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第3章:侵食 ― 同期する悪夢  作者: 都桜ゆう


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3-2:読めてしまった文字

 しかし、その断絶は、長くは続かなかった。怪異は、外側にいる人間をいつまでも放っておいてはくれないのだ。


 その日の夜、三嶋は自宅の自室で、人生で最も酷い悪夢にうなされていた。


 全身を冷たい脂汗が濡らし、金縛りに遭ったかのように指一本、発声器官一つ動かすことができない。


 呼吸をするたびに、肺の奥にあの地下資料倉庫の、カビと有機物の腐敗臭が混ざり合ったような澱んだ空気が満ちていき、溺れそうになる。


 気がつくと、三嶋は果てしない暗闇の中にぽつんと立っていた。


 上も下も、壁も床もわからない、光が一切届かない絶対的な虚無の空間。

 

 ただ、耳の奥で、無数の人間の爪がコンクリートの壁をカリカリ、カリカリと執念深く掻きむしるような、不快な雑音が絶え間なく響いている。


 その暗闇の向こうから、じわじわと、あの本に書かれていた赤黒いインクの色をした記号が浮かび上がってきた。


 それは、これまで現実のページで見たどの文字よりも歪で、尖っていた。文字たちは互いの端を噛み合わせ、あるいは肉を抉り合うようにして、暗闇の中で一本の、上へと続く階段のような構造を形作っていった。




ʃ̇ɰ̄

 ʔ̦ɬ̥ʃ̇

  ɤ̽ʑ̥ɰ̄

   

 階段状に並んだその三行の記号を見つめた、まさにその瞬間だった。


 三嶋の脳内に、激しい落雷のような、あるいは熱湯を直接脳組織に注ぎ込まれたかのような、凄まじい衝撃が走った。


 脳のシナプスが強制的に組み替えられるような感覚。


(あ……あぁ、そうか……! そういうことだったのか……!)


 驚くべきことに、そしておぞましいことに、三嶋の頭の中に、その文字の意味が直接流れ込んできてしまったのだ。


 それは音としての言葉ではない。文法を論理的に紐解くようなプロセスでもない。


 意味そのものが、濁流のような圧倒的な質量となって脳の神経細胞へ直接注ぎ込まれ、彼のこれまでのすべての知識を上書きしていく感覚だった。


 上の段の文字が何を拒絶し、中段の文字が誰の名前を呼び、下段の文字がこの世界をどのように終わらせようとしているのか――その冷酷で絶対的な論理が、三嶋の精神のすべてを満たした。


 それは底知れない恐怖であると同時に、脳が破裂しそうなほどの万能感でもあった。


「読める……。俺にも、読めるぞ!

 これが、これが白井たちの見ていた世界なのか!」


 夢の中で、三嶋は狂喜にも似た絶叫をあげた。

 自分もついに、白井や加瀬と同じ内側の世界へ行けたのだ、もう孤独ではないのだという、異常な昂揚感が胸を支配した。


「――はっ、が、っ!!」


 激しく身体を跳ね上げ、三嶋はベッドから飛び起きた。


 時計を見ると、午前三時十五分。

 外では、天気予報になかった激しい雷雨が、窓ガラスをバラバラと破壊せんばかりの勢いで叩きつけている。


 全身がシーツを絞れるほどの不快な汗で濡れていた。

 三嶋は荒い呼吸を繰り返しながら、今しがた夢の中で完璧に理解したはずの文字の意味を必死にノートに書き留めようとした。


「あの文字の意味は……上が、拒絶で……真ん中が……真ん中が、確か、俺の……」


 しかし、次の瞬間、三嶋の全身の血の気が一気に引いた。


 目覚めた瞬間には確かに脳内に存在していたはずの、あの圧倒的な意味が、砂漠に熱湯を撒いたかのように、急速に指の隙間から零れ落ち、蒸発して消えていくのだ。


 いくら記憶の糸を遡ろうとしても、あの階段状の記号の形は鮮明に脳裏に焼き付いているのに、それが意味していた内容だけが、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗に消去されている。


 頭の中に残されたのは、ただの無意味で歪んだ記号の冷たい残像と、それを一度は完全に理解してしまったという、底知れない精神的恐怖の余韻だけだった。


「俺は……今、夢の中で、何を読まされたんだ……?」


 三嶋は、自分の両手を見つめながら、ベッドの上でガタガタと震えが止まらなかった。


 本の侵食は、彼が眠っているという無防備な時間を狙って、その精神の防壁を内側から食い破り始めていた。


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