令嬢part5 ミミック
それは、十年前の惨劇から始まったことでした。
私……見ての通りミミックですが、何の因果か人の知能とスキルを持って生まれてきました。
まあ、それだけならよくある話だと聞きます。
拾った本で人間の世界を知り、深い興味を持ち、空想して過ごす日々。
ただし、その日は事情が違いました。
「う……うぅ……」
私たちの迷宮に、一人の少年が迷い込んだのです。
当時はこの迷宮は探索があまりなされておらず、警備隊も少なかったのでしょう。
大きな怪我は負ってはいないものの、瞳には暗い絶望が写り、茫然自失といった有様の彼は四階層の獣に食われる運命でした。
「大丈夫ですか!?」
そこに私がいなければ。
それから彼と私、そして私を生んだ父と母ミミックの生活が始まりました。
彼は何か強いショックを受けたのか、名前含むすべての記憶を失っており、私が言葉を教えました。
彼の喋り方が少し片言に聞こえるのは、私の教え方が悪かったのでしょうね。
そんなこんなで、彼はいつしか家族……私の弟になりました。
ミミックが雑食だったのが功を奏したのか、はたまた彼の身体が適応したのか……私たちはこのダンジョンの暗闇の中で平和に暮らしていました。
……あの時までは。
*
無邪気な笑いが響く。
白い少女の腕から赤い血が滴る。
「うん!なかなかミミックの血ってさっぱりしていていけますわね!」
その少女は私たちの父と母の血を啜り、無邪気にそう言い放つ。
「キサマァァァ!!!」
激昂した弟が、スキル『メタル』を使用し硬化した私を武器に、少女に飛び掛かる。
だが、その攻撃は無情にも、片手で力なく受け止められる。
「ん……ちょっと待ってて頂戴ね。後であなたたちもおいしくいただくわ……」
少女は私たちには目もくれず、そのまま塵芥のように片手で投げ飛ばす。
勢いよく壁に叩きつけられ、口から血が漏れる。
(なんなんだこいつは……!!何もない虚空から急に表れて父上と母上を手にかけて……!!)
「ん……意外とメスの方が渋みが薄いわね?」
少女は私たちに興味を示さない。ただミミックの死体を「食している」。
「ウウウウウ!!」
「落ち着け!私たちで立ち向かえる相手じゃない!」
「デモ!父サント母サンガ!!」
確かに弟が言うことも最もだ。
勝てないからと言って父母を見捨てられない。それにこのままでは、次に襲われるのは私たちだ。
「……はぁ?帰れ?」
不意に少女が口を開いた。その口調には明らかな苛立ち。
「今私は食事中……え?グレゴリーの奴が目覚めた?はぁ……仕方ないわね」
仲間に呼ばれたのか、何か問題が発生したのか。
そう言うと少女はぴたりと動きを止め、こちらを振り返る。
「!」
「そのように警戒しないで。用事が出来てしまってあなたたちのことを食べられないことになったの。ごめんなさい」
そういうと、少女はぺこりと頭を下げる。
……本当に何なんだ?
「ダンテ!門を開けて頂戴!!」
そういうや否や、少女の背後に禍々しい門が開く。
間違いない。この空間に現れた時と同じプレッシャーだ。
「では、お二人とも。
……お粗末様でした!」
*
その過去に、全員が聞き入っている。
「その瞬間、彼女は消え、場所には父母の遺体だけが残りました。
本で学んだ人間の葬儀のやり方に従い、箱の中に残った肉を詰め安置していたのですが……」
男の目線がサエリの方向に向かう。
「……」
「サエリ……お前何をしたんだ!?」
マーシスは息子サエリに詰め寄る。
自らの息子が、禁じられた階層に潜った挙句王子含めた全員を危険に晒した。
自分の息子だからといって許せることではない。
「父さん!僕はただ……!」
「黙れ!」
「……確かに、サエリを襲った理由は分かった。だが、一つ分からないことがある」
怒りが張り詰める空気の中、エメリは気になっていたことを質問することにした。
「なぜ、ジョゼフィーヌを執拗に狙っていたんだい?君の話なら、彼女は関係ないわけじゃないか」
その言葉に、一同が共感を覚える。
その話では、家族の遺体に触れたサエリはともかく、ジョゼフィーヌに深い敵意を持つには至らないはずだ。
「ああ。それは……」
ミミックの言葉を、男が手で制した。
「弟……?」
ミミックの弟は深く息を吸い込んだ後、ジョゼフィーヌに向かって言葉を放つ。
「オ前ガ、オレタチヲ襲ッタアノ女二……ソックリダカラダ」
「それはどういう……?」
ジョゼフィーヌが尋ねようとした瞬間。
地響きとともに、空気が震える。
「!?師匠!これは!?」
「この音……まずい!『階層崩壊』だ!」
階層崩壊。文字通り、階層が崩壊し消えてしまう現象。
原因は定かではないものの、主に強い魔力の衝突などが呼び水になるとされる。
このダンジョンにおいても二度発生しており、結果地上の二階が完全に地下に埋没した。
「階層崩壊!?なぜ急に……!?」
「わからん……とにかく総員退避!階層に潰されるぞ!」
マーシスはそう言うと、即座に魔道具を使って全階層の騎士に通達。息子サエリを背中に背負う。
「私たちも逃げますよ!」
「デモ……父サンタチハ……?」
「そんなことを気にしてる場合じゃない!私たちも潰されるぞ!」
そうこうしているうちに、部屋も崩壊していき、瓦礫が落下してくる。
「クソッ……!」
男は部屋に背を向け、駆けだした。
背後でグシャリと何かがつぶれる音がした。気にしている暇は、無かった。
*
「まだ階段につかないんですの!?」
ジョゼフィーヌが叫ぶ。
かれこれ十分ほど走り続けているが、まだ階段には遠い。
「無茶言わんといて!ただでさえ崩れかけなんやけん、そがい早ようつくわけないんよ!」
先頭にマーシス達騎士集団、その後ろに二人並びのヒロミとエメリ。そこにジョゼフィーヌが続き、最後尾に箱の男。
(こんな時でさえ、エメットは田舎娘の隣……!?ふざけないでほしいですわ!
……いっそのこと、ここで消えてくれれば……!)
そうどす黒い思考が頭をよぎったところで頭を振る。
私は何を考えた?いくら憎いからといって、死を望むなんて許されることではない。
「!ジョゼフィーヌ!」
「え?」
そう思った瞬間、誰かの叫び声と共に視界が暗転した。
*
「ん……?」
「!目が覚めたん!?」
その後の話。
私は病院のベッドで、田舎娘……ヒロミが見守る中目を覚ました。
どうやら逃げている最中に、瓦礫が頭に激突。
気絶した私を、ヒロミが命懸けで運びだしたらしい。
本当に腹立たしい。
エメットではなく、この田舎娘に助けられたことも、
瓦礫程度で気を失ってしまったことも。
そして何より、見捨てられたはずの私を助けてくれた。そんな彼女の死を一瞬でも望んだ自分が恥ずかしかった。
今回のダンジョン実習での死者は0。
マーシス団長の迅速な判断が功を奏した。
私たちを襲ったあの箱の男とあのミミックは、騎士団本部に拘留され取り調べを受けているそうだ。
10年前に失踪した人間ということで、その線で捜索を始めている。
また、彼らを襲った女──私に似ているらしい?の捜索も始まった。
通称『人食い令嬢』は緘口令を敷かれたはずだが、いつの間にか噂は下町にまで広まっている。
目撃例も出ているそうだが、実際はどうか定かではない。
まあ、ともかく。
わたし達のダンジョン実習は、このようなお粗末な形で幕を下ろすことになった。
今思えば、この時から着々と運命は狂い始めていた──のかもしれない。
*
「……異常が、調べた情報だ」
暗い小屋の中で、数人の男が密談を交わしている。
「……なあ。そろそろ教えてくれよ。次にリーダーになる奴の名前を。
というか本来はおまえがやるべきなんだぜ?」
報告をした男に対して、問いかけられた男は静かに口角を上げる。
「……半年後には、分かるようになるでゲスよ。
それに、オイラはその器じゃないでゲス」
アルセーヌ盗賊団副リーダー・ナナシは、そう呟くのだった。
ジョゼフィーヌ追放及び襲撃まで、残り半年。




