令嬢Part4 トライアングル・チョーク
エメリに向かって放たれたのは、空中からのドロップキック。
重厚な宝箱の質量をも加わったその蹴りは、そのまま防御していた腕に突き刺さる……ことはなかった。
「ガッ……!?」
宝箱の男から苦悶の声が漏れる。
その胸には、鮮明な拳の跡。
「即席のカウンターだけど……うまくいったか?」
あの時……エメリはキックに対して90度横を向き、
相手の蹴りが当たると同時に、その勢いを利用し回転。
そのまま腕のガントレットによる一撃を叩き込んだ。
騎士団長直伝の一撃が、男の動きを止めた。
「だが……ぐっ……」
エメリの左手に鈍い痛みと痺れが走る。
(掠っただけでこれか……おそらく強化系のスキル?)
「大丈夫なん!?」
ヒロミが声をかける。
「ヒロミ!彼はもう大丈夫なのかい?」
「うん……すぐに気を失ってしまったけど、何とかなりそうよ」
その言葉を聞き、エメリは安堵の息を漏らす。
だが、以前目の前の脅威は健在。
むしろ反撃されたことへの怒りからか、より怒りを増しているように感じられる。
「でもどうするんですの?このまま見逃してくれる……って雰囲気でもないでしょう?」
目の前の宝箱の男の息は荒い。
何故かジョゼフィーヌを目の敵にしており、更にエメリの攻撃も受けた。
もはやただでは帰してくれないだろう。
「二人とも……僕にアイデアがある。乗ってくれ」
エメリは冷静に、そう言い放った。
「……分かったわ。うちにはどうすればいいか見当もつかんけんね」
「この田舎娘と同じ意見なのは癪ですけれど……私も賛成ですわ。
それでエメット。私たちは何をすればよろしいのかしら?」
二人の賛同を得、エメリはこう言った。
「二人は奴の動きを止めてくれ。その隙に僕が、奴を絞め落とす」
*
「ん……?」
瞼が開く。
俺は確か……あの宝箱の野郎に襲われて……
「……!!」
パッと飛び起きる。
目の前には、一定の距離を保ちつつ対峙する宝箱の男とエメリ。
今思い出した。俺はあの男に……父を奪った男に、助けられているのだ。
(クソ……結局お前に助けられるのかよ……)
奥歯を噛み締める。
サエリは痛む体を壁に寄りかけながら、心の中でそう呟いた。
(にしても……どうするつもりなんだ?奴は攻撃しても『痛がるだけ』だ。俺が剣で切り付けてもダメージは無かった。あいつもそれは分かってる筈だ……)
そう思っていた瞬間、事態が動く。
「『アイテムスロー』!」
緊張を破ったのは、ヒロミ・クワザワのスキル。
『アイテムスロー』──原作においては部活イベントで入手──は、その名の通り、投擲のスキル。
その場に投げ込まれたのは。
「コンナモノッ!!」
投げられた球は宝箱によって振り払われると思われた。
だが。
「そうすると思ってたよ!」
「ッ!?」
破裂。
中から溢れ出すのは、魔術的要素を持った煙……即ち煙幕。
「ゲホッ……!何処ダ!何処二消エタ!?」
男は宝箱を振り回し、煙を吹き飛ばそうとする。
だが、魔術的な煙が物理的な力で消し去れるはずもない。
その背後に、一つの影。
その影は、ひとしきり男が暴れた後──突進。
その無防備な背後にタックルを……
「!ソコカッ!」
男は宝箱を力いっぱい振るうが、空を切る。
ふと、顔に何かがつく。
「……水?」
「……ええ。それは、私が作った水のダミーですわ」
煙が晴れる。目の前には、煙幕を投げた女と、憎い、あの女。
「キサマ!貴様ハマタ俺タチカラ奪ウノカ!?」
「誰と勘違いしてるのか知りませんけど、私とあなたは初対面ですわ。
それと、私にだけ集中していてもいいのかしら?」
「ッ!?」
ハッとした宝箱の男は、周りを見渡す。が、誰もいない。
いや、一つ見ていないところ……上だ!
「残念もう遅い!」
目の前に着地。男の脇の下に左手。
「ッグッ!?」
そのまま崩れた背中に左足。
そしてそこから、逆方向に回転を加えつつ右足で首を挟み込む。
全体重を掛けた頸動脈の圧迫……所謂、三角締めである。
「グッ……ガッ……!!」
「師匠から教わってたんだ!『打撃の効かない相手には締め技』ってね!!」
*
「よし!ではそれぞれ捜索!発見でき次第撤退だ!」
その時、騎士団長マーシスウィリーは四階層に仲間たちと到達していた。
順調だが、何かが引っかかる。
途中で生徒を見つけ、彼からまだ四人ほど取り残されているとは聞いている。
変異種に見つかる前に早く見つけなければ……
「団長!」
「どうした!?」
兵士の指す先には光がさしており、よく耳を凝らすと誰かが争う音が聞こえる。
「よし!今行くぞ!」
マーシスは駆ける。
子供が死ぬ。その最悪の事態だけは避けなければならない。
「師匠から……効かない……」
どこか聞き覚えのある声。まさか?
嫌な予感がしつつ、部屋に突入した。
「父さん……?」
「師匠……!」
そこには血を流し壁にもたれかかる息子サエリと、
謎の人物に三角締めを極める弟子、王子エメリがいた。
*
部屋に入ってきた男と、その集団。
「マーシス先生!よかった、間に合ったんね」
「君は……確かヒロミ君!」
ヒロミがマーシスに声を掛ける。
未だ三角締めは決まってはいるものの、墜ちてはいない。
「こいつ……どんだけタフなんだ!?クッ…!」
「グウウウウウウ!!」
暴れている宝箱の男。転げまわり、エメリの三角締めから逃れようとしている。
「……確認しよう。あの絞められているのが、『敵』なんだな?」
その言葉に、ジョゼフィーヌとヒロミは静かに頷く。
「よし!全員取り囲め!目標はエメリ王子が絞めているあの男!」
マーシスの号令に、ついてきていた六人の騎士がエメリごと周囲を取り囲む。
「師匠!?危険です!こいつが墜ちるまでは近づかないで……!」
「そうはいかん!私に代われ!」
手を伸ばすが、なかなか暴れているため介入できない。
「ガアアアアアアアア!!」
「仕方ない……!全員突撃!エメリ王子を救え!」
その言葉を理解したのか、更に暴れだす宝箱の男。
(このまま近づかれたら彼らも巻き込まれてしまう……!何か……何かないのか!?)
「やああああ!!」
兵士の一人が槍を持ちながら突撃。
だが悲しいかな。そのタイミングで三角締めは力によって無理やり解かれ。
哀れこの兵士は、宝箱の錆になってしまう……
「……もう止めましょう」
……ことはなかった。
「くっ……誰だ……?」
落ち着いた男の声。
それは、エメリの声でも、サエリの声でもマーシスの声でも、ましてや兵士たちの声でもない。
声のした方に全員の視線が集まる。
「宝箱……?」
喋っていたのは、男の持っていた宝箱そのものだった。
「騎士団の皆さん。あなた達が探していた変異種は私のことです。
どうか双方、矛をお納めください」
金銀の装飾が施された蓋が、言葉の度に不気味に上下する。
全員が呆気にとられている中、一人だけ……その宝箱を振り回していた男だけが言葉を発した。
「兄サン……」




