街へのお遣い
幽荘入居から歓迎会まで濃い時間だったが、実際には一週間も経っておらずだ。
結局管理人の仕事は何なのかは全く分かっていない。
住人は暖かく迎えてくれてると思うが、振り出しに戻った。
「とりあえずドア修理は進めるとして……」
いかんせん住人が特殊な事をしているせいか、生活の上で何に困ってるのかを知らなければならない。
縁は調査から始める決意を固めた。
コンコン
二〇一号室、ネコメ宅。
「あ、お兄ちゃん」
「おはようネコメちゃん、今ちょっと良いかな?」
「うん」
手招きされた、玄関先で良かったのだがまあ良いだろう。しかし、相変わらずパソコンモニターの明かりだけで薄暗い部屋だ。
「ごめんね突然、俺幽荘を管理する為にお話を聞いているんだけど何か困った事無いかな?」
ネコメは上を見上げて指差した。
「あれ」
「あれ?」
そう言って指差された先には蛍光灯がある。
「えーっと……」
まさかとは思うが、この部屋の暗さとは……
「点かないの」
なんて事だ、意図的じゃなく点かないだけだったのか……
「もしかしてだけど……届かなかった?」
こくりと頷き見つめてくるネコメ。
「ちょっと見せてね」
幸い自分の身長なら手も届く、慎重に蛍光灯を外し見て見るとやっぱり切れている。
「これなら替えるだけでいけそうだ、この後皆の所聞いてから調達しに行くから待っててね」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
(しかし、いつから切れてたんだろ)
ネコメ宅を出て同じ階のユウメ宅へ向かう。
コンコン
二〇三号室、ユウメ宅。
……出ない
「お仕事かな?前も一人会えなかったけど何してる人なんだろう」
諦めて一階に降りた。
コンコン
一〇三号室、スズメ宅。
……スズメも出ない。
「狩りに出た可能性あるよな、また夜にお邪魔するか」
そう言えば嘘か本当か色付き狼煙玉なんて渡されたが……今使うべきではないだろう。
コンコン
一〇二号室、ヘビメ宅。
キィとドアが開きヘビメが出てきた。
「何か用?」
「おはようございますヘビメさん、実は今お家の困り事無いか聞いてまして」
「困り事?あるわよ」
サラッと言われた事に反応する前に手を掴まれ引き入れられた。
「あそこの棚」
棚……渋い色の年季入った本棚をよくよく見ると一番上の段だけ空のままだ。
「あそこ壊れかけで物置けないの」
「ちょっと見てみますね」
更に壊さないよう慎重に見たり触ったり。
どうやら中板が割れてしまってるようだ、これなら板を替えれば直せるかもしれない。
「中の板を替える事になりますけど、直せるかもです」
「ホント!?」
今までで一番テンションが上がったヘビメかもしれない、思い入れがある棚なんだろう。
「この後資材調達しますんで寸法測って良いですか?」
「よろしく頼むわよ」
(頑張るか!……でもこれ管理人ではないような……まあ良いか)
ラストは狐音宅だ、同じ管理人のはずだが……
コンコン
一〇一号室、狐音宅。
「ふぁ〜なんじゃお主か、朝早くどうした?」
また薄い生地の下着のような姿で出て来てこの人は……
「皆に困り事無いかを聞いてまして、ユウメさんとスズメさんは会えなかったですけど、狐音さんも男手で必要な事無いかなって」
「ふむ、男手か……主よ街に出るのか?」
「ええ、この後街のホームセンター行くつもりで……」
「ちょっと待っておれ」
バタバタと部屋の奥に走り出し、しばらくしてバタバタと走ってきた。
「ちょうど良かったわい、この住所にある店でこれだけ買い出しを頼みたいのじゃ」
メモを渡され中身を見ると、明らかに酒の名前が羅列されており最後に住所と店の名前がある。
「酒造……狐火?」
「うむ、そこに行って儂の名を出せば分かるから頼んだぞ」
(お使いか、管理人の……仕事だよな?)
全員では無いが一通りまとまった、ホームセンターと酒造に向けて出発である。
軽トラを動かし街を目指した縁は、初めて仕事をしている気分になった。
幽荘を出発して山を越え小一時間、ホームセンターに到着した縁はネコメの蛍光灯サイズとヘビメの棚板サイズを慎重にチェックして購入。
(こういうのって物凄い不安になるよな)
買う為に来たホームセンターで買っても大丈夫なのかの不安に駆られながら、コーヒーを飲んで休憩をする。
(前回はネコメちゃんと一緒だったな)
ソフトクリームにご満悦の笑顔が忘れられない、感情は控えめだが甘えてくる妹系だ。
対してヘビメはツンツンした物言いだが悪意は感じられない、アーティスト肌と言うか尖ってる感はある。
どちらもこの数日で距離は近くなった気もするが女の子なのであまり近くなりすぎても困るだろう。
(気を付けねば、あんな女性だらけのアパートでやらかしたら裁判では済まない)
気合いを入れて次の目的地を確認する。
「っと、そんなに離れてないか助かった」
マップによれば二十分程で着きそうだ。狐火酒造と書いているがどんな所なのかイメージが湧かない。
縁はお酒が飲める歳だが、飲める歳になったばかりで晩酌したりはしないのだ。
(浪人してるから飲み会とか無いしなぁ)
ともあれ、初の酒造行きにワクワクはしていた。
ホームセンターを出てしばらく運転すれば見えてきた看板「狐火酒造」思ってたより大きく、裏手に蔵のような建物もある。小さいが駐車場まである規模の酒屋は珍しいのでは無いだろうか?
車を停めて店の外観を眺める、和と歴史を感じるお店に少し戸惑ってしまう。意を決して中に入ってみる。
「ごめんくださーい……」
店内の明かりは点いてるが人が居ない、奥に居るのだろうか?「困ったな……」そう呟いた時……
「あらお客さん?」
意識してなかった背後から声がしてビクッとしてしまう。見えてなかっただけかと声をした方を向いて縁は目を見開いた。
「見ない顔やね〜お酒買いにきはったん?」
「え?いや……狐音さん?」
目の前に立つエプロン姿の店員がどう見ても狐音である。
だが、少しだけ雰囲気が違う。
「あれ?あなた狐音の関係者?そりゃ驚くわね」
カラカラと笑う姿はどう見ても狐音だが……
「アタシは狐子、狐音と双子なのよ」
双子、どうりで似ているどころか立っているだけなら見分けが付かない顔だ。
「おにーさんお名前は?」
「あ、紬縁と言います、今狐音さんと同じ幽荘の管理人やらせて貰ってて……」
自己紹介中に狐子の目が変わる。
「え!?幽荘の管理人!?ついに来たんだ!」
凄いテンション上がってるが喜ぶ事なんだろうか?
喜ばれる事自体は悪くない気持ちではあるが……
「狐音だらしないから管理できとらんでしょ?大変やけど上手くやったってな!」
(双子からだらしない認定されてるのか狐音さん)
とにかく狐火酒造に来た目的を果たさなければならない。メモを取り出し狐子へと伺う。
「その狐音さんから頼まれて来たんですが、このメモの物揃いますかね?」
「どれどれ、ふむふむ、あちゃー」
あちゃー?何が?怖い。
「全部あるよ、でも結構な量だけど大丈夫?」
「あ、軽トラなんで……」
「なっ!ついに幽荘に車が、時代は変わったね……」
そう言えば歩いて一泊する買い出しとか言ってたような、時代は変わったとはまた大袈裟な……
「しかし車と男手が入ったとなると、狐音のやつ更にぐうたらになりよるなぁ」
「はは、でも色々教わってますし」
「本当に?まあおにーさんなら大丈夫かな」
何を見て大丈夫と言えるのかはわからないが良しとしよう。
「じゃあ商品集めてくるし座って待っとりな」
狐子は店内をメモ見ながら歩き回りカゴに商品を詰めていく、予想通り酒ばかりだがいささか量が多い。
「ここぞとばかり溜め込むつもりやな……」
狐子のボヤキは狐音に向けたものだろう。
みるみる内にカゴが満杯となり追加のカゴも出てきた。自分が来る前はこれを持って山を越えてたのか?心配になるレベルである。
「ふぃーこれで全部ね!」
カゴ二つ分満杯の酒である、一人で飲むのか?確か歓迎会の時も一升瓶空けてたけど……
「ありがとうございます、とりあえず目的は果たせそうです」
「うん、良かった良かったまた来てな!皆の様子も聞きたいしな!」
「皆知ってるんですか?」
「変わっとらんかったら狐音、ユウメ、スズメ、ヘビメ、ネコメやろ?」
「変わってないです」
「やろ?皆癖あるけどよろしくしたってな!」
バンバン背中を叩かれながら激励される。この距離の詰め方は双子だなと思える。
酒を軽トラに積み込んで後は帰るだけだ、途中で警察に捕まったら言い逃れ出来ない量の酒が積まれてる。
「ほなまたね!まっとるよ!」
狐子さんに会釈をして車を発進させる。
思わぬ出会いがあったが、今後もお世話になりそうだ。主に狐音のお使いで。
広がる世界に高揚しながら帰り道のハンドルを握った。




