壁一枚の語らい
パチパチと火が爆ぜる音に耳を傾け、縁は視界一杯にに浮かぶ夜空の星を眺めていた。
思えば大掛かりな事になった。
元々女性しか居なかったこの幽荘に、縁という男が入った事により温泉の改修工事になったのだ。
皆に不便掛けて申し訳ない気持ちが今になり湧いてくる。
「本来必要無かった事だもんな……」
誰に言うでも無く、夜空に向けて呟いた言葉を拾われる。
「何がよ?」
ハッと声の主を見る、一番手でドラム缶風呂を利用するヘビメが立っていた。お風呂に入るからか、普段よりギャル味が大人しい。
「あ、ヘビメさん入られますか?」
「ええ、入るわよ」
スタスタと歩き脱衣所の中に入る、ヘビメ自身とお父さんであるジャノメの合作脱衣所一番乗りだ。
縁は薪を調整して火加減を調整する。
すると、シュルシュルと服を脱ぐ音が聞こえて何かドキドキする。見えないように見ないようにドラム缶風呂の周りに自ら壁を作ったのだが、音はどうしようもない。
パタンと脱衣所の扉が閉まる音がして、ドラム缶風呂に入りやすくなるよう設置された足場の軋む音がする。
そしてチャプンと湯に入る音が鳴る。
「ふー」
「湯加減は大丈夫ですかヘビメさん?」
「大丈夫よ、上手く出来てるものね」
とりあえず火加減はこのままキープで良さそうだ。
「……ねぇ、縁アンタはここに来る時どんな気持ちだったの?」
「どんな気持ち……そうですね、正直訳がわからないっていうままでしたね」
「怖く無かったの?」
「そりゃ不安も恐怖感もありましたよ、でも拒否権無かったですからね〜」
「浪人してニート状態だったせいで、親に放り出されたんだっけ」
「そうです」
「それでアンタよく受け入れたわね……いや、だから受け入れれたのか」
受け入れたも何も詳細は知らされて無かったし、まして女性だけのアパートに男一人と知っていたら抗議くらいはしたかもしれない。
「アンタが羨ましくなるわ、パパは過保護だけどママは自由だし」
確かヘビメの母は世界を巡る画家と聞いた。
「やっぱりお母さんにも会いたくなりますか?」
「そうね……正直会いたいと言うより倣いたいかな」
「倣いたい?アートをですか?」
「違う違う、生き方をよ。アタシも飛び出したいなって、絶対パパが許さないでしょうけど」
ヘビメの強く気高く見える姿勢は芸術に対してもあるが、お母さんの姿も重なるのだろうか?
「アンタは夢とかあるの?」
「夢……がハッキリあればもう少しマシな生き方してましたかね〜、とりあえず浪人生を抜けるしか考えれてなく情けない限りです」
「……まあそんな事も無いわよ」
「え?」
「アタシは小さい頃からの夢追いかけてるけど……茨の道だもの」
幼い頃からアートに生きてきたヘビメが言う、息を飲む迫力があった。
「それでも嫌になった事はないのよね、不思議なモノだわ」
「ヘビメさん、本当に芯から芸術が好きなんですね」
「何よ気持ち悪い……でもそうよ、好きなのよ」
壁越しにでも照れたのが分かったが、真剣な顔をされているだろう。縁には見えずとも眩しく感じた。
「あーあ、変な話しちゃった!上がって次呼んでくるわ」
ザパンとお湯が跳ねヘビメが上がったのを知らせる。
「アンタも小さくて良いから夢見つけてみなさいな、良いものよ」
脱衣所に入る前に言われた言葉は、ヘビメなりの励ましだったのだろうか。
縁はありがたく壁越しに頭を下げた。
パチパチと火が爆ぜる、ヘビメに続いて来たのはネコメだった。
「お兄ちゃんきたよ」
「お、次はネコメちゃんか」
ネコメはパタパタと脱衣所に入り込んでいく。少し緊張しているようだが……
程なくしてパタンと扉の閉まる音が鳴った。
「お兄ちゃん入って良い?」
「ドラム缶が少しネコメちゃんには深いかもだから、ゆっくり気を付けてね」
「うん」
注意通り静かにゆっくりと入ったのか音がしない、大丈夫か?
「ネコメちゃん大丈夫かな?」
「うん、大丈夫」
返事があった、良かった。
「お兄ちゃん凄いね、こんなお風呂作って」
「いや、これは皆が助けてくれたからだよ」
「私も?」
「もちろん」
「えへへ、嬉しい」
ネコメは口数少なく自信無さ気にしてしまうが感情表現はしっかりしている、縁には可愛らしい妹のように感じネコメも自身をお兄ちゃんと慕ってくれる。
「ネコメちゃん、あれからネットの調子とか大丈夫かな?」
「うん、ちゃんと動いてるしお掃除の時は線に気を付けてる」
「良い事だ……ネコメちゃんはネット繋いで、その何してるの?」
少し不思議に思っていた事を聞いてみた、ネコメのような世代の子が一人で幽荘のようなとこで生活をしている。
側からみれば異様に思えてしまうのだ。
「最近は学校のオンライン授業に出たりしてるよ」
「学校……オンラインで受けれるんだ」
「うん、ちゃんと単位取り切れば高校卒業の資格貰えるの」
「頑張っているんだねぇ、俺も頑張らないと」
「えへへ、お父さんとお母さんは亡くなってるけど皆が居るから頑張れるの」
縁はドキリと身を固めた、あまり触れないようにしていたがネコメにはやはり親が居ないと思い知る。
「そっか……本当に頑張ってるよネコメちゃんは」
「うん、私卒業したらもっと勉強して幽荘の管理人さんになるつもりなの」
「え?ここの管理人……?」
「それまで資格も取らなきゃいけないけど、外の世界にも目を向けるんだって、狐音さんがオンライン学習を勧めてくれたんだよ」
「そうなんだ、狐音さんはびっくりするような事が多いなぁ」
「狐音さんは皆の事を大事に想ってる」
「うん、俺もそう思うよ」
「だから狐音さんみたいな大人になりたい」
「そうだね、それならまず高卒資格からだ、俺も頑張るから競争だね」
「うん!あ、もう上がって次の人呼ぶねお兄ちゃん」
「ああ、ありがとう」
壁越しに鼻歌が聞こえる、どうやらネコメは上機嫌な様である。
しかし、意図せずに知ってしまったネコメの両親の事は皆知ってる事だったのだろうか。
ネコメ自身は受け入れた状況で前を向く姿勢であったが。
こんな時上手く励ましてやれない自分に情けなさを感じる縁であった。




