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幽荘物語  作者: かずや


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宴の時


 人間一つに集中すると時間はあっという間に過ぎ去り、縁は一心不乱に米を研いでいく。

「ふぅふぅ……スズメさん、終わりました!」

「はい、お疲れ様でした〜お水測って時間まで浸水させておきましょう〜」

 疲れを全く見せないスズメの横には大量のトマトやズッキーニ、ナスの切られた姿が山積みになっている。

「おぉ、圧巻の量……もう作り出しですか?」

「あ、先にきゅうりをお手伝いして頂きますかね〜私が切れ目入れますので縁さんは竹串刺して貰いましょう」

 竹串を刺す、その意味はスズメの横に合った浅漬けの素で理解した。

「あ、なるほど冷やしきゅうりの浅漬け」

「正解です〜皆さん炎天下の中毎日汗かいてるでしょうから塩分補給とさっぱりしてもらえますようにと」

 こういう相手を考えた物を用意するところがスズメらしく流石である。

 シャッシャッときゅうりに切り込みを入れ、受け取った縁が竹串を中心に沿わせ突き刺しきゅうりをパットに並べていく。

 全部出来れば万遍なく浅漬けの素を掛けて、冷蔵庫に入れて置けば完成だ。

「良いですね共同作業、捗りますわ〜」

 ウキウキなスズメはそのまま本日の主役、夏野菜カレーに向き合い始まる。

「では縁さん、この分トマトを炒めて貰えますか。私、横で猪肉下処理します〜」

「了解です!」

「トマトがベースになりますので沢山ありますが頑張ってください〜」

 縁はトマトの量を見て驚いた、切った事により量が倍ぐらいに見えてしまう。

 元々カゴの大半はトマトであった、単なる具の為では無くカレーのベースの為に量が必要だったのだと理解した。

 炒める手鍋は大きめとは言え何回かに分ける必要がありそうだ。

「炒まったトマトベースは釜戸の大釜にお願いします〜仕上げは釜で煮込みますので〜」

 スズメはそう言って薄切り猪肉を丁寧に茹でて下処理しながら、出来た分を釜に投入していく。

「なるほど、大量に作る為のやり方か」

 ひたすらにトマトを潰して炒めてペースト状にしていき釜に移す、やってもやっても終わらない。

 (中々キツイ作業だが……この先のカレーは絶対美味い)

 縁はトマトを炒め続けてハイになっている自覚があった。これだけやって美味くない訳ないだろうと確信している。

 延々と繰り返す作業の合間にスズメはオーブンを温めていたのか、耐熱のオーブン皿に厚みを付けて切ったナスとズッキーニを並べて焼いている。

「そっちは焼くんですか?」

「うふふ、仕上げは一緒に煮込みますが焼き目を付けて香ばしさをプラスです〜」

 手間掛かってますよこのカレー!と職人達に向けて心で叫んだ。

 縁はひたすらにトマトを炒め、スズメは焼き野菜を見ながら次の作業に移る。

 空いているコンロで湯を沸かし塩を入れている、隣にあるのは枝付き枝豆の山。量が量だけに鍋二つに湯を沸かしている。

「きっとお酒も飲みますからね、枝豆があると皆嬉しいでしょう」

 そう言ってスズメは手際良く枝豆を茹でていく。

 縁はなんとかトマト炒めのラストに辿り着いたところだ。

「ハイ、あーん」

 不意にスズメが口元に何かを差し出してきた、最近あーんとされる機会が多い縁は恥じらいながら頂いた。

 噛むと水分がジュワッと染み出してとても濃いズッキーニの味わいが広がる。しっかり味わって飲み込む。

「美味い……焼いただけですよね?」

「ええ、何も味付けはしてないズッキーニの素焼きですが美味しいでしょ?」

「凄いですよね、こんなに違う物食べた感覚になるなんて」

 色々と野菜に抱いていた普通が覆される日だ。

 トマト炒めがついに終わり釜の中は見事に真っ赤だ、ところどころに見えるナスとズッキーニ。猪肉も入っているが今回は脇役だろう。

「ふぅ、えっと丁度十七時で良い時間ですね、炊飯とカレー煮込み始めていきましょう〜」

 スズメの話では職人達の終礼が十八時なので、そこに合わせるらしい。縁は浸水していた米を炊き出し、スズメは味を見ながらカレーを仕上げていく。

「そう言えばカレーの素はなんなんですか?」

「こちらです〜!」

 棚から取り出したのは、国民的家庭料理代表カレーライスの地位を確固たるものにした発明品の普通のカレールウだ。もちろんルウの量は多いが、少し意外である。

「スズメさんだからてっきりスパイスから作り上げると思いましたが……」

「あら?そんなイメージあります?確かに一人分ならそうしますけどね〜ふふふ」

 それはそれで味わってみたいところだ、スズメはカレールウを取り出しながら言う。

「手軽さの割にカレーライスの味を高い位置で決めれるルウ、今回のようなシンプルな材料種類と大人数への調理にはこれが一番なんですよね〜」

「一から手作りだけが一番じゃないって事か……ってルウ五種類ぐらいありません?」

 様々なメーカーの物が並んでいく。

「もちろんこだわれる所はこだわりますよ〜ルウにも配合がありますし……」

「ありますし?」

「ネコメちゃんとヘビメちゃんは甘口じゃないとダメなんですよ」

 納得した縁である。

 

 ——「おぉ……キャンプファイヤーが出来てる……」

 縁は「後はカレー煮込みとご飯炊けるの待ちなので外の様子を見てみて下さいな」とスズメに言われて幽荘の前に来たのだが、何故か薪が組まれ林間学校の夜のキャンプみたいになっている。

「あら管理人さーん!」

 幽荘の二階を飾り付けてたユウメが手を振る、モデルさんらしいオーラは変わらないが子供みたいにはしゃぎながら用意している。一階と二階の位置関係的に色々見えてしまいそうなので、職人さん達も居るし気を付けて欲しいのだが……

「ユウメさん、何やってるんですか?」

「今日はお祭りだから飾ってるんですわよ〜」

 見たままなのだが、本人が楽しいなら良しとしよう。他の皆も何かしているのかと探してみる。

「狐音さんはとうもろこし炭にしてないだろか……ん?あれは」

 ドラム缶風呂から湯気が沸いてる、焚き口に人影が二人。

「ネコメちゃん、ヘビメさんここに居たんだ」

 お喋りしながら焚き口に薪を焚べていた二人は縁に気付き振り向いた。

「お兄ちゃん!ほら、コーン焼いてるよ!」

 ネコメが火箸で火に焚べらているアルミホイルに包まれてるとうもろこしをつっつく。

「あ、こうやって焼いて風呂まで沸かしてくれてたんだ」

「一石二鳥よ、それに狐音に任せたら焦がしちゃうから……」

 ヘビメはそう言って脇に避けられている真っ黒な塊をジトりと見る、どうやら狐音による被害が少しあったようだ。……

「うん、まあ二人が入ってくれて助かったよ……そろそろカレー出来るからね」

「やった、スズメさんのカレー美味しいの」

「今回は何カレーかしら?」

「何カレー……焼き夏野菜カレーかな?」

「甘口?」

「二人用に甘口も用意してありますよ」

 二人は更にテンションが上がったようで楽しみにしてくれてるようで何よりである。

 ネコメとヘビメの二人に火を任せ温泉改修地へ向かう、時間的に作業は終わるようで片付けと整理に追われる職人達が走り回ってる。

 そんな職人達で話し合う内容が聞こえてくる。

「なあ、もうすぐだぜ」

「俺、今日の為に水だけしか飲んでないぞ」

「スズメ様の料理だぞ?もう匂いで分かる最高のカレーだ」

「俺、ジャノメ親方に拾われて良かったよ」

 若干オーバーな気もするが、既に皆がソワソワしてるのが丸わかりだ。

 (済まない皆、そのカレーは俺の手も入ってるんだ)

 と、野暮は言わずにそろそろ出来上がりますと告げていく。告げた先から明らかにスピードアップする職人達が面白い。そうしてるとジャノメと狐音が話してるのが見えて歩み寄る。

「狐音さん、ここに居たんですね」

「うむ、ネコメとヘビメが替わるからと聞かなくてな」

「ガハハ!狐音さんはドンと構えときゃ良いって事だろう!」

 恐らく真実は黒い炭となった、とうもろこしにありそうだが……

「お二人とも、そろそろ出来上がりますよ」

「おう!にいちゃんもありがとうな!ウチの職人達気に掛けてくれて!」

「職人さん達もソワソワしてますね」

「あいつらはすっかりスズメさんのファンになっちまったな!ハハハ!」

「なんじゃ、儂だって差し入れしとるのに!やはり若い方がええんかのう」

「それじゃあ仕上げ手伝いますんで」

 狐音が拗ねだしたので早めに退散を決める、あの感じは既に酒飲んでる感じだ。


 ——調理場に戻ると、カレーの香りが一層強まり迎えてくれた。

「あ、縁さん外どうでした?」

「なんかお祭りと言うか……皆ウキウキですよ」

「あら、嬉しいですね〜」

 スズメは小皿にカレーを取り味を見る、そして静かに頷き縁にも小皿を渡した。

「さて、いかがでしょうか?」

 縁は受け取った小皿のカレーを味見する、舌に触れた所からトマトの旨み焼き野菜の強い甘味とほのかな猪肉の風味が広がり弾ける。

 様々なカレールウのスパイスと辛味も感じるが、家庭感もお店感も感じる絶妙なバランスで早く皿で食べたい。

「こんなの美味いに決まってるじゃないですか!」

「良かった〜、ご飯も炊けたし……持って行きましょうか!」

 時計を見れば十八時を過ぎている、皆作業も終わって幽荘前に今か今かと待ち構えているだろう。

 ちょっと焦らしたくなるような悪戯心芽生えてる、美味いカレーを運びたいがどうするか。

 その時調理場のドアが開き幽荘の女性陣が入ってきた。

「縁、スズメ待ちくたびれるぞ〜ほれほれ、皆持ってくぞ〜」

 狐音が先陣を切りカレーの釜をスズメと持って行く、ネコメとスズメは紙皿やスプーンにおたまとしゃもじ。

 枝豆をつまみ食いしながらユウメは炊飯ジャーと枝豆を器用に持ち運んでいく、最後に残ったのは大鍋の方の炊き立て熱々ご飯。

 気合いを入れて縁は全力で持ち上げて、皆を追いかけていった。


「ハァハァ、お、重かった……」

 短い距離だが相当な重さと熱さがあった。

 配膳のセットをして女性陣は職人達へ紙皿とスプーンを渡している、全員に渡し終えたのを確認してスズメが言う。

「皆さーん、今日も工事ありがとうございます〜!」

 ウォー!!

「ささやかですが色々ありますので〜テーブルには焼きとうもろこしと枝豆〜ご飯は各自よそってこちらに来てください〜」

 ウォー!!

「それでは皆様、どうぞ〜!」

 ウォー!!

 合間合間に野太い歓声が上がり、騒がしくスタートした職人達への感謝のキャンプファイヤー。

 狐音、ネコメとヘビメが中央の薪に手分けして火を付け大きくしていく。

 この時を待っていたと言わんばかりの勢いで、炊き立てご飯がみるみる目減りしていく。

 横で二列に並びカレールーを掛けようと待つスズメ、いつの間にかエプロンを身に付けてもう一人のカレー掛け係やっているユウメ。

 職人達はその勢いでカレーを貰うのかと思いきや、何故かざわつき出した。


「え!?どうしよう!?」

「俺、選べねぇよ……」

「二人に一人だと!?悩ませてくる!」

「お、おい!先の奴!は、早く行けよ!」

 なんだなんだ?と横の二人を見てざわつきの原因がわかった、横の二人だからだ。

 スズメは清楚なお姉さんで日頃から職人達の信仰が熱い、澄み切ったオーラを纏っている。

 ユウメはミステリアスな絶世の美女で抗えない魅力を醸し出す、いわば真逆の属性だ。

 そんな二人のどこに並ぶかで職人達はパニックになっているのだ、美人とは恐ろしいものだ。

 しかし、皆ご飯だけ盛って立ち止まられても困るのだが……その時答えを導いた者が現れた。

「コラ!馬鹿ども!困らせるんじゃねぇ!」

 ジャノメの一声で人垣が割れた、ズンズンカレー釜の前に寄り言い放った。


「お姉ちゃん達二人で掛けてくれ!」

 全員がアッ!となる。

「うふふ、はいどうぞ〜」

「ジャノメさん流石ですわ〜男らしい〜」


 男らしいとユウメの一言が決定打になったのか、「俺も!」「俺も合掛けで!」と一列になってしまった。

 (メイド喫茶じゃないぞ、まあ良いか……皆笑顔だし)

 少しハプニングのような事もあったが、全員行き渡り「頂きます!」のジャノメの号令に合わせて「頂きます」とスタートした。

 そこからは凄まじいの一言だ。

 各所で「美味すぎる!」「野菜ってこんなんだったか!?」等の感嘆の声、なんか祈りのポーズしている者、スズメを口説こうとしてジャノメ親方の鉄拳を食う者等々盛り上がりが男性らしい?光景である。

 幽荘の女性陣も大勢の食事会、それも男が多い状況に最初戸惑う者も居たがすぐに慣れ大笑いしている。

 (凄い盛り上がりだな、こんなになるとはな)

 予想では和気藹々と野菜とカレーをまったり楽しむくらいかと思っていた、しかし予想以上の盛り上がりで大宴会である。

 キャンプファイヤーを囲み炎を見ながら様々な人と交流し、歌い出したり踊り出したりする光景を見たりしながらカレーを頂く。このカレーが絶品で環境が更に美味しさを引き上げている気もする。

 騒がしくとも多少の騒がしさでは何ら影響が無い幽荘だからこそでもある。

「人の居ない場所だからこそだよなぁ」

「こんなに大きな宴はいつぶりでしょう〜お疲れ様です、ハイ縁さん」

 縁が宴会を見ながら呟いてると、スズメが横にやって来た。ハイと渡されたのはビールの缶だった。

「狐音さんユウメさんが大放出〜ですって」

「あの二人の備蓄酒か……皆、帰り大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ明日は日曜日で皆様お休みと聞いたから出したみたいですよ」

「まさかスズメさん、それも計算の上で今日のこの差し入れカレーを?」

「うふふ、どうでしょうね〜」

 天然な風に見えて計算尽くな面を見せるスズメが凄い。

「どんちゃん騒ぎになりましたが、皆カレー食べてます?」

「はい、もうとっくに完売してしまいましたよ〜一瞬でしたね、やはり男性の方は沢山召し上がりますね〜」

 おかわり出来たらと思っていたが、出遅れてしまったようだ。

 残念そうな顔が見えたのかスズメが囁く。

「今度は縁さん専用にお作りしますよ」

「……やった!」

 今日の経験は都会で得難いモノであった、スズメには学ぶ事が一杯で感謝している。

 野菜を育てて料理にする。

 それだけと言うには植物の小さな成長を毎日繋げて料理と言うとこまで持って行く、とても長く速度は遅いのに密度の濃い事をして食にありつけているのだ。

 スズメとそんな事を語らいながら共にお酒を頂く、縁がスズメを褒め倒したから頬が赤いのか酒のせいなのか。

「うふふ、縁さんが幽荘に来て本当に良かった。こんなに楽しい時なんですもの」

 そう不意に言われたら縁も照れてしまう。

 スズメと共に収まらない盛り上がりを肴に遅くまで飲み明かした夜だった。

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