鎮魂祭前夜
日は傾き出したがお盆前日、まだまだ明るい。
日中よりは暑さが和らぎ出した幽荘の前に大きな幕が張られていく。幕を張るのは狐音とスズメ、そして縁だった。
「狐音さん、温泉改修の時よりデカい幕ですよね?」
「ん?そうじゃの明日しか使わんが毎年活躍しとるんじゃよ」
「温泉の時の地鎮祭?もそうですが、鎮魂祭も皆あの儀装をまた着るんですか?」
「そうじゃよ〜あれはこの地域の正装じゃからの、暑いけどのアレ」
「狐音さん〜大変です〜幕が虫に食われてます〜!」
スズメが縁達の反対側の方で声を上げてる。
「なぬ?去年終わってから倉庫に放りっぱなしだったからの〜……スズメ〜どんなぐらい穴空いとる!?」
「十円玉ぐらいですね〜補修しときましょうか〜!?」
「頼むぞ〜!」
儀式は立派だが管理は割と適当なのが狐音らしい。
幕の外側の開けた場所では他のメンバーが精霊柱に蝋燭を仕込んで組み立てセッティング中だ。
今年復活の儀だそうだが細かな作業と数があって大変だ、孤児院の皆が一人一人絵描いたり言葉を書いたりしたと今日幽荘に来たトラメが言う。
黙々とトラメとネコメが箱を組み立てて蝋燭を仕込み、ヘビメとユウメが広く設置していく連携を見せる。
「蝋燭の火は明日ですか?結構な数……二百個くらい……?多いなぁ」
「うむ、今年は参加者も多くなるから復活としたが……孤児院の皆張り切りおったの、正直五十個くらいで良かったんじゃが……」
狐音もこの数は想定外のようで困りながら笑っている。それでも全部使うんだと幽荘メンバーは減らす事を考えていない。
「本当は明日の朝やるつもりだった用意じゃがトラメもおって良かったわい」
明日の朝、縁は狐子、タカ、リュウメを迎えに出るので手伝えない。そう考えるとトラメ大活躍だろう。
縁は幕を張りながら気になる事を狐音に聞いた。
「狐音さん……資格ってなんなんですか?」
少し空を見て狐音は笑みを浮かべ縁を見た、一瞬の事だったがとても妖しく綺麗な笑みだった。
「そうじゃのう、お主には鎮魂祭終えたら色々話してやろうかの……その前に……」
「その前に?」
「スズメー!こっちも虫食いじゃ〜頼む〜!」
幕の虫食い具合が微妙に複数広範囲の為、幕張は中断し狐音とスズメは補修に手を取られてしまった。裁縫は出来ない縁は精霊柱のヘルプにまわる。
「どうだトラメ君、大変だろう」
「うん、でも大切な物が出来上がるのは嬉しいよ」
箱を組み立て蝋燭を仕込む、単純作業ながら一つ一つに想いが篭った物だ。ちゃんと理解して丁寧に組み立てている。
「お兄ちゃん、トラメ君はしっかり作ってる。凄いの」
一緒に作業するネコメも一つ一つを丁寧に形作る。
「二人は孤児院イベントで会ってるんだっけ?」
「うんネコの姉ちゃんは皆の先輩だって院長が言ってた」
孤児院の先輩……と言う事はネコメは……
「私幽導孤児院から幽荘に来たの、狐音さんがユウメお姉ちゃんのイベント手伝いしに来た時誘われたの」
両親が亡くなっているのは聞いてたが、幽導孤児院出身だったのか。
「ちょうど幽荘の部屋が空いてたからどうだって言われたの」
「へぇーネコの姉ちゃん資格って言うのあったんだ」
「資格ってなんだろうね?私は大丈夫って言われたの」
ネコメも詳細は話されていないようだ、鎮魂祭が終わったら狐音は話してくれるようだが……
「まだある?」
ヘビメが考え込んでいた縁の前で仁王立ちしていた、次々作れの圧を感じる。
「ヘビメさんはジャノメさんに連れられて幽荘に来たんですか?」
「ん?いきなりなによ、半分はそうね」
「半分?」
「半分はアタシがアートに没頭できる場所に行けないなら出ていくって言ったからよ」
半分は脅迫だったか……だがヘビメの曲げない性格なら本当にやろうとしたのだろう。ヘビメの母は世界飛び回っているし、父のジャノメは娘を溺愛している。
見知らぬ土地より知った場所、そんな決め方だったのかもしれない。そう考えると縁は自分の両親も似た気持ちだったのかと思う。
「明日はパパも来るから、ここの住人だったしね」
(そういえば父さん母さんリュウメさんと共に子供時代を過ごしていたのか)
それだけ集まるならウチの両親も来るべきじゃないのかと、縁は思うのだが両親は駆け落ちして幽導村を離れている。しかも子供の縁には東京生まれ都会育ちと嘘まで吐いてたのだ。
(どうみても都会じゃないわな)
広がる山々の景色に幽荘アパート周囲は野原みたいなもんだ、この場所に上下水道と電気通信設備集まってるのかわからないぐらいだ。
「どうしたのよ?」
また考えてしまい手が止まっていた、ヘビメが不審な目で見ている。
「ああ、すいません。ハイ」
組み立てた精霊柱を幾つか渡し、ヘビメは首を傾げながら設置しに行った。
入れ替わるようにユウメが向かって来る。
「わぁ……まだまだありますわね〜明日火を灯すのも大変じゃないかしら?」
まだ鎮魂祭の準備、精霊柱の中の蝋燭は明日灯す予定だが確かに数が多い。
「二百くらいあるみたいですよ」
「うーん、孤児院の皆頑張ったわね〜ほら可愛い絵描いてますよ〜」
精霊柱の側面に言葉や絵が描かれているが、どれも子供達の絵って感じがして和む。
「ユウメさんこれだけあるけど、終わったらどうするんですか?」
「あ〜実は最後に全てお焚き上げしちゃうのです」
「え?これ全部?」
「ハイ〜それが慰霊のクライマックスですわね、だから写真撮らないと〜」
ユウメはスマホを出しお気に入りの精霊柱を撮っている、ふと気付いたようにパシャっと縁が撮られた。
「うふふ、良い思い出になりますわね」
「いきなりは辞めてくださいよ……あ、それならあそこを」
縁は少し離れた所で並んで準備するネコメとトラメを指した。幽荘では最年少のネコメもトラメが居るとお姉ちゃんだ。
「あら、二人共〜こっち向いて〜」
急に呼ばれたネコメとトラメが同時に顔を上げ、その瞬間を切り取る音が鳴る。
「あ!ユウメ姉ちゃん勝手に撮った!」
「ユウメお姉ちゃん恥ずかしいよ〜」
二人揃って恥ずかしがるのが可愛らしい。
ユウメはそのまま陣幕の補修に苦戦している狐音とスズメも撮りに行ってしまった。
(ユウメさんは相変わらずマイペースだな)
時間は掛かったが精霊柱は全て作り上げ、儀式に使う陣幕も補修と設営が完了した。
普段野っ原部分の幽荘前が賑やかになっている。
「狐音さん、精霊柱はお焚き上げって聞いたんですけどどこでやるんですか?」
「その辺でブワーっと燃やすんじゃ」
割とその辺りはアバウトなのか、田舎の民家も無い私有地だからこそか。
「縁よ、トラメはお主の部屋で寝る場所あるんかの?」
「子供一人くらいなら大丈夫ですよ、と言うか僕のとこに泊めろって狐音さんが言ったんじゃないですか」
「そうじゃったの、さーて準備はあらかた出来たし日も暮れてきた。縁よ二つ三つ精霊柱灯してみるか?」
狐音は足元からランダムに取り縁に渡してきた。
「おーい、ネコメとトラメもおいで」
呼ばれた二人も揃い精霊柱に火を灯す事に。
「……じゃいくよ」
中の蝋燭の先に火を点ける、すぐに火のゆらめきが生まれ内側から精霊柱外箱部分に書かれた言葉や絵が浮き出てくる。
「わぁ……」
ネコメとトラメは綺麗な物を見る顔で精霊柱を見つめる。
「狐音お姉ちゃん、明日は全部点けるんでしょ?凄いね!」
「おお、トラメ達が作った精霊柱が全て灯れば圧巻じゃろうて」
確かに二百個近い精霊柱が広範囲に灯るのは凄そうだ、一つ灯るだけで優しい雰囲気を辺りに振り撒いている。
カシャ!
「うふふ、綺麗ですわね〜」
スマホのシャッター音と共にユウメが現れた。
「皆さんご飯の準備ができましたわよ、スズメさん特製の野菜天ぷらたっぷり素麺ですわよ〜」
時間も夕食時、ユウメが呼びに来てくれたのだろう。
「トラメ君、いこ!」
「うん!」
ネコメはトラメの手を取り調理場へ走って行く。
今日の準備通じて仲良くなったようでなによりだ。
「それじゃあ私は狐音姐さんと管理人さんの手を繋ぎましょう〜」
ユウメは間に入り縁と狐音の手を取り上機嫌に引いて行く、狐音と目を見合わせて「まあ良いか」と笑いあった。
今日はトラメを加えて皆で食卓を囲む、何気無いその集まりが楽しみだと縁は最近思っている。
「縁兄ちゃんも皆とご飯食べてるんだね」
素麺を綺麗に啜りながらトラメは言った。
毎日では無いが幽荘で何かある時なんかは恒例となっている事に気付く。
(ありがたい事だな)
ワイワイと今日泊まりのトラメを主役に幽荘の面々が可愛がっている、少し取られた気がするなと苦笑した縁も混ざり楽しんでいく。
「さて、それじゃあトラちゃんお風呂一緒に入りますわよ〜」
「ほっほ、洗ってやるぞ〜」
ユウメと狐音がとんでも無い事を言い出した、いつの間にか酒瓶が空いている。入浴前に呑むなと言っているのに……
ポカンとしたトラメは言う。
「え?俺男だよ?」
正直な反応だ、それが普通だと思う。幽荘の女性陣、特に狐音とユウメは壁が無さすぎるのだ。
「あら?冗談ですわよおほほ」
「うむ、リュウメはちゃんと教えてるんじゃのう」
散々縁入浴中に乱入してきた過去があるのに、とぼけだす二人に溜息を吐いて縁は言う。
「二人共まだ子供だけど男なんだから……あと温泉前に呑み過ぎないで下さいよ」
ムゥと二人して口を尖らす、そんな様子を残りのメンバーが笑いながら見ていた。
「さて、こっちだよ」
縁はトラメを連れて温泉に向かった、夜に外を歩く新鮮さと幽荘温泉に入ると言う事で若干興奮しているようだ。
「すげー!外にお風呂あるんだ!早く行こ!?」
「走ったら危ないよー」
脱衣所で服を脱ぎ、温泉に二人で入る。温泉改修後で男湯に二人は初めてだ、それ以前は混浴であったし縁にお構いなしで女性陣がよく乱入してきたのだ。
「人によっちゃ天国だが、俺はやっぱ恥ずかしいよ」
湯に浸かり身体を伸ばして呟く。
「何言ってんの兄ちゃん?」
「いや、なんでもないさ」
トラメはパシャパシャと広く使える温泉が気に入ったようだ。
「孤児院の兄ちゃんや弟達と取り合いにならないから、すっげー気持ちいいー」
「孤児院のお風呂は皆で入るの?」
「うん、女の子と順番こで入ってるけど狭いんだ」
幽導孤児院の孤児人数からすれば毎日が修学旅行みたいな集団生活、各種設備も大きいだろうが贅沢出来るレベルでも無いだろう。
「トラメ君は早く大きくなって孤児院出たいのかい?」
「うん!ユウメ姉ちゃんみたいに凄くなって恩返しするんだ!」
「そうか……じゃあ勉強もしなくちゃな、あまり俺が言える事じゃないけど」
将来を見据える少年の笑顔が、浪人の縁には眩しく感じられた。
「兄ちゃん、なんか声が聞こえるよ」
「ん?女湯で皆集まってるんじゃないのかな」
「そうなのかな?なんか男の子みたいな声のような……ん?気のせいかな?」
縁も耳を澄ましてみるが特に変わりはない、強いて言えば女湯ではしゃぐ狐音達の声くらいだ。
「長く浸かり過ぎたかな?そろそろ上がろうか、湯冷ましにバルコニーに行こう飲み物もあるぞ」
「やった!行こう!」
バシャバシャと急ぐトラメを微笑ましく見て、縁も上がる。
誰も居なくなった男湯に「良いね」と微かな声が響いた。
着替えてバルコニーに出た縁とトラメは夜風に当たりだらけていた。
「気持ちいいね」
「うん、幽荘って面白い所だね兄ちゃん」
子供からすれば面白い所に見えるのが幽荘なのか、大人になれば周りに何も無い田舎だが視点が違うんだろうなと縁は気持ち良さそうに寝転んだトラメを見る。
そこに女性陣も上がったのか騒がしい声が近くなる。
「おーお主ら上がってたのか、トラメやどうじゃ気持ちええじゃろ」
「うん!最高!」
後ろからゾロゾロ見える面々、皆湯上がりの色気が凄い。トラメが居るから冷静に見てるが、ほぼ毎日こんな美人達に囲まれていれば感覚もおかしくなるよなと縁は久しぶりにドキドキしている。
「なんじゃ縁よ、顔が赤いぞ?」
「いや、その……湯当たりしたかなー」
適当な誤魔化しに不思議な顔を皆にされて恥ずかしい。
「まあええわい、明日の流れじゃがのお主には三人の迎え。朝一に出て昼前には来れるじゃろ、それから鎮魂祭の儀を女性陣で行う、皆よろしく頼むぞ」
「ハイ!」
「明日パパが来るからトラメ君は朝パパと精霊柱の仕上げね」
ヘビメがトラメに指示をして細かな流れ確認を絵で描いている。
「タカさんが来たら私の下へ、調理場に居ると思いますが鎮魂祭の奉納用のお料理手伝ってもらいますので〜」
スズメから特別な指示も受ける。
「わかりました、狐子さんとリュウメさんは何かあります?」
「あのお二人は私とネコメちゃんの下へ、お着替え手伝いますので」
「私、頑張る」
ユウメとネコメも気合いが入っているようだ。
「儂は鎮魂祭の祭壇におるから何かあれば声掛けてくれんかの、少しばかり集中しとるから」
儀式を司る役目だろう、狐音はいつもよりキリッとしている。缶ビールを片手に。
「改めて皆頼むぞ」
狐音の発声に皆頷き、しばらく雑談して解散となった。
縁宅にトラメを招き布団を並べる、トラメ用にとスズメが用意してくれた物だった。
明日が早い為、いつもより早い就寝となる。いきなり一泊の環境でトラメは大丈夫だろうか心配になったが、時間掛からず寝息が聞こえる。
はしゃぎ疲れもあったのだろう、すぐに深い眠りに着けたようで安心した。
(鎮魂祭か……思ったより大きな規模だな)
改めて鎮魂祭と言う儀を行おうとする意思と言うより、使命のようなモノを感じながら眠りに着いた縁であった。




