3-3:不快な輪唱
翌日、大学の事務室の空気は、前日にも増して常軌を逸したものに変わっていた。
三嶋は、夢の恐怖と焦燥感で一睡もできないまま、重い足取りで出勤していた。
頭が割れるように重く、視界の端がテレビの砂嵐のようにチカチカと明滅している。
そんな三嶋の前に、白井と加瀬が、今日も当然のようにあの黒い本を囲んで座っていた。
2人の様子をデスクから観察していた三嶋は、ある決定的な、そして生理的な嫌悪感を伴う異常事態に気づき、ノートを持つ手が震えた。
2人の会話のテンポ、口調、声のトーン、そして細かな動作が、まるで1本の見えない糸で操られている操り人形のように、完璧に同期していたのだ。
白井がコーヒーカップを持ち上げるのと、加瀬が手元のノートのページをめくるタイミングが、ほんの一瞬のズレすらなく、完全に同時に行われる。
そして、白井が「この頁の文脈は……」と発言すると、加瀬が同時に、全く同じ声のトーン、同じイントネーション、同じ呼吸の長さで「……非常に深いですね」と言葉を繋ぐ。
その様子は、2人の個別の人間が対話をしているというよりは、1つの巨大な怪物が、2つの肉体という端末を使って交互に喋っているかのような、おぞましい均質さを感じさせた。
個性というものが、そこからは完全に削ぎ落とされていた。
「……なぁ、白井、加瀬」
三嶋は、耐えかねて掠れた声で話しかけた。自分の声が妙に遠く聞こえる。
「お前ら、自分で気づいてないのか?
さっきから、口調や動きが全く同じだぞ。まるで、お互いの境界線が消えて、混ざり合ってるみたいだ」
白井と加瀬は、同時に首を右に正確に15度傾け、全く同じタイミングで瞬きをした。その動きがあまりにも機械的で、三嶋の鳥肌が総立ちになる。
「混ざり合う? 何を言っているんだい、三嶋」白井が言う。
「混ざり合う? 何を言っているんですか、三嶋さん」加瀬が、全く同じ速度で追随する。
「それの、どこが異常だと言うんだい?」
「それの、どこが異常だと言うんですか?」
2人の声が、狭い事務室の中で綺麗にハモり、共鳴し、三嶋の鼓膜を不快に揺さぶる。
「ほら、それだよ! 今の、同時に同じことを言うのだって、普通じゃないだろ!
2人の人間が同じ思考になるわけがないじゃないか! いい加減に目を覚ませよ!」
三嶋が耐えかねて声を荒らげると、白井と加瀬は、同時に冷たい、感情の排した失笑を漏らした。その笑い声の波形までもが、奇妙に調和していた。
「僕たちは、ただ、正しい言語を共有しているだけだよ」
白井が、本に視線を戻しながら淡々と言った。
「私たちは、ただ、正しい真理を共有しているだけです」
加瀬も、全く同じ手つきでペンを握り直す。
「同じものを正しく読めば、思考が1つに収束していくのは当然の帰結だ。
異常なのは、僕たちの同期ではなく、君の孤立の方だよ、三嶋」
「異常なのは、私たちの同期ではなく、三嶋さんの孤立の方ですよ。早くこちらへ来ればいいのに」
2人の言葉は、まるで鋭利なメスとなって三嶋の精神の表皮を削り取っていく。
彼らはもはや、個別の人間ではなかった。
あの黒い本という巨大な意思のシステムの一部として、人格を均質化され、完全に融合しつつあるのだ。
そして恐ろしいことに、彼らはその歪んだ精神の去勢を、至上の幸福、あるいは救済であるかのように狂信的に受け入れていた。




