双子の兄、ゆ太朗
次の日の放課後、肇、みいあ、ゆ子の三人は練習のために第三音楽室に集まった。顧問のキミィは「仕事があるから、何か用があったら職員室に呼びに来てね」と言ってすぐに去っていった。
「……キミィにも相談したかったんだが、ルーキースターで演じるミュージカル、創作ミュージカルにするのはどうかなって思ってる」
「既存のミュージカルじゃなくて、私たちで作るってこと?」
ゆ子の問いに、肇は大きく頷いた。
「みゅー! 楽しそうですー! みいあとはじめちゃんさんが付き合ってから結婚するまでの実録ラブラブラブコメディにしましょう!」
「あはは、しょうもなーい」
「何ですか、NASA! やきもちなんか妬いてみっともないです!」
「は? 妬いてないし」
女子二人がこんな犬猿の仲状態で果たしてやっていけるのだろうかと肇は頭を抱えた。
二人の言い合いを止めるか止めまいか、面倒くさいのでもうこのまま放置しておこうか迷っている時だった。
「ゆ子、来たでー。遅れてごめんなー」
第三音楽室のドアをガラリと開けて入ってきたのは、いかにもチャラ男といった雰囲気のイケメン関西人だった。
赤毛の少し猫っ毛っぽい髪が女性の母性本能をくすぐるのだろう。
ジャニーズみたいな大きい瞳の女顔に女性はコロリとだまされるのだろう。
耳にはピアス、制服はかっこよく着崩す、そんなおしゃれなところに女性はときめくのだろう。
フレンドリーな関西弁で愛をささやいたら、女性はイチコロなのだろう。
――どう考えても、肇が大嫌いな人種の一人だった。
「遅いし!」
「ホンマごめんて」
「許さないから!」
ぷくーっと頬を膨らませて怒るゆ子を見て、やっぱりこれはただの同級生に対する態度じゃないと確信した。
やはりこいつがゆ子の彼氏なのだ。この肇が大嫌いな人種代表のチャラ男が。
覚悟はしていたことだが、注目されている時みたいに、嫌に心臓が高鳴り始めた。
「許してやー。昨日買うてきたったやん、ゆ子が探しとったじゅえふぁむのフィギュ――」
「黙って、お兄ちゃん!」
ゆ子が目にも止まらぬ速さでチャラ男の口を押さえた。
じゅえふぁむのフィギュ……とはなんなのだろう?
というか、あれ?
ちょっと待てよ。
黙って、「お兄ちゃん」?
「え? え? あ、あんた名香川のお兄さん?」
「せやで。親、離婚してるから名字ちゃうけど、双子の兄の小泉ゆ太朗。よろしくな!」
「二卵生だからそこまで似てないけどね」
双子と言われて見れば、柔らかそうな赤毛とか、きりりとした眉とか、大きい瞳とか、どことなく似ているような気がしてきた。
嫌な感じで早鐘を打っていた胸が落ち着きを取り戻し始める。ものすごくにやけているであろうことが分かっていながらも、喜びを抑えきれない。
「え、あ、そ、そっかー! そっか、そっかー! そっかー!」
「なにニヤニヤしてんですか、はじめちゃんさん」
何かを察したみいあがジトっとした表情でこちらを見つめてくる。みいあにさえ察せられるほど自分の顔は綻んでいたのかと恥ずかしくなり、いつも通りの表情に戻す努力をした。
「ミュージカルはあんま興味ないねんけど、可愛い妹に頼まれたから俺も協力すんで。登録申請済ませてるから許可してな」
言われてスマートフォンを見てみると、登録申請許可願のショートメールが届いていた。RDPの公式サイトにログインし、ゆ太朗からの申請を許可する。これでゆ太朗はKosMosに登録され、RDPのランキングにも参加することになった。
「うわ、見て。俺、二三七位やって」
「登録したばっかりだからな」
「良かったですね、はじめちゃんさん。二三六位ですよ」
「つかの間の喜びでしかねえよ!」
そうこう言っているうちに、リアルタイムでランキングが更新され、ものの五分でゆ太朗の順位はみいあを追い越し、一九五位となった。まだ何もコミュ活動をしていないのに、イケメンでリア充はやはりずるいと肇は思った。
「みんなよう見てんねんなー。理依子からも投票したってメッセ入ってるわ」
理依子って誰だと聞かなくても彼女だなということが分かって、いちいち彼女いる自慢しなくても良いだろと肇は人知れずイライラしていた。
「あ、そやそや。俺、二人のことあんま知らんねんけど……青空肇君と君島みいあちゃんで良かったやんな?」
肇とみいあを交互に見ながら、ゆ太朗はにっこり笑顔でそう言った。男から肇君、なんて呼ばれることがないので少々ぞわっとしながら頷く。
「みいあちゃん、新入生歓迎会見てたで! 俺、ことにゃ見たさに大阪から東京来たくらいめっちゃファンやねんけど、正直みいあちゃんも負けてへん思た! めっちゃかわいな! アイドルとか出来んで、ホンマ!」
「は、はあ。可愛いのは当たり前ですけど。まあ、ありがとうございます。でもみいあははじめちゃんさんの物なので惚れないでください」
ゆ太朗のパッション溢れる褒め殺しに引き気味のみいあ。肇の背中に隠れながら、無愛想にそう言った。
「あ、二人付き合うてんの? ごめん、ごめん。配慮足らんかったなー」
「「付き合ってないからっ!」」
何故か肇とゆ子は盛大にハモってしまって、顔を見合わせ、お互い照れたように顔を背けた。二人の反応を見たゆ太朗が怪訝な顔で問う。
「え、じゃあまさかゆ子と付き合うてる?」
「みゅみゅー! 付き合ってません! 付き合ってません!」
みいあが泣きそうになりながら必死に否定する。肇もそれに便乗して「ないから!」とだけ言っておいた。「そうなんやー」と納得したように呟きながらも、疑うような瞳だけはずっと肇を見つめていたのだった。
「役者も四人になったですし、早くなんのミュージカルやるか決めましょうよ!」
何故か涙目になりながら珍しくみいあが話を進め始めた。
役者は四人じゃなくて三人だと反論したかったが、また話があらぬ方向に脱線しそうなのでやめておく。
「創作ミュージカルをやろうって話だけど、何でそう思ったかっていうと、花吹雪だけじゃなく、他のミュージカルコミュも毎年ルーキースターで既存のミュージカルをやることが多いからだ。それとの差別化」
「確かに面白そうだし、興味も持ってもらえそうだけど、今から脚本、曲作り、ダンス作り、衣装・大道具小道具作り、練習とかってなるとちょっと無理があるんじゃない?」
ゆ子の意見はもっともだった。まだ二ヶ月あるといっても、一から作るとなると流石に時間が足りないのではないか。
「曲ははじめちゃんさんが作れるから大丈夫ですよね! 花吹雪の作曲家にさせられそうになるくらいの実力ですし!」
「ちがっ、俺は!」
みいあがいらない暴露をする。普段ヤンキーのように振る舞ってるくせに、作曲をしているだなんてあんまり知られたくはないのだ。どうせ馬鹿にされるに決まってる。
適当に「ツテがある」程度で誤魔化そうとしていたのに、本当に余計なことを言ってくれる。
「そうなん? めっちゃ意外やなー。でも音楽出来る男子ってええやん! なー、ゆ子!」
「うんうん! はじタンの作った曲歌うの楽しみだなー」
――なんなのだろう、この人当たりが良すぎる双子は。
ゆ子がそういう性格なのは前から知っていたし、そういうところを好きになったのだが、まさかゆ太朗もとは、さすが双子だと思った。
「……ああ。曲は俺が作る。ダンスはとりあえず本格的なものじゃなくて、スキップしたりだとか、舞台をくるくる移動したりするくらいで済まそうと思うんだ。だから後は脚本、衣装、道具類さえどうにか出来れば練習に集中出来んだけど……」
だからキミィに相談したかったのだ。キミィなら絶対にそういうツテがあるからどうにかしてくれると思った。
「い、衣装なら、私どうにか出――」
「あっ! 学生の話にすれば衣装とか気にする必要ないな。道具類もあるもので済む」
ゆ子が何か言いかけた気がするが、「あ、すまん。何か言ったか?」と聞いても「ううん。なんでも」と答えられた。
「じゃあはじめちゃんさんとみいあの実録ラブラブ学園ラブコメディにしましょうね!」
「それはない」
これで創作ミュージカルをすることに対しての不安材料はほぼ消えたといっても良いのではないだろうか。
「それじゃあ脚本はゆ子な」
「え、ちょっと待って何それ! 私、無理だよ! お話考えるとか無理! はじタンだよね?」
「俺も無理。謙遜とかじゃなくマジで」
「俺も申し訳ないけど無理やで」
肇とゆ子とゆ太朗の三人で、脚本どうしようと悩み始めたところ、みいあがはいはーいと元気良く手を挙げた。
「じゃあみいあが考えますね!」
「お前は良い」
「何でです!?」
「みいあ妄想大好きなのにー」と腕に引っ付いてぶんぶん揺らしてくるみいあは放っておいて、脚本をまずはどうにかしないと先には進めないようだ。
「誰か探そかー、書いてくれそうな人。ゆ子の友達とかおるんちゃうん、同人誌か――」
「おーにーいーちゃーん? 黙ろうかー?」
またしてもゆ太朗が何か言い掛けたのだが、ゆ子が口を無理矢理押さえて黙らせた。
「このままじゃ埒明かねえし、とりあえず各自脚本を考えてくるか、書ける人を探してくることにして、基礎練習でもするか」
肇はそう言って、鞄の中から数枚の紙を取り出し、三人に配った。昨日家で寝る間も惜しんで考えた基礎練習メニューだ。発声練習から始まり、柔軟、筋トレ、ダンス、アドリブ練習などなど、盛りだくさんのラインナップである。
「うわっ、ガチやん。これ毎日やるん?」
「当たり前だろ」
「五位以内目指してるんだから、これくらいやんなきゃだよね。めんどくさいけど」
「まあ、そうやんなあ……」
なんだかんだ良いながら双子は真面目に基礎練習をしてくれそうでホッと一安心だ。
問題は、あの変人宇宙人である。
「みいあ、練習しなくても大丈夫です。今のままで十分上手いので」
「言っとくけどな、お前が一番やべえんだからな?」
「でもはじめちゃんさん、みいあに可能性感じちゃったんでしょう?」
自分に都合の良いところだけ覚えているみいあ。ある意味才能だ。
「ああ。お前が努力したら續山詞名を越えられるんじゃないかっていう可能性をな」
「努力しなくても大丈夫だと思うんですけど」
「お前さあ、姉貴みたいなこと言いたかないけど、自己評価高すぎだぞ? そのままじゃ五位以内どころかその順位から一生動けねえから」
「そんなことないです! ありのままのみいあをみんな好きになってくれるはずですー」
こっちが優しく諭してあげようとしているのに聞く耳を持たないみいあに肇はイライラを募らせる。
姉の温みたいに頭ごなしに否定して、ダイヤの原石を砕いてしまうことはしたくない。ステージに立つみいあを見た時、確かに感じた自分の直感を信じたいのだ。
でもそのダイヤの原石本人が、自分を磨く気がないのなら、どうしようもないではないか。
「お前、全然懲りてねえな? お前がそんな気持ちなら、あのままステージの上に放置すれば良かったわ!」
「……え?」




