宇宙への帰り道
「こんなの無効よ! 詞名は花吹雪のコミュリーダーよ! 辞めさせなんかしないわ!」
「温先生、あなたのことは本当に尊敬しています。でも、私の目指す場所は温先生とは違う」
「誰のおかげでクイーンドリームになれたと思ってるの! あなたまで私を裏切る気!?」
「温先生には本当にお世話になりました。あなたがいなければ私はクイーンドリームを目指すこともなかった。でもそれとこれとは別。きっかけはどうあれ、私は誰の力でもない、自分の力でクイーンドリームになったと思っています。それを証明するためにも、花吹雪を辞めました」
「あり得ない! あり得ない! あり得ないわ!」
まるで子どもが駄々をコネているみたいだと肇は思った。これが自分の姉だなんて、恥ずかしくて他人のふりをしたいくらいだ。
「肇っ!」
今、他人のふりをしたいと思ったばかりなのに、こんな観客がたくさんいるホールの中で名前を呼ばれてしまった。渋々立ち上がって返事をするが、自分に集まる視線を感じ、すぐに席についた。
「裏切り行為があったから勝負は無効! 花吹雪は解散なんてしないんだから! 肇の馬鹿!」
そう言って最後に脈絡のない暴言を吐くと、温は鬼のような形相でコンサートホールから立ち去った。
シーンと静まりかえるホール内。
「あ、あは……。と、ということで……KosMosは無事解散を回避! これからも私達に素晴らしいミュージカルを届けてくれることでしょう!」
司会の言葉で巻き起こる拍手の嵐。
みいあは勢いよく立ち上がり、両手を大きく広げて叫んだ。
「みなさーん! これからもKosMosを、みいあをよろしくでーす!」
「うおおおお!」と、詞名がライブで舞台に立った時のように歓声が巻き起こった。繰り上がって一位になった花吹雪の人が可哀想なくらいに、盛り上がっている。
視線と拍手を一身に受け、みいあは恍惚の表情を浮かべていた。
「……続けられるんだね」
「おう。とりあえず、良かったよな」
「なんか安心しちゃった。最初はミュージカルコミュなんて興味なかったんだけどなー」
そう言っていたずらに笑うゆ子に手を握られた。ゆ子の手は冷たくて、緊張していたんだということが伺い知れた。
「あーっ! またNASAは抜け駆けしてっ! ずるいです! ずるいですっ!」
「そうやぞ、肇! 俺もゆ子とおてて繋ぎたいねんぞ!」
「めぐも繋ぐのー」
「お前は一人で右手と左手繋いどけや!」
「お兄ちゃん、なんですぐめぐたそいじめるの! めぐたそは私の未来の妹なのに!」
「どういう意味や、それ! 全然意味分からんからな! うっ! ごほげほっ!」
「……風邪ぶり返すぞ、小泉」
これからもこの五人でコミュ活動をすることが出来るのかと思うと、何だか少しだけ目頭が熱くなった。
中学三年間がそうだったように、高校の三年間も青春とは無縁の孤独な学生生活を送るものだと肇は思っていた。
でもこれから楽しくなりそうな、そんな予感がしたのだった。
「それではこれにてルーキースター閉幕です。みなさんこれからも、未来のロイヤルドリーム目指して頑張りましょう! 未来のロイヤルドリームはあなたかもしれませんよ!」
わいわいと五人で会話しているうちに、一位に輝いた花吹雪の二年生のコメントやルーキースターという称号の授与式は終わってしまっていた。
司会がそう言ってウインクすると、舞台は暗転し、幕が下りた。
観客達は各々「面白かったねー」「あのコミュのさー」なんて会話をしながらコンサートホールを出ていく。肇達も「打ち上げをしようか」なんて話をしながらホールを出ようとしていた。
そんな時、肇はクラスメイトの女子数人に呼び止められる。話しかけられることなんてほぼ皆無なので、驚き素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あのさ、小泉君の声やってたの、青空だよね?」
「へっ、あ、おう。そうだけど。何か?」
「ほら、やっぱり! あたしの言った通りでしょ!」
「みんなびっくりしてたよ。歌も演技も上手いし、声かっこいいって」
「は、はあ!? うっせーな! 何だよ、それ!」
あまりに驚きすぎて、眉間に皺を寄せ、全く怒っていないのに怒鳴ってしまった。クラスメイトの女子達はそんな肇の態度にどん引きしたらしく「あー。うん。それだけ。あ! ゆ子、またね!」と言って逃げ去ってしまった。
「馬鹿だなあ、はじタンは」
「だ、だってあいつら普段話しかけてこねえもん! 驚くだろーが!」
「はじタンから避けたんじゃんか」
「ん、まあ、そうだけど……」
「ちょっとはクラスメイトと仲良くする気出てきた?」
「……今更遅いんじゃね?」
「遅くないよ。今日で周りのはじタンを見る目、少し変わったと思うよ。仲良くなれるって」
「ま、そうなったら私はちょっと寂しいけどさ」と言って、ゆ子は複雑そうな表情で笑うのだった。
なぜ寂しいのかと聞いてみたかったが、怖くてそれ以上聞くことは出来なかった。
「NASA兄の体調悪くて、打ち上げ、次の土曜日になっちゃいましたねー」
「社交ダンス踊った時、手がとっても熱かったの。多分ずっと熱あったの」
「無理して頑張ってくれてたんだな」
ゆ太朗を家に送るというゆ子と別れ、肇、みいあ、めぐるの三人で帰り道を歩いていた。
この三人で帰るのは初めてのことだ。肇の自宅は未羽鹿学園から自転車で三十分の一軒家であるし、みいあは肇の自宅から徒歩五分の未羽鹿公園に住んでいる。
しかしめぐるがどこに住んでいるのかは、二人とも知らなかった。
「そういえば、根火浦も宇宙船で寝泊まりしてるのか?」
「めぐ宇宙船持ってないの。めぐの星では宇宙船持てるのはお金持ちだけなの。だから廃墟の団地の一室をカスタムして住んでるの」
「は、廃墟に住んでんの!?」
「カスタムしたから部屋はちゃんとしてるの」
「でも、オバケ出そうです……」
「オバケは出ないけど時々不良は出るの」
「女子がそんなとこ住んでて大丈夫なのかよ……。襲われたりとか、危ねえんじゃねえの?」
めぐるの星では宇宙船を持っているというのは、地球でいう自家用ジェット機を持っているようなものなのだろう。宇宙も地球と同じように格差社会のようだ。
「大丈夫なの。心配してくれてありがとうなの、パパ」
「十五歳で、十五歳の娘いたらおかしいだろーが」
「めぐもう十六なの、パパ」
「時空歪んでる!」
まあ、身長差的には親子と言っても申し分はないのだが。
「あ、あのー。さっき聞きそびれたんですけど、めぐたそさんの星って一体どこなんです? みいあはみゅもにみゅ星から来てるんですけど……」
「……教えたくないの」
「え、ええー!? なんでです!? みいあは教えたのに! ま、まさか本当に人食い宇宙人なんじゃ……あっ!」
みいあがそう口を滑らせると、いつも無表情なはずのめぐるがにやっと笑うではないか。
ああ、もしかしたら。
本当にこいつは人食い宇宙人なのかもしれない。
これから肇とみいあは骨も残らないくらいきれいに食われてしまうのかも。
ただの変わったちびっことしか思っていなかっためぐるのことが、途端に恐ろしくなってくる。
不本意ながら、肇はみいあと手を握り合った。
めぐるがおもむろに口を開いく。
八重歯というよりも、牙に近い歯がギラリと光った。
そして――。
「あんなの都市伝説なの」
あっけらかんと、めぐるは言った。
「え、そ、そうなんです?」
「子どもを恐がらせるために作られたお話なの。おっきくなっても信じてる子がいるとは思わなかったけど」
そうしてもう一度、めぐるはニヤリと微笑んだのだった。
「な、なんだよ! 信じて損したわ!」
肇は握っていたみいあの手を思いきり振りほどいた。みいあは恥ずかしそうに「ごめんなさい」とつぶやく。よっぽどみいあは世間知らずのお嬢さんなのだろう。
「そんなことよりみゅもにみゅ星に帰るなら、ちょうど今日の0時にスペーストレインの月一定期便が来るはずなの」
「えっ! そうなんですか! どこに来るんです!?」
「本当に箱入り娘なの……。地球各地の無人駅に来るの。この辺なら、隣町に一つあるの」
「スペーストレインってなんだよ。銀河鉄道かよ」なんて考えながら、肇は信じがたい宇宙人達の会話を黙って聞いていた。
「でも月一定期便ってことは、次に地球に帰ってこれるのは一か月後ってことになりますよね……?」
「そうなっちゃうの」
うみゅみゅと難しい顔をしながら、みいあは悩んでいる。まだ打ち上げも出来ていないし、何よりせっかくKosMosを続けられることになったのに一か月も地球を離れなければならないことが嫌なのだろう。
「……無理して帰ることねえんじゃね?」
「みゅみゅっ?」
「……いや、なんつーか……テレパシーンにも、慣れてきたし、さ」
「みゅふふ、みいあが一か月いないのがそんなに寂しいんですね、はじめちゃんさん!」
「ばっ! そんなこと言ってねーだろ! あー! 帰れ帰れ! 勝手に帰れ!」
「そういう素直じゃないところも好きですよ」なんて言って、いつも通り腕に絡みついてくるみいあ。まるで蔦科の植物みたいだ。
「でもでも、みいあ帰ります! 一か月も会えないのは寂しいですけど、はじめちゃんさんが死んじゃったら嫌ですし……」
「えっ!? テレパシーンって死ぬの!? 死にたくねえわ! とっとと帰れ!」
「死にはしないの。常に相手と脳がリンクしてしまって、お互いの思考が筒抜け状態って例は聞いたことあるの」
「何だそれ! ぜってえ嫌だわ!!」
「え、すごく良いじゃないですか。はじめちゃんさんがみいあでえっちな想像してるのとか筒向けってことですよね。やっぱり帰るのやめましょうかね」
「帰れよ!! 良いから今すぐ帰れ!!」
めぐるが余計なことを言ったものだから、みいあの決心が鈍ってしまったではないか。ここは帰ってもらわなくては困る。このままじゃ大学に行っても、就職しても、結婚しても、一生みいあに付きまとわれて生きていかなければならなくなる。
「はじめちゃんさんがキスしてくれたら帰ろうかなーです」
「ああ!? 殴られてえのか!」
「ちょっとほっぺにちゅーってしてくれたら良いだけですよー。挨拶みたいなものです」
「それくらいしてあげれば良いの」
「なっ……で、でも……ここじゃあ……」
歩いている人もたくさんいるし、何よりめぐるがいる。頬にキスなんて、例え外国では挨拶のようなものだったとしても、生粋の日本人である肇に大勢の前でそんな恥ずかしいことは出来なかった。
「あっ! 二人っきりでしたいです? もう、欲しがりですねえ、はじめちゃんさんはっ!」
「真面目にボコボコにすんぞ……」
肇が恥ずかしがっていることくらい分かっているくせに、こういうことを言って惑わせてくるみいあには本当にイライラする。
「じゃあですねえ、見送りに来て下さいよ。その時になら、良いでしょ?」
「……それなら、まあ……仕方ねえな」
一ヶ月もの間会えなくなるのだ。それくらいならサービスしてあげてもバチは当たらないだろう。
「やったやったですー! 帰って準備しますね! 未羽鹿駅に集合ですからね!」
「へいへい、分かった分かった」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶみいあを見て肇は不思議に思う。
そんなに頬にキスしてもらえるのがうれしいのか、と。
まあ自分だって、ゆ子にキスしてもらえたら超絶嬉しいので同じことなのだろう。
けれど、自分のどこにそこまでみいあが惚れているのかが理解できなかった。




