103番、君島みいあ
嫌な予感がする。
「誰か止めて!」
「ちょっとっ! 何なの!」
「この子、さっきの!」
舞台袖で働いていた花吹雪のコミュメンバー達が次々と怒鳴り声を上げる。
ああ、もしかしなくとも、あの女だ。
「一○三番、君島みいあ! みいあの歌声、百億光年先まで届かせます!」
またしても、耳をつんざくようなハウリング。
課題曲なんて完全に無視で、みいあは自分の歌いたい歌を歌う。下手とか音痴とか、ジャイアンリサイタルとか、そんな言葉では片付けられないほどの音の暴力。
あいかわらずの攻撃力に、ホール内の人間達の耳はおかしくなってしまいそうだ。
それでも、やはり声や表情は魅力的だった。
時間と根気がかなり必要だろうけれど、磨けば光るダイヤの原石なのではないか。肇はそんな風に思う。
しかしそれと同時に、温は大嫌いな人種だろうとも思った。
「曲を止めて! 止めなさい!」
喉が潰れそうなほど温は叫ぶ。今頃舞台の袖で、曲を流しているだろう何らかの音楽再生機器をコミュメンバー達が必死で探していることだろう。
「最低! 最低! 最低! 最低! 何なの、これは! 酷すぎる!」
どうやら温は新入生歓迎会のあの場にはいなかったようで、初めて君島みいあという少女の音の暴力を受けたらしかった。
コミュメンバー達の頑張りにより、すぐに曲は止まる。みいあは何故曲が止まったのか理解できないらしく、可愛らしく小首を傾げていた。
「あれ? 止まっちゃいました。まあ、良いです。みいあの魅力は存っ分に伝わりましたよね! さあ、合格って言っちゃってくれて良いですよ!」
「舞台から降りなさい! そして一生人前で歌わないで!」
「何でですか? あっ! みいあの歌が上手すぎて、嫉妬しちゃってるんで――」
「なんって恥ずかしい人なの? 自分で自分のことも理解出来ていないなんて! 分からないならはっきり言ってあげる! あなた、下手くそなのよ!」
またしてもみいあは意味が分からなそうに首を大きく傾げる。
そんな彼女の態度が温の怒りを増幅させる。
「それは歌じゃない! 暴力よ! あなたは周りの人間を雑音で傷つけてるの!」
「う、歌ですよ。暴力なんかじゃ……」
「私の言うことが理解できないんじゃ、あなたに歌を歌う資格なんてない! もう二度と歌わないで!」
「の、温先生、落ち着いて……」
續山詞名が必死になだめようとするが、温の怒りは収まらない。それどころか、未だに温の言葉を理解しようとせず小首を傾げるみいあに、さらに神経を逆撫でされたらしい。
かつかつかつとパンプスを鳴らし舞台へ上がると、みいあの胸倉を掴んだ。
「うみゅっ!」
「周りを楽しませる気持ちなんかないでしょう? 自分が気持ちよければそれで良いんでしょう?」
「そ、そんなこと! み、みいあの歌を聴いて、楽しくなってもらいたいって。みいあのこと好きになってもらいたいってそう……」
「そんな風に思っていたら、あんな音の暴力は振るわないわ! 本当、最低よっ! あなたみたいな自己中人間、誰も好きになんかならないんだからっ!」
「だ、だってみいあ……分からないですし……」
みいあは今にも泣きそうな顔でぽつりと呟く。自信たっぷりにつり上がっていた眉毛は下がり、ピンと伸びていた背筋は曲がってしまっていた。
しかし温はそれを無視し、みいあに背を向け舞台から下りた。あまりに大声で怒鳴り散らかしたからか、その声はかすれてしまっていた。
「歌唱オーディションはこれで終了。合格者には演技オーディションについて別途連絡するわ。肇と詞名は付いてきて。他の子は片づけよろしくね」
舞台上にぽつりと残されるみいあ。
言われた通り、詞名以外のコミュメンバー達がピアノの位置を元に戻したり、舞台上のテープを外したりと、片付けを始める。
しかしみいあは舞台から下りるでもなく、袖に引っ込むでもなく、ただただ立ち尽くしていた。
ふとしたきっかけで泣き出してしまうのではないかと思うほど、弱々しい表情で。
「何してるの、肇。行くわよ」
温に強く腕を引かれる。けれど肇はその場から動かなかった。
「抵抗しても無駄よ。あんたは花吹雪の専属作曲家になるの。さ、行くわよ」
温の手を思い切り振り解き、まっすぐ舞台へと向かった。
「ちょっと、肇! 待ちなさい!」
温の制止を無視し、掛け階段から舞台に上がる。
ホール中の人間の視線が自分に集まっているのを感じる。でもここで挫けてはいけない。ダイヤの原石がこのまま砕けてしまうだなんて、もったいないと思ったのだ。
吐きそうになるのを必死に堪えながら、肇は舞台で立ちすくむみいあに向き合った。
「な、なんです……」
みいあは斜め下を向き、びくびくと怯えるようにそう言った。あと一言、キツい言葉を掛けられたら砕けてしまいそうな、そんな危うい雰囲気だった。
「俺は、好きだ」
好きだ、好きだ、好きだ、好きだ――。
ホール内に自分の声が反響し、恥ずかしくて死にそうだった。
でもちゃんと、伝えなくては。
君の声は、魅力的だと。
君の表情は、素敵だと。
努力をすれば、續山詞名にも負けないトップスターになれるってこと。
「その声も表情も、俺はい――」
「……みゅっふふふふふふふふふふっ!」
肇が全てを言い終わる前に、異様な笑い声を上げ始めるみいあ。
「みゅっふふふふふふふふふふっ!」
「ちょ、話聞け……」
「みいあ、決めちゃいました! 誰がこんなミュージカルコミュに入るもんですか! 頼まれたって、入ってあげません!」
きりりとした眉、大きく見開いたきらきらの瞳、背筋はピンと伸びている。暗かった表情は、自信に満ち溢れたものに戻っていた。
大きく息を吸うと、みいあはこう言い放った。
「みいあは新しいミュージカルコミュを作ります! みいあの、みいあによる、みいあのためのミュージカルコミュ、『KosMos』です!」
温と詞名の方をビシリと指差し宣言するその姿は、はっきり言ってとてもかっこよかった。
「あ、違った。みいあと、この人のための、ミュージカルコミュですよ!」
そう言って、非常に可愛らしい表情でみいあは肇に向き直る。
突然の展開に、肇はついていくことが出来なかった。
「は、はあ!? ちょっとまっ――」
「肇、どういうことなの!」
肇の言葉を遮って、掠れた声で温が叫ぶ。
当の本人にもどういうことだか全く分からないのに、そんなことを聞かれても困ってしまう。
「はじめ……ちゃんさん? そう! はじめちゃんさんとみいあのコミュを! ねっ!」
嬉しそうにそう宣言すると、みいあはひまわりみたいな満開の笑顔を咲かせた。その目頭には、微かに涙が浮かんでいた。
(はじめちゃんさん!)
脳に直接、みいあの声が届いた……気がした。
先程新入生歓迎会で覚えた感覚と全く同じだ。「来る」とはっきりとした予感はしたが、どうしようもなかった。
またしても、あの異様な視線達が肇を襲い始める。
「ああ、そう。よーく分かったわ。もしかしなくても、キミィの差し金ね。キミィとその子と組んで花吹雪を潰すつもりなのね?」
なんだか温がとんだ勘違いをしているが、今の肇に言い返す気力はない。意識を保つだけで精一杯だった。
「良いわ。受けて立とうじゃないの。五月の『ルーキースター』が終わった時点で、そのKosMosとかいうコミュのうちの誰か一人でも五位以内に入れたら、あなた達の勝ちでどう?」
「勝ったら何してもらえるんです?」
好戦的な表情でみいあは問いかけた。
当事者の一人であるはずの肇を放置でどんどんと話は進んでいく。しかし今の肇には、会話を聞くことすらままならなかった。
「花吹雪を解散し、メンバーはそれ以降、卒業まで他のミュージカルコミュに所属することを禁止するわ」
「の、温先生!?」
温の隣にいた詞名は当然のこと、ホール中の花吹雪のメンバー達がざわつき始める。
当然だ。厳しいオーディションを勝ち抜き、やっと入れた花吹雪が解散するなんて。しかも他のミュージカルコミュに所属することすら禁止されるだなんて、今までの努力全てが無駄になってしまう。
「何を動揺してるの? あなた達が一位から五位までを全て埋めれば良いだけでしょ? それとも勝つ自信ないの?」
みいあの根拠のない自信とは違って、温の自信には何故か得も言われぬ説得力があった。不安を露わにしていた花吹雪のメンバー達は、温のその言葉に「そうだ、そうだ」と一気に自信を取り戻した。
ただ一人、續山詞名だけは不安げな表情のままだったが。
「肇達が負けたら、KosMosは当然解散。同じようにそれ以降ミュージカルコミュに入ることも禁止ね。あ、肇だけは花吹雪で奴隷のように働いてもらうからそのつもりで」
「……お、俺は……花吹雪にも、KosMosにも……」
消え入りそうな声での肇の訴えは、誰にも聞こえていない。
「はあ!? なんですかそれ! 負けたら今後一切ミュージカルコミュに入れないって! 酷くないです!?」
「花吹雪も同じ条件よ。あら、まさか負ける気? 勝つなら良いじゃない、どうでも」
こんなとんでもない条件、飲む方が馬鹿なのだが、みいあは筋金入りの馬鹿だった。
「そ、そうですね! 負けませんもん! その勝負、乗りました! 花吹雪なんて最低なコミュ、ぶっ潰してやりますよ! 頑張りましょうね、はじめちゃんさん!」
キラキラと星の散った不思議な瞳に見つめられ、肇は情けなくも、本日二度目の気絶をしたのだった。




