山賊其の伍 首領
夢を見た。
だだっ広く広がる一面の田んぼの緑。俺と親友の幹太が高校から下校している。
「なぁ。俺らももう一年で卒業よな。弘道は進路どうするん?」
「うーん……まだあんま決まっとらんのよな。とりあえず大学には行こうと思っとる」
俺は答えた。
不意に、空を飛ぶ鳶の影が、太陽を一瞬隠す。
「そうか……じゃあ約束」
「約束?」
「うん。いつか、大学卒業して、ここに戻ってくるときには……」
人間は死の淵に走馬灯を見るというが、それは生き残るための手段や過去の未練を映し出しているらしい。
では、この景色は?
*
「う……」
暗闇。目を開けても、何も見えてこない。
どうやら俺はどこかに寝かされているらしい。
目を擦ろうとすると、布の感触がする。身体中に包帯の窮屈な感覚がある。
ゆっくりと包帯をずらし、最低限の視界を確保した。
「……ここは……洞窟?」
目の前に広がるのは一面の岩肌と、取り付けられた通風孔とドア。
少年ナナシの記憶から、ここがもともと根城にしていた洞窟だということは分かった。
「……誰か来る?」
コツコツという音が響く。何かで武装しようとするが、手の届く範囲には何もなく、また体の痛みから立ち上がることもできない。
「お……目が覚めたのかい?」
「……チヅ婆?」
ドアから入ってきたのは、この盗賊団の最長老。
ご意見番のチヅ婆だった。
この盗賊団には、三つの班がある。
一つ、襲撃・略奪を行う戦闘班。
先日壊滅したが、アラグが率いる武闘派集団であった。
二つ、拠点の守備を行う防御班。
負傷が原因で戦闘班からリタイアした者や、まだ力不足と判断された者が属する。
三つ、支援班。
チヅ婆率いる集団で、文字通り物資の生産管理や、スキルを使った後方支援が主な役割だ。
特にチヅ婆のスキルによる予知は精度が高く、先頭班の指標となっていた。
以上により構成されていた盗賊団だったが、戦闘班の壊滅──後の黒傘事件は、残されたメンバーにとって大きな障害となった。
「ほれ、ついておいで。歩けない怪我ではないじゃろう?」
「チヅ婆……俺は一体……?」
チヅ婆はその言葉に驚いたような顔をした後、こちらに向かって言葉を紡ぐ。
「なんじゃ覚えとらんのかえ?お前は襲撃の跡……
たった一人命からがら助かったんじゃよ」
*
「むぅ……」
洞窟奥の大広間。かつてアラグによって作戦に使われていたこの空間は、主人無き今、二人の男が占拠していた。
片方は義足、義手の男。防御班隊長『フック』のジェームズ。
「アニキ、これから俺らはどうなるんだ?」
そのジェームスに声を掛ける騎士風の男。その片手は鉄の義手である。
人は彼を『無誇騎士』ゲットと呼ぶ。
「どうするって……何が言いてえ?」
「だって俺たちはアラグの野郎に負けたから、この盗賊団にいるんだろ?
でも、あいつはもういない……だったら、俺たちがここにいる理由なんてないんじゃないか?」
「ハッ!お前は相変わらずアホだな!」
ジェームズが悪態をつく。
ゲットの問いなど、そんなことは十も承知だ。だからこそこの盗賊団で策謀を巡らせてきたのだ。
「いいか?俺はな……今日この拠点に爆弾を仕掛けてきたんだ」
「ば、爆弾!?そんなもん使ってどうすんだよ!?」
「バカ!声がデカいんだよ!……いいか?きっとあの婆は、唯一生き残ったっていうアラグのガキを後釜に立てようとするはずだ。あいつはアラグに世話になってたからな……」
「なるほど。で、そいつをどうすんだい?」
その言葉を聞き、ジェームズから思わず笑みがこぼれる。
「フッ……そいつが俺たちのボスにふさわしくない、そう思った瞬間……」
ゲットの視界からジェームズが消え……
「ア、アニキ!?何を!?」
その喉元には、ジェームズの義手……鉤爪が迫っている。
「こいつでザックリって訳よ。そして根こそぎ宝物を回収した後、爆弾でドカンでトンズラよ!」
「なるほど!さすがアニキ!」
その時、空間の入り口の扉……防衛用の岩の扉が叩かれる。
「お、来たらしいな……いいか、気取られるなよ?」
ゲットは相槌で応える。
そのまま、ゆっくりと扉が開かれ、二人の人影が入ってきた。
「さあ、お手並み拝見と行こうじゃねえか……次期リーダーさんよ」
*
岩の扉が開かれる間、俺はチヅ婆に言われたことを思い出す。
10前のあの日。
俺はあの後、どうやら何とか命からがら一人で逃げ帰ったらしい。記憶はないが。
あの砦の生存者は俺以外にはいなかったらしい。アラグも、ザークシーも、ゼノンでさえ。
そして、その後が問題となった。
この盗賊団は、アラグのワンマンで成り立っていた盗賊団だった。
そのアラグが死んだとなったのだから、内部分裂が発生。
ほとんどの人間が団を離れ、もう100人以上いた団は今20人以下。
幹部に至ってはチヅ婆とこの先にいる二人しかいないらしい。
そして、チヅ婆はアラグの息子である俺をボスにし、その二人とこれからのことを協議するようだ。
……考えれば考えるほど、よく分からない。
あの程度でアラグが死んだことも、あの影も。
ここはゲームの世界じゃなかったのか?
同じというのにも、違うというのにも違和感がある。
「開いたよ」
そう考え事をしていると、チヅ婆が声を掛けてきた。
「いいかい?この先にいるのは防御班のリーダーと副リーダーだ。もともと別の盗賊団を率いていた二人。戦闘班じゃないからって油断しちゃいけないよ。
あいつらは私と違って忠誠心なんて一切ない……何をしてくるかわからないからね」
チヅ婆の言葉に頷く。
そうだ、ここがゲームそのものじゃなくても構わない。
一部違うところがあっても、重要人物であるジョゼフィーヌは間違いなくこの世界にいるはずだ。
そして、意図せぬことではあったが、俺は盗賊団のリーダーになれた。
だったら、やることは一つ。
ジョゼフィーヌが襲われるあの日まで、俺がこのボロボロの盗賊団を完璧にする。
そして彼女を助け、ボスの座を譲る。
それが彼女の命を助ける唯一の方法……だと思う。
「待っててくださいよ……ジョゼフィーヌ様」
皇歴495年。
ジョゼフィーヌ襲撃まで、丁度後10年を切った。




