令嬢Part3 トレジャーボックス
「これで八体目……っと!」
倒したワーウルフの牙を引き抜きながらエメリは言う。
すでにダンジョンに入って二時間が経過しており、一時間当たり四体という学生にしては類を見ないペースで攻略は進んでいる。
「ここは……行き止まりですわね」
次の部屋。辿り着いた小部屋には次の部屋に続く扉はなく、灰色の壁に囲まれている。
ただ、その足元には前哨基地の名残である、次の階層に向かう階段が続いていた。
「ここから次の階層に行けるみたいですわね。」
「ああ。でもここは既に地下三階。先生は四階には行くなと言われた。戻ろう」
そんな話をして、私たちは踵を返そうとした。
その時だった。
「助けてくれ……!」
三人が振り返る。
聞こえてきたのはか細く、また死の淵を彷徨うような、そんな声。
それだけならまだいい。いや良くはないが、連絡用の魔道具を使えばいいだけの話だ。
しかしその救難信号は階段しかない、行き止まりの部屋から響いてきた。
つまり。
「誰かが地下四階に行ってるのか……!?」
地下四階。
三階より上はワーウルフ等の小型が多い。しかしなぜか四階からはさっぱりと姿を消す。
なぜなら、上位種に捕食されてしまう『捕食域』だから。
「……助けに行こう!」
不意に、ヒロミが口を開く。
「……何を言っていますの?先生に言われましたわよね、「絶対行くな」と。
確かに心配な気持ちもわかりますわ。でも……!」
「僕もヒロミに賛成だよ」
ヒロミの言葉に、エメリは静かにうなずいた。
「エメット……あなたまで」
「あの声……かなり弱弱しかった。急いで行かないと無事じゃすまないかもしれない。それに……」
「それに?」
「僕は次期王になる男だ。助けを求めている民を見捨てるわけにはいかない」
エメリは毅然とした顔でそう言い放った。
すぐに階段の方に向き直り一段目に足を掛ける。
「ジョゼフィーヌは先生方に連絡をして待っていてくれ!僕とヒロミで何とかする!」
何なんですの!?あの田舎娘にしろエメットにしろ!私たちがやるべきことではないでしょう!?
ジョゼフィーヌは階段を下りていく二人を見ながら、そう思った。
「でも……私一人おめおめ逃げ帰るわけにはいきませんわ!」
一人で残るのは、賢い判断ではない。だがそれ以上に、あの田舎娘とエメットを二人きりにするわけにはいかない。
ジョゼフィーヌは自らの頬を叩き、その身に気合を入れる。
「しっかりしなさいジョゼフィーヌ!私はエメットの婚約者なのよ!?
あの田舎娘に後れをとってなるものですか!」
*
「クッ…ソ…!」
サエリは今にも倒れそうな体を剣で支える。
身体中には何か固いもので殴られたのだろう、痣と血が流れている。
「ウゥゥ……!」
対して反対側。
宝箱を片手に持ち、サエリに襲い掛かった男──息は荒く、しかし体に一つの傷もない。
その宝箱にはベッタリと血がついており、サエリはこれで殴られたことが分かる。
(クソ……どうなってる!?あんなデカい箱を引き摺ってるくせに、攻撃が当たらねえ…!幸いあいつらは逃がせたが……このままじゃ……!)
意識が朦朧とする。血をあまりに失いすぎた。
だが、ここで負けるわけにはいかない。あの王子だけには、負けられない。
父を奪ったあの男にだけは……!
「アアァァッ!!!」
だが無常かな。
無慈悲なことに、敵は考える時間をくれない。
「くっ……!!」
身じろぎする間もなく、はたまた人生を振り返る間もなく。
男は異様なまでの前傾姿勢から地を蹴り跳躍。
片手に持たれた宝箱……質量の塊が、目の前のサエリの頭を粉々に──
「……?」
しかし、その瞬間は訪れなかった。
ゆっくり目を開ける。
「おい……なんで……」
そこにあった、いや、いたのは。
「お前が俺を助ける!?エメリ・シーランッ!!」
憎き王子が、その攻撃を両手の小盾で防いでいるところだった。
*
ふと、昔のことを思い出した。
「今日からエメリ王子もトレーニングに参加するぞ!年が近い者同士仲良くするんだぞ!」
ある日、父が一人の少年を連れてきた。
なんでも国の王子で、体術を教わりに来たと。
「よろしく!僕はエメリ・シーラン!」
「……よろしく」
エメリの才能は、それは凄まじいものだった。
父が教えた技を、彼はすぐに習得してしまう。
「父上!今日は私に技を教えてください!」
「あー……すまん、今日は先に王子に指導してほしいと言われていてな。後にしてくれるか?」
息子が親に後回しにされる。同年代の才能ある相手のせいで。
それは、プライドの高きサエリ少年にとってどれだけの屈辱だったのだろうか。
そしてそれは、結果的にサエリに鬱屈した感情を抱かせた。
「王子は俺から尊敬する父を奪った」と。
*
「ぐっ……!」
エメリの足元に亀裂が走る。
強い。だがそれ以上に、重い。
その人間離れした膂力に押し潰されそうになる。
「ウォーター・マジック!」
「!」
不意に、部屋の入り口から水の球が飛んでくる。
宝箱の男は野生の獣のような反射神経でそれを感じ取ったのか、地面を蹴り三歩後退。
「ジョゼフィーヌ!」
「間一髪でしたわね……」
入り口からエメリに後れ、ジョゼフィーヌ、ヒロミが入室。
「がいに広いとこやね。見た感じ、あんたがサエリよね?」
サエリはその言葉に少し驚くものの、すぐに理由を察する。
「そうか……あいつらが助けを呼んだのか……」
「動かんとって。今治療するけん」
ヒロミが鞄から包帯を取り出し、サエリの傷を手当てする間、
エメリはジョゼフィーヌと共に、敵に相対していた。
「……さて。我が名はエメリ・シーラン!この国の王子にして、次期後継者!
貴殿も戦士だというのなら名を名乗られよ!」
敵に対して何を言っているのかと思われがちだが、これは王家に伝わる戦いの作法。
『王たるもの、礼節をわきまえなければならない。』初代皇帝の教えである。
「……」
だが宝箱の男はエメリの言葉など知ったことかというように一点を見つめる。
その眼には、名乗りを受けた困惑ではなく、混濁した怒りがある。
「……もしかして、私?」
視線の先。そこにはジョゼフィーヌがいた。
だが、宝箱の男にとってはそうは見えない。
困惑するジョゼフィーヌ。だが、宝箱の男は更に怒りを増す。
「!……キサマ!マタ俺タチヲ襲イニキヤガッタナ!?」
「……はい?」
誰と勘違いしたのか知らないが、宝箱の男は敵意丸出しといった様子。
それも、ジョゼフィーヌ一人に対して、特にだ。
「モウ……モウ何モ奪ワセナイ!」
「何かまずい!ジョゼフィーヌ!僕の後ろに隠れるんだ!」
エメリの言葉が終わるや否や宝箱の男は視界から消える。
右か。左か。下か。いや上だ。
見上げると、男が天井に立っている。
否。そのポーズは立つというより、蹴る。
「エメット!『ガード・サポート』!」
気づいたヒロミが防御スキルを発動させるが、逆巻く狂気には間に合わない。
男は宝箱を持ったまま天井を思いっきり蹴り飛ばす。
そのまま空中で旋回。ジョゼフィーヌを守っていたエメリに放たれたそれは──
「消エロ!バケモノッ!!」
──見事なまでの、ドロップキックであった。




