自信に満ちあふれたやつだと呆れていたことを、謝らなければいけないかもしれない。
どちらかというと、みいあは自分に自信はないのだ。だから逆に、一番になる、完璧になると強く自分に言い聞かせているのだろう。
言霊という言葉がある。口にしていれば、いつかそれは現実になる。
そしてみいあには自分の言葉を現実にする、強い情熱があると感じた。
「ああ、その強気なところ、良いと思う」
「もうっ。はじめちゃんさんったら、ホントみいあのこと大好きなんですから! はいどうぞ!」
頬を赤らめつつ、みいあは何かを待つように目を閉じた。
「いや、意味分かんねえから!」
ぎゅーっと片手で両頬を掴むと「ひゃめへくひゃはい!」とみいあは意味不明な言葉を発したのだった。
「あのー、最終下校時間なんだけど……」
突然聞こえた声に驚き、コンサートホールの出入り口を見ると誰か立っていた。
遠目で見ても分かる、あの猫みたいな髪型は紛れもない續山詞名だった。
「あっ、すんません、出ます! 帰るぞ、君島」
第三音楽室から持ってきたみいあの鞄を手渡し立ち上がる。
「え? え? はじめちゃんさんのお家にみいあも帰っちゃいます!? ついに同棲生活が始まっちゃうんです!?」
「お互い! 別々の家に! 帰るぞ!」
二人のやりとりを見て續山詞名がくすくすと、実に可憐に笑っている。
「なに笑ってるですか」と無駄に續山詞名にガンを付けるみいあ。ライバルっちゃライバルだが、そんな敵対心をむき出しにしなくてもと思ってしまうほどだ。
「あ、ごめんなさい。ただ、あなた達のコミュは楽しそうだなって思っただけなの」
あなた達のコミュ「は」。
その言葉に隠された意味を、肇はすぐに理解した。
「花吹雪は大変すっか?」
「あ! いや! 別に! 花吹雪が楽しくないとか、そう言う意味じゃないのよ! 素晴らしいメンバーに、素晴らしい先生がいて、素晴らしいミュージカルが演じられる。とっても素敵なコミュなのよ」
續山詞名はそれ以上何も言わず、持っていた鍵でコンサートホールを施錠した。
きっと續山詞名の言葉には「でも……」という接続詞が続いたのだろうと肇は思った。
「お互い、頑張りましょうね」
續山詞名はみいあににっこりと微笑みかけると、逃げるようにその場を離れていった。




