今は知らずとも
先に入れた薪はとうに炭化し、追加で入れる薪が新しく力強いエネルギーに変えてドラム缶を温めている。
パチリと爆ぜた薪に合わせたように人影が揺れる。
「お待たせしました〜次は私の番です〜」
ニコニコとした顔が炎で見えた、スズメが次の入浴者だった。
「ふむふむ、しっかり出来てますね火元」
「ええ、スズメさんの指示のおかげです」
ドラム缶風呂の土台はコンクリートブロックで高さを出し、それを鉄板で挟む形で平らな台となり熱を保つ。
スズメの野営経験からくるテクニックが光っている。
「では堪能してみますかね〜うふふ」
軽やかにステップをしながら脱衣所に入る、シュルシュルと服を脱いでいく音がして静かになり……
「えい!」
ザプンと湯が跳ねる。
「はぁ〜温泉もですがこっちも良い物ですね〜」
実に気持ち良さげな声を出している。
壁越しとは言え綺麗なお姉さんが入っていると考えれば、自然とドキドキしてしまう。
「ゆ、湯加減は大丈夫ですか?」
「ハイ、丁度良いですよ〜」
縁が見えないように壁を作ったが、壁越しだからこそ余計な事を想像してしまう贅沢な悩みに悶絶する。
「縁さん〜」
「ハイ!」
「ここに来て良かったですか?」
突然の質問に戸惑ってしまう。
「来て良かった……そうですね、今となっては充実してますよ」
縁は正直な感想を述べた、実際実家で浪人生活をやっていたあの頃を振り返れば気持ちが解放され、笑う事が多くなった気がする。
「ふふ、良かったです〜ほら女性しか居なかった所に突然来られるなんて緊張されたでしょう?」
「確かにそうですね……そもそも来てから知りましたし」
「私は嬉しかったんですよ〜出来る事も見える事も増えるし、何より幽荘の住人が増えるって事が」
「はは、僕で何か役に立ててますかね?」
「とんでもない、縁さんが居なかったら温泉リニューアルも無かったし、今こうやって特別な体験もありませんでしたからね〜」
「まあ僕の都合の部分がありますからね……」
「ご一緒に入れば良いのに〜」
もう既に何度か襲撃されては、のぼせて裸で介抱されてる身なので困る。
「可愛いですね〜ふふ」
壁越しに表情を読み取るのはやめてほしい……
「また狩りにも行かないとですね、そろそろお肉と山菜備蓄したいんですよ〜」
「あ、是非行きます、手伝います」
スズメの狩りと採集によって幽荘の食事は支えられている、街まで買いに出る事もあるがスズメの採ってきた物が段違いに美味しいのだ。
「猪を仕留めても、皆で食べなければ美味しく頂けませんからね」
「スズメさんの料理美味しいですからね、皆楽しみにしてますよね」
「あら、お上手な事」
「いやいや事実スズメさんに支えられてますから」
「獲りすぎないようにはしていますが、近年人里にはみ出てしまう子が多いようで、狩りと駆除のバランスが悩ましいのですけどね」
確かに自然の割合は減っており、生息する野生動物が街に現れ騒ぎになるニュースを見る。
「ここは自然豊かに見えますが影響は確実にあるんですね……」
「だから必要な時必要な分だけですね〜」
初めて狩りに同行した際に見せた命に対する祈りの姿勢、スズメを神々しく感じた瞬間であった。
「女神様のようでしたよね、スズメさん」
「あはは、何言ってるんですか縁さん〜私は普通の狩人ですよ〜」
「普通の狩人って言葉がもう今の時代じゃない気がします……」
チャプンと湯の音がして一瞬静かになる、何かマズイ事を言ったのか?
「そうですね……今の時代皆が健やかに生き続けれる事が良いですよね!」
(何だ?何か勢いで押し切ったような……)
「さあ〜次の人にバトンタッチしなきゃですね〜縁さん、ありがとうございます〜」
もういつものスズメの声だった。
「私はこの時を楽しみにしておりましたのよ、管理人さん」
「え!あ、ああ光栄です?」
スズメと替わり、次に来たのはユウメであった。
来るなりに焚き口の側に座る縁を抱いて密着してくる。
「ちょちょ!ユウメさん酔ってます!?もしかしてご飯の後飲んでた!?」
「あら、寂しかったですか?やはりお誘いするべきでございましたわね……」
「いやいやそれじゃあ火の番出来ませんから……ユウメさん?誰と飲みました?」
「んふふ、もちろん狐音姐さんとですわよ〜」
やっぱりか……となるとユウメからの狐音で酔っ払いラッシュ確定か。縁は少し遠く光る星を見上げた。
「あら〜お星様が綺麗ですわね、撮っときましょう」
カシャシャシャシャ!
凄い連写で撮ってる……
「ん〜星が写りませんわね、揺れてるように見えますわ」
「……いやスマホじゃ取りにくいと言うか手ブレ酷すぎて何も写ってませんよ!」
「あら地震かしら〜」
ユウメさんがお揺れになられてるんですよ!と叫びたいが、このままでは一向に進まない。
「ユウメさんーお風呂入りましょうね〜」
「あら私ったらお恥ずかしいですわ〜」
そう言った瞬間、バサっ!と上着をぬいでインナーに手を掛けた!
「ユウメさんストップストップ!!脱衣所あるから!あそこで服脱いでください!」
こんな縁の真横で脱がれたら壁の作った意味が消えて無くなる!
「あら、そんな私はここでもよろしくてよ〜」
こんな状態でドラム缶風呂なんか大丈夫か?
ドラム缶風呂ルール、酒飲み禁止を入れてやろうか真剣に考える。
わちゃわちゃと脱衣所にまで辿り着けてない状態で援軍が来た。
「騒がしいと思うたら縁とユウメで何やっとんじゃ、お主らそんな仲じゃったか?」
狐音が何か疑うように見てくる、それはそうだろう。
縁がユウメのインナーとパンツのめくれを押さえながら脱衣所に連れ込む瞬間を見られたのだ、かなりいかがわしい疑いのある視線が刺さる。
「お主らのう、良い歳じゃからアレコレ言わんがネコメには見せるなよ?教育上よろしくないわい」
もう完全に誤解されてるし、なんなら半分縁のせいみたいな空気まである。
「狐音さん勘弁してください!ユウメさんお風呂入れてあげて下さい!」
夜空に縁の声が吸い込まれていった……
紆余曲折あり、ユウメは狐音と一緒に入る事となった。入れるのかはもう知らない。
「ほれユウメ、端に詰めんか」
「狐音姐さんも詰めて下さいまし〜」
縁は一心不乱に薪を焚べる、邪念を祓うかのように。
「あん、そこはだめでございます〜」
「ユウメよまだデカくなっておらんか?」
「最近下着がキツくなりましたねー」
「お主まーだ成長するのか……おお!なんじゃこれは柔らかいの!」
壁越しに男が居るのもお構いなしに、どえらい事が起こっているようである。
「のう縁よ、結局最後は儂ら二人で入ったであろう?」
「はい?今まさにそうですよね?」
「どうやって出るんじゃ?」
「……どう?どうとは?」
「狐音姐さんのおっぱいと私のおっぱいが詰まってドラム缶に挟まりました〜」
この二人に関しては入浴前の飲酒禁止ルールを定めるべきだ、縁は固く決意した。
「もう……なんとかズレながら一人ずつ出てください、元々一人しか想定してないんだから……」
「縁よ!凄いぞ!こんなに上下左右に形が変わるもんか?柔らかさが半端ないぞ!!」
「知りませんよ!」
ユウメ程で無いにしろ酔った狐音も含めて壁越しでもお構いなしの情報を提供してくる。面白半分だがもう半分は本当につっかえてるようで苦戦する声が聞こえる。
「ふっ!ぬっ!ユウメ!お主少しダイエットせい!」
「狐音姐さん無理矢理は、あぁんそこはダメでございます〜」
縁は思った「俺は何を聞かされてるんだろう」と。
五分ほどバチャバチャ暴れてようやくユウメが抜けたようだ。
「ふー楽しかったですわ〜お先に上がりますわよ〜」
脱衣所に入った音がする、倒れてなきゃ良いが。
「全くユウメには困ったもんじゃて」
「狐音さんも同じです」
「なぬ?儂は酔っとらん酔っとらんぞー」
酔っ払いの定型文を叫びながら湯を叩いてる。
実は縁は先程から薪を増やして温度を高くしておいた、どうやら酔い覚ましには効いたようで若干の落ち着きが見られるようになっていた。
「しかしあれじゃな〜こんな風呂も良いもんじゃ」
「僕も楽しみにしてますよ」
「ああ、今日はこのまま儂が火を見てやるわい」
「良いんですか?」
「なんだかんだ一番疲れたろう?ありがとうの縁」
自由に振る舞いながらも一人一人を見ている狐音は流石なんだろう。
「ほれ、儂はもう上がるから交代じゃ」
ザパンと狐音が出る音がする……あれ?先に上がったユウメは?
「ユウメー!起きんかい部屋で寝ろ!」
脱衣所から声が聞こえてきた、やっぱり寝ていたか。
幸い服は着ていたので、一旦背負って部屋まで連れて行く。湯上がりで色気が凄い上に薄い布地の服はダイレクトに色々伝わる。
煩悩を追い出しながらユウメを部屋に寝かせて、縁はドラム缶風呂へ向かう。
さっきまで座っていた場所で薪を焚べ、炎に揺らめく狐音の顔が綺麗に見える。
「ん?なんじゃ?」
「あ、いえ入らせて貰いますね」
縁は脱衣所で服を脱ぎドラム缶風呂へと入っていく。
作りはしたが実際に入るのは初めてだ。
なかなか気持ち良く体勢的に上を見るので星空が綺麗に見える。
「のう縁よ、お主は管理人として動き出したが勉強は出来ておるのか?」
「……はは、痛いとこ突きますね、受験勉強はあまりですよ」
「主はそれで良いのか?」
「今は幽荘の管理人です、順番は決めてやっていきますよ。ネコメちゃんと卒業の約束もしましたし」
「ふむ、どうやらネコメは親の事を打ち明けれたようじゃの」
「ええ……戸惑いましたがそれ以上に前を向く彼女に刺激を貰いましたよ、もちろんヘビメさん、スズメさんにも」
「ふ……お主もいつの間にかしっかりと幽荘の一員じゃな」
「だと良いんですけどね、知らない事がありすぎてこれからですね」
「そうじゃな……お主は大事な知りたいはずの疑問は考えてから聞くタイプじゃが、内に秘めとくタイプでもあるようじゃしバランス取るんじゃぞ」
狐音さんの声のトーンがいつになく真剣な気がした、壁越しに聞こえたからなのか……
「この夏、来月になるか鎮魂祭があるからの」
「鎮魂祭?」
「うむ、まあそれについては温泉改修中に話してやろうぞ」
大事な話となるみたいだ、縁は少し気合いを入れた。
身体も良い感じに温まりドラム缶風呂を上がる、脱衣所で水分を取り火の始末の為、焚き口に来た。
狐音は待っていてくれたようで火消しの準備をしてくれていた。
「こんな事を皆でやれるなんていつぶりじゃろうか…お主は頑張っておるよ」
急に褒められて照れてしまう。
「お主が来て時間が動き出したんじゃ、ゆっくり見て行くんじゃぞ」
狐音の言う言葉の意味が把握出来ない、今は酔ってる様には見えないが……
火が消え、更に星がはっきりと見える夜空を二人で眺める。
「狐音さんは幽荘に来てどれぐらい経つんですか?」
「うん?儂は来たんじゃないよ、居たんじゃよ」
「え?でもここ相当古いんじゃ……」
「そうさのう、まあいつか話す時が来るじゃろう」
狐音は明らかに濁した言い方をした、縁が来て日は浅いがまだまだ知らない幽荘の秘密があるようだ。
ただ、今は知らずとも皆で笑い生活出来ているなら良いと縁の胸に閉まっておいた。




