スターになるために生まれてきた
「はじめちゃんさん! 好きっ!」
舞台裏に帰ってきたみいあが、肇のお腹に、飛びつくように思い切り抱きついた。抱きとめてもらえるはずだったのだが、肇は後頭部から後ろに倒れてしまう。
何が起こったのだろうと、肇を押し倒すような体勢でみいあは首を傾げる。
「は、はじめちゃんさん? ……し、死んでる……」
「死んでないから! 気絶しちゃってるんでしょ!」
肇に馬乗りになっているみいあを必死にどかしながら、ゆ子は声を荒げた。
「あ、テレパシーンずっと発動してました……」
「……テレパシーン使ってるの? あれ、販売停止になったけど」
めぐるが小さく首を傾げる。宇宙人同士の意味不明な会話なので、ゆ子もゆ太朗も聞いてはいなかった。
「みゅっふっふ! オクで落としたんですよ!」
「オークションに出回ってるのは特に危ないやつなの。リンク障害とか出て、人体にどんな影響があるか分からないから絶対に使わないようにって言われてるの」
「や、やっぱりそうなんですね……。実ははじめちゃんさんにシットコムシーンがリンクされちゃって……」
「だから青空肇、時々おかしくなってたの。壊しちゃえば良いらしいからちょっと貸すの」
みいあは唐突に、三つ編みハーフアップを留めているヘアアクセサリーを外した。ポイントにペリドットが付いた、コスモスのようなお花の形だ。
「みゅみゅみゅーみゅみゅみゅみゅー」
「翻訳機に埋め込んでるから壊せないの? この際めぐみたいに地球語、勉強してみればなの」
「みゅみゅっ……習得するのにどれくらいかかりました?」
翻訳機のヘアアクセサリーを付け直して咳払いを一つし、みいあはそう質問した。
「二年はかかったかもなの」
「二年!? 二年ですか!? それじゃあミュージカルどころかはじめちゃんさんと睦言さえ交わせなくなっちゃうじゃないですか!」
「そ、そうなの」
いつも通り無表情のめぐるだったが、その声色からは多少の呆れが感じられた。
「じゃあサポートセンターに連絡してみるしかないの」
「めぐたそさんの宇宙船から連絡させてもらえません? みいあの宇宙船エネルギー切れで……」
「めぐ、スペーストレインで来たから持ってないの」
「スペーストレインってなんです?」
「地球でいう新幹線なの。むしろ宇宙船持ってる方がすごいの。お金持ちなの」
「そうなんです? みいあの星では一家に一台でしたけど」
「……ふーんなの」
「と、ところで聞くタイミングを失ってたんですけど、めぐたそさんってどこの星から――」
「二人とも意味不明な会話してないで片付けしてよー。次のコミュが出られないよー」
ゆ子にそう言われ、二人の会話はそこで途切れてしまった。
めぐるがどこの星からやってきたのか、人食い宇宙人と何か関係があるのか、とても気になるみいあだったが仕方なく片付けを始めたのだった。
「さて、全てのコミュの公演が終了しました! コンサートホールのみなさまも、ネット配信でご視聴中のみなさまも、お気に入りのコミュは見つかりましたでしょうか!? 一般投票は締め切らせていただきました! もうすぐ先生方の評価点集計も終わりそうです! わくわくですね!」
KosMosの五人は観客席の後ろの方に、横並びに座っていた。
気絶してしまっていた肇も、さすがに目を覚ました。自分達の後に控えていた四つのコミュの公演は全く見ることが出来なかったけれど。
「ドキドキしますね、はじめちゃんさん」
「ナチュラルに恋人つなぎしてんじゃねえぞ」
「えーだって二人は恋人同士じゃないですか。こんな大勢の前で愛を確かめ合ったんですよ。もうこれは学園公認カップルです」
「劇中のことだからな、あれは」
「みいあははじめちゃんさんに告白したんですー」
「俺は翔子に告白したんですー」
「もう、照れちゃってー。可愛いんですからっ」
そうやって頬をつんつんつついてくるみいあの細い指を折ってやろうかな、なんて考えていたら、隣に座っていたゆ子に手を握られた。突然のことに驚き、反応も出来ずドキドキしていると、ゆ子が不安げな表情で言った。
「なんか緊張しちゃって……」
「あ、そ、そか。うん。大丈夫。あれだけみんな頑張ったんだ。大丈夫だ」
「……うん。そうだよね」
何ともいじらしい表情でつぶやくゆ子のことを抱きしめたい衝動に駆られながら、必死に気持ちを押し込めた。
「……うん。そうだよね。じゃないですよ、NASA! 隣のお兄ちゃんのおててでも握ったら良いじゃないですか! 何ではじめちゃんさんを握るんです!?」
「はあ!? 別に握ってないし!」
似てないモノマネをしながら抗議の声を上げるみいあ。ゆ子は苦しい言い訳をし、肇の手を握るのをやめた。名残惜しすぎてみいあを睨みつけるが、肇に見つめられたことが嬉しいのか、にこにこと笑うだけだった。
「みなさん長らくお待たせいたしました! 集計結果が出たようです! それでは中間発表と同じように、まずは十位から四位までを発表していきます!」
司会が両手を広げる動作をすると、スクリーン上に十位から四位までが表示された。
「あー……」
「……残念だったね」
「嘘です、こんなの嘘です」
「うーわ、これめっちゃ悔しない?」
「惜しかったの」
みんなが口々に残念そうな声を漏らす。
それもそのはず、十位から六位の中にみいあ、ゆ子、ゆ太朗の上位三名が入ってしまっているからだ。ゆ太朗が十位、ゆ子が八位、みいあはなんと本当に惜し過ぎる六位だった。
肇とめぐるは彼らよりも下の順位だったので、三位以内に入っているはずもない。
「でもNASAに勝てたのはちょっと嬉しいです」
「む、むかつく。すごい悔しい」
「みゅっふっふー。抜き返せば良いじゃないですかー」
「……そうしたいのは山々だけど、もうこれで終わりだもんね」
「……そうでしたね」
そう、これで終わり。
肇は約束通り温の奴隷として三年間花吹雪で雑用として過ごすことになり、他の四人はもうコミュに所属することは許されない。
この五人で、ミュージカルコミュ「KosMos」として活動することは一生出来ないということだ。
「続けたかったな」
柄にもなくそんなことを言ってしまった自分に恥ずかしくなる肇だったが、誰も茶化したりはしなかった。
みんな同じ気持ちだったから。
「なんとKosMosから三人がランクインです! この数年は、毎年一位から十位までが花吹雪のメンバーで埋まってしまうことが多かったので、これは珍しい展開なのではないでしょうか!」
「みいあちゃーん!」「ゆ子ー!」「ゆ太朗ー!」とまたしても観客席から次々とコールが上がる。「誰ですか、みいあのこと馴れ馴れしく呼ぶ人は。みいあ、お友達いないんですけど!」と言いつつ、ものすごく嬉しそうだった。
「それでは一位から三位の発表です! KosMosから誰かランクインしているのでしょうか!? 花吹雪とKosMos! どちらかのコミュ解散が! 今、決まりますっ!」
司会の言葉と共に、スクリーン上に一位から三位が表示された。
誰も三位以内に入っていないことなんて分かりきっている。
コミュ解散なんて、四位から十位までが発表された時に決まっていたのだ。
案の定、中間発表と全く同じメンバーが名を連ねていた。
もちろん一位はあの人、續山詞名だ。
「一位から三位は動かず、でしたねー。一位はもちろん續山詞名さん! 白雪姫の実母と継母の二役を見事に演じ切りました! 正に納得の順位ですね!」
中間発表の時のように、観客席でスクリーンを凝視していた詞名の姿が映る。
「それでは一位になった心境をコメントしていただきましょう!」
司会の語気から、今度こそ良いコメントをもらうんだからという意気込みが感じられた。
詞名はカメラマンからマイクを受け取る。未だに厳しい表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……私、花吹雪を辞めました」
一瞬、時間が止まったかのようにホール内が静かになった。
しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにホール全体が驚きの声で包まれた。
その中でも一番驚いているのは顧問の温だろう。声も出さず、怒りの表情で首を傾げている。
「集計前に、コミュリーダーを信頼出来る子に託し辞めました。だから私が一位なのはおかしいです。確認して下さい」
「えっ!? あっ!? ちょ、ちょっと待って下さいね! 今、確認を……あっ! ホントだ! と……と言うことはランキングに変動が……」
一位のはずの詞名が花吹雪を辞めていた。
と言うことは、だ。
一位以下の順位は繰り上がることになり、六位だったみいあは――。
「はじめちゃんさんっ! みいあ、五位です!」
体に抱きついてくるみいあを振りほどきもせず、肇はぼーっと考えていた。
詞名がクイーンドリームになった時のことを聞いた際、詞名がRDPを降りるわけがないし、みいあに努力が出来るとは思わなかった。
だから五位以内に入れるのはゆ子しかいない。ゆ子に頑張ってもらうしかないと思った。
でもみいあは肇が思った以上に頑張った。
頑張って、頑張って。
でも緊張して固まってしまって、冷や冷やした場面もあった。
それでも最後は今までで一番良い表情で、一番良い歌を歌って、六位にまで上り詰めた。
――頑張ったけれど、どうしようもなかった。
あと一歩、届かなかった。
悔しいし、悲しいけれど、不思議と後悔はなくって。
だってみいあに足りなかったのは、努力でも、実力でもなかったから。
ただ、運がなかっただけだったから。
しかしその運さえも、みいあに味方した。
「こんなことって、あるんだな……」
本当に、彼女はスターになるために生まれてきたんだと肇は改めて思った。




