宣戦布告
「みいあは一人で目立ちたいんでコミュメンバーなんて必要ないですよ! はじめちゃんさんが隣でサポートしてくださればそれだけで良いです!」
「人数は多い方が良いだろ。誰かが五位以内に入れればこっちの勝ちなんだから」
とは言え、肇を救うためだけに、負ければ二度とミュージカルコミュに入れず、温という怖い先生に目を付けられるというリスクを侵してくれる人間がいるとは到底思えないが。
「みいあが五位以内に入るから大丈夫なんですー」
「今のお前じゃ何年かかっても無理だから」
「無理じゃないわよー。詞名ちゃんみたいにルーキースターで前のクイーンドリームを抜いて一位になった子もいるからね」
「花吹雪の顧問の先生も言ってましたけど、ルーキースターってなんですかー?」
「お前そんなんも知らないで勝負受けたのかよ……。GWの次の次の週の日曜に行われる最初のコンクール……ミニ合同公演会みたいなもんだ」
「はじタン、詳しい」
ゆ子がシラケた表情で呟く。
「あー、くそっ……。花吹雪の公演、妹と毎回観に来てんだよ!」
嫌いな姉が顧問だからと言って、花吹雪というミュージカルコミュが嫌いなわけではない。むしろ大好きなのだ。
なんと言っても一人一人の実力が高い。それでもお互いをつぶし合わず演じられているのは、そういうことが出来る人間以外は辞めていくからなのだろう。
あんなに素晴らしい公演が出来るのは、姉の実力のないものは切り捨てるというやり方のおかげだろう。でもやっぱり、あのやりすぎな実力主義は気にくわない。
「そうだったんだー。妹ちゃんと仲良いよねー。はじタン可愛い」
「くそっ、からかうな!」
肇が顔を真っ赤にして吠えると、ゆ子は更に面白がってからかい始めるのだった。
そんな二人のじゃれ合いがよっぽどうらやましかったのか、無理矢理間に割って入ってくるみいあ。そんなみいあをゆ子は睨み付ける。それにみいあも睨み返し、二人の間にパチパチと火花が散ったのだった。
「ふんです! みいあ、ルーキースターで五位以内と言わず、一位になって目立ちますから! NASAなんて倒しちゃいます!」
「私、倒してどうすんの」
「まあ頑張れよ、二一二位」
「二三七位に言われたくないですー」
肇にゆ子も便乗する。
「二一二位さん、超頑張れー」
「ズルっ子の一一〇位は口を開くなです!」
「ズルじゃないよ。人望の厚さだよ」
「面の皮の厚さの間違いじゃないですー!?」
「はあ? どっちが」
「こいつらとことん相性が悪いなあ」と傍観しながら思う肇なのだった。
「はじめにぃ、花吹雪の去年の春公演なんか見てどうしたのー?」
自宅のソファでくつろぎながら、DVDを見ていると習い事から帰ってきた妹が隣に腰掛けてきた。
サイドテールと八重歯がチャームポイントの妹、豊は現在中学三年生。肇が昔入っていたあの未羽鹿市こどもミュージカル劇団に所属しており、今年で引退だ。中学三年生の中から選ばれる来年春公演の主役をゲットするため、今から張り切って練習しているらしい。
肇は豊に、いつの間にかKosMosとかいうミュージカルコミュのリーダーになっていたこと。温の勘違いで、花吹雪と勝負するはめになってしまったこと。負ければ三年間、温の奴隷なので、勝つために敵を研究中だということを説明した。
「やったー! 君島みいあちゃんって子と温ねぇグッジョブ! こうなったら豊も絶対未羽鹿学園入らなきゃっ! はじめにぃと久しぶりにミュージカル出来るー!」
「言っとくけど俺は出ねえよ」
「えー! なんで! お家ミュージカルも良いけどちゃんとした公演でにぃと共演したい!」
「注目されるの無理だって言ってるだろ」
「でも魔の公演から九年だよ? そろそろ大丈夫でしょ!」
「昨日も注目されてぶっ倒れました!」
「えー。にぃ、軟弱すぎー」
ぷくーっと頬を膨らませて可愛らしく拗ねる豊。これだけ可愛いし、もう中学三年生なので彼氏くらいいそうなものだが「男子興味なーい」らしく、肇は人知れず安心していたりする。
「でもそっか! にぃの作曲したやつ歌えるんだよね! あー! 今から高校が楽しみ!」
「作曲するとか俺、ひとっことも言ってねえんだけど」
「言ってないけどするでしょ!」
ふふーんと自慢げに豊は無い胸を張る。
「……まぁ、頼まれたらな」
「ホントはすっごくしたいくせにっ! にぃ、素直じゃない!」
憎らしい妹からフンッと顔を逸らし、DVDに集中することにする。
春の公演、つまりルーキースターだ。学園に入学して間もない續山詞名が、前クイーンドリームを打ち破って一位になったというあの公演である。演目は誰もが知っている有名なミュージカルで、特に複雑なアレンジなども加えられていない。加えられていないからこそ、續山詞名の演技の素晴らしさが際だって見える気はする。
でも前クイーンドリームを倒せるくらいにずば抜けて素晴らしいかと問われれば、首を傾げたくなる。
「改めて見ると確かにすげえけど、前クイーンドリームを打ち破った決め手ってなんだったんだろうな」
「うーん。この時はまだアイドルの活動もしてなかったしねえ」
「強いて言うなら運、かしら」
突然後ろから肇と豊の間に顔を出したのは、今一番会いたくない人物。
姉の温だった。
「温ねぇ! 何でいるんだよ!」
「いちゃ悪い? 私の家よ?」
「出てって七年も経ったんだからもう居場所ねえよ!」
「豊は大歓迎みたいだけど?」
「くそっ! 豊の裏切り者!」
「温ねぇ、おかえりー」と温に抱きつき頬擦りする豊。男子に興味はないらしいが、女子は大好きなのだ。変な虫が付きにくいだろうことは安心だが、兄として彼女の将来に不安を感じなくもない。
「ねえねえ、運ってどういうことなのー?」
「一年二年と、ある女子生徒一強でみんなやる気を無くしてたの。そんな時、突然彼女RDPを辞退してね。やる気に満ちあふれた詞名がかっさらっていったわけ。元々新入生にはボーナス点が付くから上位を目指しやすいしね」
新入生にボーナス点が付くのは肇も初耳だった。
一年ごとにリセットされるランキングだが、やはり一年生よりは二年生、二年生よりは三年生の方が知名度やら何やらのおかげで上位に入りやすい。それに対する配慮なのだろう。
「そりゃあ主席で、コミュも頑張る可愛い女の子に注目集まらないわけないよねー」
「彼女、最初はコミュに入る気がなかったみたいなんだけど、私が才能を見抜いて花吹雪に招き入れたのよ」
「そうなの!? 温ねぇ、すっごーいっ!」
それから聞きたくもない温の自慢話や武勇伝の数々が語られ出したので、肇はもう無視することに決めた。ソファに深く座り直し、小さくため息を吐く。
「あいつが五位以内なんて、絶対無理な気がしてきた……」
みいあのことを思い出しながら、呟いた。
詞名がRDPを辞退するなど万に一つもありえないし、たとえ彼女が辞退したとしても、根拠のない自信に満ちあふれたあの女が努力をするとは到底思えない。
やはりここはゆ子に頑張ってもらうしかないだろう。今コミュメンバーの中で一番上位に近いのがゆ子だ。
と言っても一ヶ月で、しかもミュージカル初心者が上位を目指すだなんて、本当不可能に近いだろうけれど。
そんなことを考えていると、ふいにまたあの大勢の視線を感じ始めた。
きっとあいつの嫌がらせだ。さすがにすぐ気絶することはなくなったが、一回文句を言わないと気が治まらない。無理矢理IDを交換させられたトークアプリを起動し、「テレパシーンやめろ!」と送った。
一瞬で既読が付き、数分後に感じていた視線も消えた。
「ごめんなさい☆」という本当に謝る気があるのか疑わしいコメントと、犬が両手を合わせて謝るスタンプが送られてくる。「嫌がらせすんな!」と送り返すと「嫌がらせじゃないです。みいあ、テレパシー上手く使えないって言ったじゃないですか」と返信があった。
(そばにいるとテレパシーンをコントロールしやすいんですけど、遠いと難しいんです)
(リンク切ったんじゃねえのかよ)
(星に帰ってサポートセンターに連絡しないと多分無理です)
(じゃあ星に帰れ)
(エネルギーがないから帰れません。連絡も取れませんし)
(じゃあ一生このままか、俺は!)
(みいあと結婚すれば万事解決ですよ?)
(ねえわ!)
面と向かっていなくても、こいつとの会話は疲れる。
(地球にいる他の宇宙人と連絡が取れれば、帰れるかもしれません)
(じゃあ連絡取れよ)
(地球人になりすまして生活してるはずですから、そんなすぐには見つかりませんよー)
(みいあ宇宙人でーす! 宇宙人の友達大募集! って言ったら見つかるんじゃね?)
(良いですね、それ!)
やけくそで言ってみたのだが、大賛成されてしまった。
(じゃあKosMosコミュメンバー募集のポスターに書いときます!)
そのコメントの数分後、ポスターの写真が送られてきた。幼稚園児みたいな自画像(多分)とコミュメンバー募集! みたいな煽り文句の下に、よく分からない文字が刻まれている。
(何これ、読めねえ)
(宇宙共通語ですよ。だいたいの宇宙人は読めます)
(英語みたいなもんか……)
こんな象形文字みたいな落書きが宇宙共通語だなんて信じられないが、まあ宇宙人が言っているのだからそうなのだろう。
(それじゃあはじめちゃんさん、本題に入りましょうか)
(あ? 本題?)
(みいあとの今後ついてですよ! みいあは今すぐ結婚したいです! はじめちゃんさんは子ども何人欲しいですか!? みいあはたくさん欲しいんで、頑張りましょうね?)
ツッコミを入れるのも面倒くさかったので、既読を付けたまま無視した。
「はじめにぃ、スマホ鳴ってるよ」
「ああ、宣伝だ、宣伝」
「ふーん」
ブーブーと通知がうるさく鳴り続けたので、そっと電源を切った。
「君島みいあとかいう子からの連絡じゃないの?」
「はあ? 何でだよ。別にちげえよ」
「私、思ったのよね。肇は君島みいあとキミィに脅されてるんじゃないかって。だから私に逆らうようなこと言ったのよね。本当は花吹雪に入りたいはず。そうよね?」
「ああ? 脅されてねえから」
KosMosなんて入りたくはなかったし、RDPにも参加したくなかったし、花吹雪と対決なんてこともしたくはなかった。でもみいあとキミィから脅されているなんていうことは決してない。
肇のことを脅しているのは他の誰でもない、温だ。
「君島みいあとキミィをボコボコに痛めつけて、肇を救い出してあげるから安心して」
「……キミィとあんなに仲良かったじゃねえか。どうしちゃったんだよ」
「はあ? あいつと仲が良かったことなんて一度もないわ。最初から嫌いだったわよ」
「……キミィに三年間一度も勝てなかった僻みかよ」
肇のその言葉は温の機嫌を非常に損ねたらしかった。眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめ、わなわなと震えている。
つまり、図星だ。
「言っとくけど、俺は俺の意志で、温ねぇを倒したいと思ってるから勘違いすんな」
成り行きだったが、良い機会だ。九年前の恨みを晴らす時がやってきた。
この傍若無人な姉を、ギャフンと言わせてやる。
「……あっそう。あくまで私と戦うつもりなのね。良いわ。せいぜい頑張れば? どうせ寄せ集めメンバーでは花吹雪に勝てっこないんだから」
温は不機嫌なまま、母親特製すき焼きを食べて帰って行った。
彼女が一体何をしに来たのか、肇には良く分からなかった。肇が温に逆らったことを、泣いて謝ってくるのではないかとでも思っていたのだろうか。




