ユウメと言う女
温泉改修工事の最終予定週に入り、仕上げの為かジャノメ親方筆頭に職人達が一層気合い入れて動いてくれている。
「一昨日はありがとうな兄ちゃん!ウチの者達はあれでブーストしてるぜ!なあ皆!」
ジャノメは職人達に問いかけ、野太い声でウォー!っと応えている。頼もしい限りだ。
スズメの菜園、料理サポートをしてたら大宴会になった一昨日土曜日。翌日日曜日が休みとの事で職人達は深夜まで騒いで全員車の中や外で寝っ転がる状態であった。
何人かドラム缶風呂体験もしてたし、まあ騒がしくも楽しかった。日曜日午前中には皆お酒も抜けてきて、総出で片付け掃除をやってその日何もなかったと言うぐらいに綺麗にして帰って行った。
その翌日にあたる今日、いつも通りに皆出勤してきているのがプロの職人だなと縁は思えた。
「あ、縁のにーちゃんよ。明後日くらいにはほぼ出来上がるからチェックで呼びに行くからな!」
ジャノメはそう告げて現場に入って行った。
皆を見送り時間が出来る、勉強でもするかと自室に向かった時だった。フラフラと階段を降りようとする美人、ユウメが居る。しかし様子がおかしい……
「ユウメさん?」
声を掛けた時だった、ユウメは足を踏み外した!
(ヤバい!)
ドン!「ぐえ!!」
一瞬の事だった、縁は飛び込んで背中に重みを感じる。
「いてて……ユウメさん大丈夫ですか!」
「ごめんなさい管理人さん〜!助かったわ!ありがとう〜……アタタタ」
痛がっている!?怪我したか!?
そう思った縁はなんとか起き上がりユウメを確認する、頭を押さえているではないか。
「ユウメさん!」
「……アタタ、ごめんなさいね〜二日酔いが……」
(……二日酔いの痛みか、大事に至らず良かった)
縁は安堵したが、宴会は一昨日の深夜までとは言え一日空いても続く二日酔いは相当じゃないか?
「一昨日どんだけ飲んだんですか……」
「違うわよ〜さっきまで飲んでたからよ〜」
縁は目を丸くしてしまった、一昨日から昨日そして今さっきまで……いくらなんでも飲み過ぎである。
「宴会の余韻もあって、ついつい飲み過ぎましたわ〜」
ユウメの様子から階段落ちした怪我は無いと見えるが酒に溺れてる……
「いくらなんでも飲み過ぎですよ!全く……部屋に行きますよー」
ユウメを支えて部屋まで行く、緊急事態?なので一緒に入りベッドに寝かせて水を持ってくる。
水を用意して渡せば一気飲みするユウメ、普段魅惑的なオーラが溢れてるユウメも流石に大人しく感じる。
水を飲み切ったユウメはコテンと横になり、更に静かに動かなくなった。
「え?死んだ……?」
縁は焦って顔を近づけた……すぅすぅと寝息が聞こえる。ホッと安心した時に縁はユウメの顔に接近している事に気がつく、誰かに見られたら誤解される距離だが縁は見るのをやめられなかった。
恐ろしく綺麗な顔をしているのだ、サラサラの髪に長い睫毛。左右対称と思える程均等に整う顔立ちに通る鼻筋、魅入ってしまう唇。
こんな人間が存在するのかと息を呑んだ。
「凄いな……芸術作品みたいだ」
僅か数十秒の間離れられなかった、釘付けになるとはこの事だろう。
ふと我に返って縁はすぐに離れる、魅入ってしまうがずっとじっくり見続けるのは失礼だ。
無理矢理目線を逸らした、その先にはユウメがランウェイを歩く一瞬を切り取ったポスターがあった。
「そう言えばちゃんと部屋に入ったの初めてか?」
最初挨拶に来た時は玄関前だったし、逆のユウメが縁の部屋で膝枕する事件はあったが……
余計な事を思い出して振り払った、あまり女性の部屋をジロジロ見るのも悪い気がするのだが気になる物が多すぎる。
ランウェイポスターもだしトロフィーや賞状もある、しかしどれもある物が古い印象を受ける。
「ユウメさんみたいなモデルなら狭すぎるはずなんだよな、アパート皆ワンルームだし」
いくら風呂とキッチンの無いワンルームと言えど、スペースは限られてくる。収納も最低限だしモデルのイメージ的には何着もドレスやアクセサリー、メイク道具なんかも沢山要るイメージだが……
「ん〜楽になってきましたわ〜」
気付けばユウメは起き上がり伸び伸びしている、かなり際どいお姿に縁は狼狽える。
「ん?管理人さんが連れてきてくれたんですわね〜」
のんびりしたペースで流れるように近寄り……優しくハグされる。
あまりに自然の流れに縁は固まっているしか出来なかった、色々柔らかな部分を押し付けられているし飲んでた割に酒の匂いよりもフローラルな良い香りがする。
「ちょいちょいユウメさん!?」
「あら〜コレが落ち着きの秘訣ですわよ」
確かに異常に落ち着くのだが、困るのは困る。
こんな所を誰かに見られたら……ガチャ!
そう、大体この展開は誰か来るのだ……
「おーいユウメー薬持って来てやっ……たぞ?」
現れたのは狐音だった。
「なんじゃお主らイチャイチャ中じゃったか!すまんのう邪魔したのう」
言うだけ言って薬を玄関に置いてそそくさと狐音は出て行ってしまった。間違いなく何かを勘違いしたままで……
縁は狐音には後で説明するとして、まだどこかホワンとしたユウメに薬と水を渡す事を優先した。
薬と共に水を一気飲みしたユウメはまたベッドに寝転んだ、変わらないマイペースな人である。
ユウメは幽荘の中でも特に変わった存在だと縁は思っている、勿論悪い人では無い事は分かる。モデル仕事に不便すぎるこの場所に住み、自由に生きているように見えてどこか芯が見えないような時がある。
芸術に生きるヘビメに近い感覚を持っているようで、自ら近づかないような雰囲気を感じる。
「前にモデル辞めようと思ってたって言ってたな」
ドラム缶風呂でユウメとの会話の中、ふと漏らしたような言い方が縁には引っかかっていた。
煌びやかな世界に嫌気が差した……とは違うような、別の思いもあるような。
最近はずっと幽荘に滞在しているが、他の住人に比べれば家に居る事が多い印象だ。別に悪い事では無いし、積極的な交流を拒んでる事も無い。
普通に見えて何かが引っ掛かる、それが縁から見るユウメへの正直な感想だ。
当のユウメはぐっすり眠った、もう大丈夫だろう。
縁はもう一度部屋を一瞥し、ユウメの安らかな顔を眺めて部屋を後にした。
その日の夕方、勉強を丁度一区切りしたタイミングで家の扉がノックされた。
「はい?」
「管理人さーん、ユウメよ〜」
どうやら起きたユウメが訪ねて来たようだ、ドアを開ける。
「どうし……わっ!」
縁は反射的に目を閉じた、普段着なのかパジャマ扱いなのかランジェリーが透け透けな布を纏っただけの非常にセクシーな姿のユウメが居たのだ。
「あのね管理人さん、お願いがあるのですわ〜」
「いや、その前に僕のお願い聞いてくれます……?」
「あら?どうしたのかしら?」
「あの、もっと隠す服を着てください……」
縁に言われユウメは自分の姿を確認し笑う。
「んもう、今更じゃないですか〜大丈夫ですよ〜」
明らかに大丈夫じゃない気しかしない縁だが、怖いもので女性に囲まれて生活する内に麻痺しているのかすぐに諦めた。
「とりあえずどうぞ……」
部屋前で色気を放たれても勘違いされてしまうだけだ、ユウメを部屋に招いた。
「で?お願いとは……?」
「そうそう、明日街の方について来て欲しいのですわ」
「街?山向こうのですか?」
「そうよ〜お仕事があるの〜」
確か前回ニューヨークに行っていたが、今回は山向こうの街らしい。
「今回は日帰りですけど車を出して頂けると助かりますわ、もちろんお仕事なので報酬も出ます〜」
「そりゃ構いませんが、前回とえらい違う場所なんですね?」
ユウメはクスリと蠱惑的な笑みを見せて言う。
「お隣の街で定期的にファッションショーのお手伝いをするのですわ、是非管理人さんに見せてあげたくて」
ファッションを理解出来るかが怪しいものの、依頼なら基本的にお受けする心情の縁だ。特に悩まず頷いた。
「やった〜皆可愛いので気に入りますわよ〜」
(ファッション見に行くんだよな?女の子じゃないよな?)
少し思い描くのと違うファッションショーなのか疑問に思う縁だが、見れば分かるだろうと自分を納得させる。しかし、そんな場に相応しい服を持っていない。
「あの、ユウメさん僕そんな会場に着て行く服は無いですけど……大丈夫ですか?」
「ああ、心配には及びません事よ。明日行く所は普段着で大丈夫ですわ〜」
「なら良いのですが……」
「私は用意があるので服の保管スペースに寄ってから会場に行く流れになりますので」
「服の保管スペース?」
「ええ、職業柄物が多いので各地の貸しクローゼットに保管してますのよ」
さすがにそこはモデルさんだ、やはり幽荘には入りきらないのであろう。
「では明日早いですが、朝六時に出発して夕方には帰る流れになります〜」
結構フル稼働だ、だが縁が幽荘に来る前の車が無い時は前日に出たりしてたのだろう。つくづくこの場所は山の中である事を思い知らされる。
ユウメとの話も終わり簡単に夕食を済ませて、ドラム缶風呂の番をする。
この火の番も順調にいけば明後日に終わる、少し寂しく感じる縁だった。
この日最初に来たのは狐音であった。
「ホッホッホ今日もよろしくじゃて」
「あー!もう脱衣所があるんだからそこで脱ぎ始めて下さい!」
やっぱりここの、特に狐音とユウメのお姉さん二人は気を付けないといけない。
「まだまだウブなままじゃの」
何か貶されたような気もするが、縁は間違って無いはずだと信じている。
ドラム缶風呂に使った狐音にユウメからの依頼を話てみる。
「——って事で明日は夕方まで街に出ますね」
「なるほどのう、ユウメがあそこに縁を連れて行きたがるとは……信頼されとるよお主」
「そうなるんですか?」
「そうじゃ、普段のモデル業では海外に出たりもするが山向こうの街でやるショーは特別での。まあ何も考えず感じてみるが良いぞ」
特別な事だと狐音は言う、明日は何が見れると言うのだろう。
その後も皆が入れ替わり立ち替わりで風呂に入り、最後は縁が。火の番はネコメとなった。
湯に浸かりながら星を眺めていると、壁越しにネコメが話しかけてきた。
「ユウメさんのファッションショー楽しいよ」
「ん?ネコメちゃん行った事あるんだ?」
「うん、皆を綺麗にするのがユウメさん上手いの」
「皆を綺麗に?ユウメさんが綺麗になるんじゃなくて?」
ファッションショーのモデルなら、前に出るユウメが一番綺麗にされるのではないだろうか?
「ユウメさんも綺麗だけど、そのファッションショーは特別なの」
先に話した狐音も「特別」と言っていた、やはり通常のショーとは違うのだろうか。そもそも縁はファッションショーをテレビでしか見た事が無い。
「お兄ちゃん、写真撮って見せてね」
「ああ、わかったよ」
明日どんな事になるのか楽しみと不安が半分ずつ芽生えてきていた。




