告白なんてしてない!
心配していた母と妹に、納得してもらえる説明をするのに時間は大してかからなかった。友達と遊びに行っていたなんて言っても絶対に信じてもらえないので、ピアニストのバイトの見学に行ったみたいな適当な話をしたら、すんなり信用してくれたのだ。
それよりも、だ。
疲れて布団に潜り込んだ瞬間、またしてもあのテレパシーンとかいうやつの大量の視線を感じたのだ。それから全然寝付くことが出来ず、いつの間にか気を失っていて、気付いたら朝だった。
朝にはもう視線は感じなくなっていたが、それでも今日の肇はいつもの三割増し、機嫌が悪かった。
昨日鞄を置きっぱなしで帰ったため、手ぶらで教室に入る。
教室にはすでにクラスメイトが半数ほど来ていて、ざわざわとうるさく会話していたが、肇はその誰にも挨拶をせず、荒々しく自分の席に着いた。
何故だかその瞬間、クラス中の視線が自分に集まったことを肇は敏感に感じ取った。
入学初日から教室でゆ子が話しかけてくるものだから、勝手にゆ子みたいな人間だと勘違いされ、たくさんのクラスメイトに声を掛けられた。そのたびに「ああ?」「うるせえ」「あっちいけ」の三言を吐き捨て、肉食獣のような鋭い瞳で睨みつけた。そのおかげで、クラスのほぼ全員から嫌われることに成功したのだ。
これでやつらは必要以上に自分と関わろうとは思わないし、必要以上にこちらを見ることもないだろうと思っていた。
それなのに、何故自分は今、注目の的になっているのだろうか。
意味が分からず、机に突っ伏して寝てしまおうかと思ったその時だった。
「あの、さ。ちょっと聞いて良い?」
入学初日の一件から、教室内ではあまり話しかけてこなくなったゆ子だった。
「あ?」
「はじタ……青空、さ。RDP、出るの?」
「……は?」
「ランキング登録されてんだけど……」
「は!?」
ゆ子が差し出したスマートフォンの画面を凝視する。彼女のスマートフォンには、RDPのリアルタイムランキングのページが表示されていた。
ミュージカルコミュに入ると強制的登録されるというあれだ。
「う、嘘だろ……」
学生証の顔写真と共に、簡単なプロフィールとRDPへの意気込みが書かれている。
『キングドリーム目指してせいいっぱい頑張ります!』。デフォルト文なのだろうが、自分の顔写真の横にそんな文章が載っているかと思うと、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「姉貴か……? 花吹雪に勝手に入れられたのか……?」
「え? でもはじ……青空。所属コミュはKosMosって書いてあるよ?」
「……こすもす……?」
ああ、もう聞き覚えありまくりですよ。身に覚えありまくりですよ。
あの傍若無人な姉の他に、こんなことをしそうなやつはあいつしかいない。あいつのせいで寝不足なのも相まって、怒りが沸々とこみ上げてきた。
「名香川。君島みいあってやつ何組か知らねえ?」
「ああ、昨日の子? F組らしいよ」
「……ちょっとついてきて」
「え? あ、うん。い、良いけど」
肇はゆ子の腕を強引に引っ張り、教室を出た。クラスメイトがその様をざわつきながら見ていたが、頭に血が上ると本当に肇は周りが見えなくなってしまうのだった。
「君島みいあちゃん、いる?」
ゆ子がF組をのぞき込みながらそう言うと「名香川じゃん、どうしたのー」とか「ゆ子、おはようー」とか、派手めだったりチャラめだったり運動部エースっぽかったりする人間が集まってくるから、才能だなと肇は思った。誰にも注目されないよう、廊下の窓から朝の風を感じている風を装いながら。
「君島みいあちゃんって子、探してるんだけど」
「あ、ああ。君島さん? あー……。き、君島さーん? 呼ばれてるよー!」
ちょっと嫌そうな顔をしながらも、ゆ子のお願いを断れないのだろう。F組の女子は教室の窓際一番前の席で何かを一心不乱に描いているみいあを呼んでくれた。
みいあは呼ばれたのがよっぽど嬉しかったらしく、子犬のようにキャンキャンと駆けてきた。
「な、なんです? あ! もしかして! 張り紙を見て来てくれた、KosMos入部希望者ですか!? あれ、でもまだ張り紙完成してない……」
みいあはちらっと自分の机の方を見て、首を傾げる。「じゃああなたは一体……」と実に不安げだ。
「ちょっと面貸して?」
「へ?」
ゆ子の屈託のなさすぎる笑顔に、みいあの口元がヒクついた。
「じゅ、授業始まっちゃいます」
「すぐ終わるからさ」
「ももも、もしかして、はじめちゃんさんが連絡したんです?」
「え? うん。良く分かったね」
「じゃ、じゃあつまりあなたはNASA!」
「ちげえわ!」
ポカッと肇が頭を小突くと、みいあは非常に驚いたらしく「みゅ!」と変な効果音を発して飛び上がった。
「あっ! はじめちゃんさーん! NASAがー! NASAがー!」
よっぽどNASAが怖いのか、肇の存在に気付いた瞬間、腕に抱きついてくるみいあ。むにゅっとした柔らかい感触に動揺してしまったことをゆ子に悟られないよう、ポーカーフェイスに努めた。
「NASAって私?」
「ですです!」
「ふっふっふー、いかにも。私がNASAの研究員だ」
「やっぱりNASAですー!」
いたずらな表情でノリ良くNASAの研究員を演じるゆ子のことを微笑ましく見つめてしまっていたが、こんなことをしている場合ではない。
「ここじゃ目立つから人気のないところ行くぞ」
「えっ、そっ、そんなところに行って、みいあに何をする気なんです?」
腕に絡みつきながら、みいあは嬉しそうに上目遣い。
「解剖するのだよ、解剖を」
何故だか少しお怒り気味のゆ子が、そう言ってみいあを肇の腕から引き剥がそうとする。
「いやああああああ! NASAに実験台にされるー! 実験施設に連れてかれるー!」
みいあの泣き叫ぶ声で、廊下中の生徒達の視線が集まり始める。危険を察知した肇は焦り気味言った。
「分かった、分かった! ここで良いから!」
「みゅ……助かりました……。はじめちゃんさんはみいあの命の恩人……」
「俺が呼んだんだけどな、NASA!」
「ああっ! は、はじめちゃんさんは敵なのか味方なのか……で、でも好きっ!」
心底うざそうな顔をしているゆ子に「分かるぞ、その気持ち」と頷く肇なのだった。
「お前に聞きたいことがある。俺のこと勝手にKosMosとかいうコミュに登録しただろ!」
「勝手じゃないですよー。ほらほらー。ホールで勝負するって約束したでしょー! はじめちゃんさんとみいあのコミュで、花吹雪に勝つんですよ!」
「俺はやるなんて言ってない!」
「でもみいあのこと好きだって、ホールで熱烈な告白してくれましたっ」
「あれは意味がちげ――」
「え、はじタン告ったの? 君島さんに?」
「違えから! あれには続きが――」
「そうなんです! みんなの前で、愛の溢れた告白をされたんです! もうっ、恥ずかしかったですよー。でも、嬉しかったですー」
「へー」
軽蔑するような瞳で見つめてくるゆ子に、肇は泣きそうになった。
「だからお前のことが好きって言った訳じゃね――」
「あれからみいあの頭の中、はじめちゃんさんでいっぱいで、はじめちゃんさんと一緒にいるだけで胸がどきどききゅんきゅんするんですっ」
「……分かる」
ゆ子がぼそりとそう呟いたが、肇にもみいあにも聞こえてはいなかった。
「俺にも喋らせろ! あの告白は――」
キーンコーンカーンコーン。
タイミング悪く肇の言葉を遮ったのは、授業開始の予鈴。みいあは「授業が始まっちゃいます! じゃあはじめちゃんさん、コミュでまたっ!」と投げキッスしてから教室にダッシュで戻っていった。
「駄目だ……あいつに何言っても無駄だ……」
「あの、はじタン……ホントに告ったの?」
「いや……俺の姉貴にさ、いじめられてたのがちょっと可哀想で……。俺は好きだぞ、お前の声がって言おうとして……」
「さっきみたいに途中で遮られちゃった感じかー。災難だったね」
「もう……何て言うか……タイムスリップしてやり直したい……」
肇の高校三年間、あの君島みいあという変人宇宙人に付きまとわれて終わるのだ。変人カップルとか言われながら奇異の目に晒され、朽ち果てるのだ。
もう人生が終わったと言っても過言ではない。
「KosMos、私も入ろうかな」
「……え?」
終わったと思った人生に、希望の光が差した瞬間だった。
「いや、コミュ入る気なかったけどさ。あまりにもはじタンがかわいそーで。迷惑?」
「めめめ、迷惑なわけねえだろ! 入ってくれたら……う、嬉しい……。な、名香川、頼りになるから!」
「ホント? なら、はじタンのために一肌脱いじゃおっかなー」
「あ、でもコミュ登録ってコミュリーダーの許可とかいるんじゃね? 名香川のことNASAって言って怖がってたから許可してくれるかどうか……」
「それなんだけどさ」
そう言ってゆ子はスマートフォンを取り出した。見せてくれたのは肇のプロフィールページ。元気の良い意気込みコメントが恥ずかしくてやっぱり死にたくなる。
「はじタン、コミュリーダーらしいよ」
「……マジすか」
一日に何回衝撃の事実を受け入れないといけないのだろうか。




