膝枕
「目」の騒動翌日、縁はユウメに膝枕をされ頭を撫でられていた。
何故こんな事になっているのか?
時は戻り昨日の温泉掃除後に遡る。
——「ふーっ、結構重労働だな」
住人用の小さな温泉ではあるが、皆で入れるくらいには入浴スペースがある。
湯抜きにデッキブラシで全体磨き流して湯を張る、これがなかなか時間のかかる事で住人もいつ入るかランダムなのだ。
うっかり誰かに鉢合わせれば、もうそれは裸の女性の誰かしか居ない状況なのだ。
湯が溜まりだし縁はこのまま入ってしまおうと周りを確認して服を脱いだ。
幸い人の気配も無い、タイミング的にはバッチリな時間だ。
自ら清掃したての一番風呂に入り一息吐く。
「あの目はなんだったんだろうなー……」
ぼんやりと気にはなるが、過去の事だったように薄れていく。
ユウメから貰ったお香の効果か、温泉掃除に勤しんだ疲れか、温泉に浸かる気持ち良さからかどうでも良くなってきている。
チャプンチャプンと音がする、溜まっていく湯の波が心地良い……
「ところで管理人さんとはまだお話出来てませんでしたわね〜」
ぼんやり湯に溶けていた縁はその声がユウメだと認識していたが「はあそうですね〜お話したいです」と気の抜けた返事をして……飛び上がった。
「ゆ、ユウメさん!?」
「あらあらまた驚かせてしまいましたか?いけませんわねぇ」
この温泉は混浴率が高い!いや、自分しか男が居ないので自分だけがそうなるのだが……
意図せず視界に入ったユウメの身体はまた美しいの一言であった。
出るとこ絞る所に肌の綺麗さが宝石を思わす。
しかし管理人として社会的制裁を受けるのは勘弁だ、縁はすぐさま振り向き後ろを向いた。
「ゆ、ユウメさん!すいません!み、見てないです!」
「うふ、別に温泉なんですから皆裸ですわよ」
「いや、でも……」
「それとも私みたいなおばさんじゃ見苦しかったかしらね」
「そんな訳……!綺麗すぎて見れないと言うか……」
自分で何を言い出してるのかとは思ってるが実際綺麗で眩しすぎるのはあった。
「あらあら嬉しいですわ〜若い子に褒められたわ〜」
ジャブジャブと何か近くなってくる気配が背後からする、このシチュエーションは以前にもあった。確か初めて温泉入った時の狐音だったか……
となればマズイ気しかしない、ここのお姉さん住人達は少し距離がおかしいところがある!
「ユウメさん!近く来てませんか!?」
「あら?バレちゃいましたか、狐音姐さんみたいにはいかなかったですね」
……え?なんで知ってるの?
「まあ良いでしょう、ところで私とお話したかったのでは?」
「いやここで?」
「温泉でお話楽しいですわよ、たまに皆でお話会しますもの」
うふふと艶やかな笑い声が聞こえてくる、ザブンと音もしたので湯に座り浸かったのか。
「管理人さんとはお仕事でお会い出来てませんでしたからね」
確かに初日から時間が経っての再会だ、よろしく無い状況かもだが良い機会ではある。
「じ、じゃあユウメさんはお仕事と聞いてましたが何されてるんですか?」
後ろを向きながら聞いてみる。
「あら?皆言ってなかったんですね、私モデルなんですよ〜この数日はニューヨークに行ってまして」
え?本当に本物モデルなのか?
「ニューヨークに行って帰って来て入浴ですよ、おほほほ」
……お?何言ってんだ?とりあえず長湯で緊張し過ぎたせいでふらついてきた。そろそろ出ないとマズイ。
「とりあえずのぼせちゃうんで僕先に上がりますね……」
「あらあら、大丈夫ですか?連れて行きましょうか?」
「余計ダメです!」
クスクスと笑われながら、なるべく見えないような姿勢で温泉を後にした。
部屋に戻ったら気疲れからか睡魔に襲われる。
「エライ目に遭った……」
縁はそのまま眠りに落ちた。
——覚えてるのはここまでであった、目が覚めだした時頭がとても柔らかく良い香りがする物を枕にしていて頭を撫でられる落ち着きを感じていた。
「お目覚めですか?」
その声で我に返った、間違いなくユウメであり膝枕と頭を撫でられていた事に気付きだす。
「ユウメさん!?あれ?なんで?」
「昨日温泉から出る時フラフラでしたので様子見に来たんですよ〜可愛かったので頭撫でちゃいましたが」
とんでもない美人モデルの膝枕と頭撫でなんて幸せではあるが、若干自室に入ってきている事の方が怖く感じる。
「私もまだお話したいなって来ちゃいましたのよ」
(この人はこれまでで一番距離感がおかしいかもしれない)
悪意を感じない純粋さで動いているのを感じる。
「あのユウメさん……?もう膝枕大丈夫です、大丈夫です……」
撫で撫でされながらの膝枕が恐ろしく心地良いがダメになりそうな気しかしない。
「あらあら、残念ですわね楽しいのに」
眩しい程の笑顔で見下ろされる体勢は本当にダメにされそうだ、慌ててその場から移動した縁は言う。
「だ、ダメですよ無闇矢鱈とこんな事しちゃ……」
「だってぇ管理人さんが可愛いんですもの〜」
全く悪びれないどころか追いかけてくる様に、にじり寄ってきている。
「と、とにかく元気になりました!ありがとうございます!終わりです!」
「残念ねぇ、ねぇネコメちゃん?」
ネコメ?何故ネコメの名前が?
ユウメの視線は玄関に向けられている。
「……大人の遊び」
玄関の隙間から覗いていたらしいネコメボソッと呟いて自室へ走って行ってしまった。
勘違いしか与えてない!妹みたいな子が誤解している!
「ネコメちゃんには刺激が強かったかしら?」
「変な事になってます!」
このやり取りも楽しそうに笑い流すユウメは座り直して縁を見る。
「まあおふざけはここまでで……お話しませんか」
いきなり切り替えたユウメに戸惑う。
「話って」
「管理人さんとして私の事知りたいんですのよね?」
ニコリと笑ってユウメは手招きをした。近くに来いと言う事か?
少し悩むも話はしてみたかったので機会としては良いだろう。ちょっとだけ距離を詰めて縁も座り直した。
いざ、話してと言っても考えがまとまっていない。
縁は悩んでいたがユウメからポツリポツリと語りだした。
「私は狐音姐さんの次に幽荘に居着いて長いんですわよ、皆いい子でお仕事応援してくれて幸せですわ」
仕事、モデルさんの事だろうか。確かに改めて見ても日本人と思えないような顔の整い方にブロンドの西洋美人と言った感じがある。
「私ハーフなんですの、日本とフランスですけどフランスが濃く出てるようで顔立ちが違うでしょ?」
感じた事をそのまま言語化されたが納得できる。
「なんでまたモデルさんが……こんなとこに?」
幽荘は正直言って辺境の山の中でポツンと建つ古いボロアパートである。そんなとこに似つかわしくないユウメは何故?
「ん〜街は騒がしくなるし、ここが本当に好きなんですよ〜住んでる子達も可愛いし管理人さんも来たし」
人の多い所に住むのは合わないと言う事か、確かにユウメのような人が近所に居るとなれば騒ぎにならずとも注目は浴びるかもしれない。
「子供の頃から付き合いのあった狐音姐さんにお誘い頂いて幽荘に来れたのですよ、ここは縁が無いと来れない場所ですからね」
確かにツテが無ければこんな所に住もうとはならないが……
「管理人さんもお名前が縁だし、縁があってお付き合いさせて貰える事に感謝しておりますよ」
そう言われたら悪い気はしないが……
「ユウメさんはお仕事で長く空ける事あるみたいですけど管理しとく事とかありますか?」
管理人として現状を知ったならば、何か仕事があるかもしれないと聞いてみた。
「そうですね〜じゃあ私が遠方から帰ったらお酒呑みましょ〜」
うーむ、そう言う事じゃ無いのだが……ユウメはウキウキしてるので断りも出来ない。
「そんなんで良ければ……」
「やったぁ〜お酒呑みが狐音姐さんとスズメちゃんがたまになんで寂しかったんですよ」
「まあ僕強くは無いですが……お仕事はまたすぐあるんですか?」
「しばらくはオフなんで家に居ますよ、これを機にもっと管理人さんと仲良くなりたいですわね〜」
しばらくはお話の機会が訪れそうだ、温泉でのステルスアタックだけには気を付けなければ……
「あら、もうこんな時間寂しいですが用事があるので一旦帰りますわね」
「あ、はいありがとうございます」
「それじゃあ失礼致しますわ〜」
風のように颯爽と去って行った、帰る場所はこの部屋の隣だが……しばらくは騒がしくなるかもしれない。
ユウメの事は少し知れたものの、いかんせんペースを掌握され過ぎてて核心に迫れてない気持ちもある。
「あ!ネコメちゃん!」
誤解をされたまま帰ったネコメの存在を思い出し、慌ててネコメ宅に向かう。
コンコン
ネコメ宅をノックし、ゆっくり扉が開いたが半開きのまま目だけこっちを見ている。ジト目でネコメは言う。
「朝からお兄ちゃん大人の遊びしてた」
そんな腫れ物みたいに見られながら言われると、胸が痛む。縁は何もしてないのがより一層ダメージを与える。
「俺何もしてないから、ね?ね?」
なんだか非常に情けない姿だ、何故こんな事になったのだろうか。
「……まあ良い、入ってお兄ちゃん」
弁明するだけだったが部屋に招かれた、許されたのだろうか?いや、許す許さないと言った事はしてないのだが。
数日ぶりに入ったネコメの部屋は相変わらずのパソコン主体にレイアウトされた部屋だ、変わった事と言えば替えてあげた照明が部屋を明るくしているくらいだろう。
「ん、ここ」
ぽんぽんとゲーミングチェアを叩いている、座れと言うのか。
促されるままに静かに座りどうすれば良いか迷っていたら……
何も言わずにネコメは膝にちょこんと座った。
「ネコメちゃん!?」
「これが大人の遊び?面白いの?」
小さな女の子が身体を預けて上に座られる、そんな経験が人生で起こるとは……
しかし、混浴も膝枕も頭撫でもされてるので思い出し振り払う。
「いや、あのネコメちゃん……あまり宜しくないかと」
「ダメなの?」
上体を逸らしながら上目遣いで見てくる少女の破壊力が高い。
「あ、いえ大丈夫です……」
縁はもう抵抗する気は無く身を任せる事にした。
なんとなくネコメは上機嫌な気がする、楽しいのだろうか?
お互い喋らず同じ椅子に座る状態のまま……
バタン
「ネコメ悪いけどプリンターの……」
「……」
「……」
くっついて座る縁とネコメ、そこにやって来たヘビメ。三人の重く静かな時間だけが流れ……
バタン
ヘビメは静かに扉を閉めて帰って行った、何も言わず……
「ヘビメさん待って!誤解だ!」
きょとんとしながらちょこんと座るネコメを抱き下ろし、今度はヘビメの誤解を解きに走り出す。
(今日はもうわけわからないよ……)
ヘビメにはしっかりジト目で見られながら弁明をして、渋々受け入れられたようだが「アンタいつか社会的に死ぬわよ」と言われてしまった縁であった。




