スズメのお願い
午前中に出発したお使いも帰れば夕方前になっていた。さっそく作業に取り掛かりたいが酒の山を狐音さんに渡す方が先だ。
狐音宅のドアをノックしたらすぐに飛び出てきた、どうやら着替えたようで和装になっている。朝の下着みたいな姿からの幅が凄まじい。
「狐音さんお持ちしましたよ……」
ドサっと酒の束を置く。
「おお!お疲れ様じゃ!狐子は元気じゃったかの?」
「ええ、驚きましたよ双子だったなんて」
「儂とは性格が違うらしいが正真正銘の双子じゃ」
「お顔はそっくりでしたね」
「ふふふ、一応儂が姉で儂の方が美人じゃがの」
「……そうですね」
あまり変な事は言わずに酒を渡していく、空き瓶とかはどうしてるんだろう?ここごみ収集来てるっけ?
疑問はあるが今は先にやるべき事が詰まってるので、次に移動する。
まずはネコメの蛍光灯替えだ。
コンコン
「ネコメちゃん蛍光灯替えますよ〜」
ガチャと開いた扉から見えた安定のネコメにホッとする。
「お願いします」
部屋に入って買ってきた蛍光灯をサクッと付けスイッチを入れる。
パッと部屋が暗がりから明るくなり見えなかった所も見えるようになった。
「わぁ」
どうやら喜んでるようだ、明るい方が良いもんなと縁も達成感に溢れる。
「お兄ちゃんありがとう!」
純粋な笑顔を見せてくれて苦労が報われ浄化していく。ネコメの小さな妹感の破壊力が凄い。
「また何かあったら相談してね」
「うん!」
これで残るはヘビメ宅の棚板だ、一階に降りてヘビメ宅をノックする。
程なくドアを開けられ「入って」と招かれる。
どうやら絵を描いていたようだ、素人目には上手いとしか言えないのだが……ヘビメは頭を振り絵に大きなバツをしている。
「……と、とりあえず作業しますね」
あまり見ないように本棚の割れた棚を外す、この棚は抜き差しして位置調整が出来るタイプだったので直せると判断したがどうだろう?
ホームセンターで調整した板をゆっくり差し込んでいけば……ピッタリだ!サイズがあって息を吐く。
「やるじゃない、これで作品が置けるわ」
「新しい板ですけど重いのは気を付けて下さいね」
「ふむ、その空間…構図…色合い…来たわ!」
何かのスイッチが入ったのかヘビメは新たに絵を描きだした、アーティストモードなのか何も聞こえて無さそうだ。このままそっとしておこう。
とりあえずの依頼事は片付いた、縁の胸は達成感にあふれている。とは言え全員では無いのでまた聞き取りはしなければならない。
そんな時だった。
「縁さーん」
朝に居なかったスズメが山の方から歩いてくる。
今日は狩りスタイルでは無いようだ。
「さっき狐音さんに聞いたんですが困り事とか聞いてるんですって?」
「ええ、管理人らしいかわかりませんが出来る事やってこうと」
「素晴らしいですわ〜私もお願いあるんです、良いですか〜?」
なんだろう?専門的じゃなければ全力で頑張るが。
「明日で良いので車で街に行きたいのです〜」
「街へ?構いませんが」
「やった!歩きだと一泊かかるんで助かります〜」
「そうらしいですね、ちなみにどこへ」
「馴染みの猟銃取り扱い店です」
「……そんなとこあるんですね」
どうやら明日も初体験の予感がする縁であった。
スズメからのお願い、街へ連れてって。猟銃の店に行きたいから。
人生で初めてのお願いだ。
「お待たせしました〜」
「あ、スズメさ……」
スズメを見た時に時が止まった。
白のワンピーススカートに麦わら帽子、普段の山行動に的したアウトドアファッションとは全く別方向の清楚なお姉様になっている。
「縁さん?」
「あ!いえ!すいません!その、スズメさんがお綺麗だなと……」
「あら!ありがとうございます〜せっかく街に出るならたまにはと着てみたのですよ〜」
「とてもお似合いです」
お世話抜きにふんわりしたスズメの雰囲気にマッチしている、むしろ普段の山ガールスタイルが異質なのかもしれない。
「あ、荷物を荷台に置かせて貰いますね〜」
ドサっと軽々布に覆われた大きな大きな荷物を置かれたが、タイヤが沈んでる。相当重量あるものだが簡単に持ち上げていたぞ……
「そ、それじゃあ行きましょうか、場所はスズメさんから聞いた住所をナビに入れましたが……合ってますよね?」
「大丈夫ですよ〜街と言っても街の端っこなんで市内には入らないんです」
事前に聞いていた住所を調べていたが街と言うより山に入り込むような場所を指している。
とにかく出発だ、二人車に乗り込みスタートする。
いつもの山を抜け市街を抜けて別の山に向かう道だ。
「あの、スズメさん?いつもは歩いて行ってたんですか?」
「ええ、なかなか大変ですよねーだから一泊したり天気によって二泊したりなんですよ〜」
改めて変なとこに住んでるんだよなと思い知る。
車を飛ばして二時間半、結構な道のりを進んで到着が近い。
「わぁ〜やっぱり車は早いですね〜」
のほほんと感想を述べるスズメだが、歩くと考えればゾッとする距離だ。
そうこうする内に目的地に辿り着いたが……
「あの……合ってますよね?間違いなく古い民家にしか見えないんですけど」
「合ってますよ〜私も久しぶりですが変わらないですね〜」
どう見ても木造の年季が入った民家だ、幽荘と良い勝負してる歴史を感じる佇まいである。看板らしきものも無いがスズメはサクサク入り引き戸を開けてしまう。
「ごめんください〜」
奥からギシギシ床を鳴らしながら目付き鋭い老婆が見えてくる、夜に来たらホラーだなと失礼な事を考えた。
「おや、スズメじゃないかねしばらくじゃないか」
「えへへ、タカさんご無沙汰してます〜」
「ん?後ろの男は何だい?コレかい?」
タカさんと呼ばれた老婆は小指を立ててスズメに聞いている。
「もう〜タカさん違いますよ〜この方は縁さん、ウチの幽荘管理人さんなんです」
「何っ!?アンタ幽荘の管理人だって!?」
とんでもなく驚いているが、何?あそこ凄いのか?
「あ、幽荘の管理人やらして貰ってる縁です」
「そうかそうか……もうそんなになるかねぇ」
何か知ってる雰囲気だが、今はスズメの用事からだ。
「タカさんいつものやつといつものやつ持ってきました〜」
「アンタは変わらないのんびりさんだねぇ〜まあ良いさ、そこ座っときな用意してくる」
小さな椅子に促されスズメと待つ。すると、スズメが教えてくれる。
「タカさんは昔に幽荘住んでたんですよ〜」
「え?そうなんですか?」
「ええ、そのご縁でこうやってお世話になってるんです〜」
「じゃあスズメさんに狩りを教えたのは……」
「タカさんですよ〜」
なんとも人は見かけに寄らないものだ、あの老婆が……ん?いや若い時か?でもそれじゃ二十そこらのスズメは幾つの時に?
「アンタ達、手伝っておくれ」
ふと奥から声がした、思考を中断してスズメと共に奥へ入ったら……
部屋壁一面に保管されてるであろう猟銃の数、熊や鹿の全身剥製の数々。
「凄い……」
「ホレ、スズメ」
タカさんはスズメに小箱を四つ程渡している。
「ありがとうございますタカさん〜じゃあ車にアレありますんで持ってきますね〜」
スズメは走り去ってしまいタカと二人になってしまう。気まずい……
「アンタ」
不意にタカから声が掛かる。
「ハイ!」
「スズメを……幽荘を宜しく頼むよ」
神妙に懐かしむ様にそう告げられた。
「あの、タカさんは昔幽荘に居たと聞いたんですが……」
少し考えた後、タカは言った。
「そうさねぇ……どの道わかるか、もう六十年以上前の話さ」
六十年……ますますスズメとの関係がわからない。
「スズメさんとは付き合い長いんですか?」
「ん〜そうだね、狩りは教えてやったが特別だからねぇ」
意味深な言い方をするタカの顔が曇る、あまり踏み込まない方が良いのかもしれない。そう思った時スズメが帰ってきた、軽トラの荷台に載せていた……仕留めた猪を担いで。
「ハイ、いつものです〜」
「おお、皆助かるよ」
皆?他に人が居るのだろうか?
「ほれ、縁とやらアンタも手伝いなさい」
猪を運べと言う事か、スズメと二人で持ち上げる。重い……何故スズメは一人で軽々持てるのか……
タカに連れられ外に出て、家の裏側へ向かう。細道でなかなか険しい、何があるのか?
五分程歩いた先にそこはあった、湯煙が立ち上っている温泉場のような施設。そして併設するように建っている荘厳な老舗旅館。
「おお、凄い旅館……」
呆気に取られていたが構わず向かうタカとスズメ、どうやら目的地は中のようだ。
裏口だろうかそれでも広いスペースのある場所に辿り着きタカは裏口のインターホンを鳴らす。扉が開き従業員が出て来た。
「おお!タカさん!スズメちゃんも!猪かい?」
「お久しぶりです料理長〜猪届けに来ましたよ〜」
「後は任せたよ料理長、さーて帰るかね」
忙しい中での受け渡しかあっさり別れた。
「あの……スズメさん、ここは?」
「うふふ、昔からこちらで営んでらっしゃる旅館で狩猟した獲物を卸すんですよ〜私のお仕事の一つなんです」
狩って食べるだけじゃなかったのか……生業にしているとは思わなかった。
「スズメは昔からここの世話になっててね、さっきの料理長が子供の頃から知ってるよ」
「子供の頃……?」
さっきチラリと見えた料理長は50代くらいに見えたが……
「あの……スズメさん、失礼ながらスズメさんってその……何歳なんですか?」
「うふふ、乙女の秘密ですよ〜さぁ〜帰りましょう〜」
はぐらかされてしまった、そしてタカに肩を叩かれる。
「いずれわかるよ、ホッホッ」
上機嫌にお喋りしながら道を歩く二人に、これ以上は何も聞けなかった。
結局、何かしらの疑問が残るもタカとの出会いやスズメの一面を垣間見えた一日であった。そんな帰り道気になった事を聞く。
「スズメさんはあの箱何貰ってたんですか?何かずっしりしてましたけど」
「あれは猟銃の弾なんですよ、取り扱い注意なので触っちゃダメですよ?」
「いや、触らないですよ怖いし……タカさんが狩りの先生なんですね」
「ええ、幽荘に来た頃は私出不精で……でもタカさんが狩りに連れて行ってくれてからすっかりハマっちゃって!」
成程、外に出るきっかけだったんだな……
「僕も付いて行ったら少しは鍛えられますかね?」
「もちろんですよ〜猪持てるぐらいに鍛えてあげますからね〜」
「……お手柔らかに」
とても爽やかに麦わら帽子の夏が似合うスズメは笑顔だった。




