山賊其の肆 黒い傘
「お頭たちおせえなあ……もうこっちは片付いたってのに」
「きっと金庫でも探してんだよ。お頭は強いが探し物はからっきしだからなあ。」
「ははっ、違いねえや。あーあ、これが終わったら久しぶりに酒でも飲みてえな」
禿げ頭の盗賊とモヒカン頭の盗賊が談笑する。
その足元には自らが殺した兵士たちの死体があるが、まるで意に介していない。彼らにとって殺しは日常のものにすぎないのだろう。
返り血を拭いながら、禿げ頭は口を開く。
「ところで、ザークシーの奴は?裏口から回り込む予定だっただろ?」
「確かに遅えな。よし、ちょっと見に行ってやろうぜ」
「おいおい、そりゃああいうらをかおうんじすぎあって」
その禿げ頭の態度に、モヒカンは違和感を覚えた。
「……おい、お前どうした?呂律が回ってないが……」
「らいよううらいよううこんんなお……」
禿げ頭の顔がどんどん真っ赤になり、口からは強いアルコール臭。
ついに顔から倒れこむ。
「!?おい!どうした!?」
驚いたモヒカンは倒れた禿げ頭に近づいた。
「……嘘だろ?なんで…なんで死んでるんだよお前!?」
死んでいた。
禿げ頭は、飲んでいないはずの酒に溺れ、死んでいた。
ただそれだけの、異常事態。
「ひっ……!!」
目の前で起こった異常事態への恐怖に、モヒカンは脱兎のごとく走り出す。
目指すは砦の門。
だが。
「あがっ!?」
突如、腕をつかまれる。
無論、それだけなら山賊の彼は狼狽えない。
では、それの何が恐ろしかったか。
「な、なんで……そんなところに人が入るわけ……!」
ギチギチに詰められたレンガの隙間。
そこから、腕が二本生え、モヒカンの腕をしっかりと掴んでいる。
そして。
「!い、嫌だ!誰か助けてくれ!」
生きたままねじ込まれる。レンガの隙間に。
無論通れるわけもない。
だが腕は、モヒカンの痛みなど知ったことかというように、さらに引っ張る。
ミシミシと骨が折れる嫌な音が、モヒカンの耳に聞こえる。
「いてえ!いてえよ!クソッ!」
モヒカンはナイフを突き立てた。
だが。
「は……?」
パキっという音とともに、容易く折れた。
無論これが鎧なら、そんなこともあるかもしれない。
だが、その腕が着けているのは、明らかにただの洋服だった。
「……ははっ」
乾いた笑いが響く。
……そのあと起こったことは書くべきではないだろう。
ただ、結果だけを書くとするなら。
後にそこからは、レンガとレンガに挟まるような肉片が見つかったらしい、ということだ。
*
死んでいる。
俺の目の前で、俺を階段下に投げたはずの男…山賊のアラグは、血を流して死んでいた。
「どういうことだ!?き、貴様の仕業なのか!?」
ベルヒが震えた声を上げる。
困惑するのも無理はない。本来、投げられて死んでいる筈なのは、俺の方だ。
だが、なぜか俺は生き……
「……」
アラグは死んでいる。
それは、この場にいる俺とベルヒにとって強烈な違和感だった。
「一体、何が…?あんた、なにか見てないでゲスか?」
俺は息を整え、騎士の男に問う。
無論、さっきの反応からして何も知らないだろう。
だが、何かしていないと……
「し、知らない!貴様が殺したのではないのか!?」
自分が、人を殺したかもしれない。
その事実に、向き合えなかった。
……いや、待てよ?
入れ替わったのも変だが、なぜ階段から落下した程度で死んだんだ?
俺はゲーム本編でのアラグの強さ、実際の強さを知っている。
仮にも山賊王が、この程度で死ぬものだろうか?
俺はアラグの死体に近づいた。
「お、おい!!」
後ろで騎士の男が騒いでいるが、今はそんなことよりもアラグの死体だ。
触れる。脈も無く、瞳孔も散大している。
ここに医者がいるなら、即死だと判断していただろう。
「何をしている貴様!?」
何故入れ替わった?
俺の真の能力が目覚めた……いや、そんな筈はないだろう。
このゲームでは、もともと持っていたスキルと同系統のスキルなら習得が可能だ。
だが俺のスキルは泥。人の位置を入れ替えられる訳が……
「おい!!貴様!聞こえているのか!?
そこの傘を持っている貴様だよ!!」
……傘?
その俺のことを言っているなら的外れにもほどがある言葉を聞き、俺は振り返る。
そこにいたのは、まさしく異質だった。
黒ずくめの服。背丈は2mを優に超すであろう背丈。
室内だというのに蝙蝠傘をさし、縞模様のマフラーを結び付けたシルクハット。
だがもっとも異質だったのは。
「……」
その「顔」が無かったことだった。
もちろん、覆面ではない。
その男……男かもわからないが、とにかくその黒ずくめの怪人は顔のパーツどころか、輪郭さえまともに見つけられなかった。
「き、貴様!この賊どもの仲間か!?」
騎士の男が立ち上がり、腰の剣に手を伸ばす。
「ど、どんなトリックを使ったか知らないが、いきなり現れたことから空間系のスキルと見た!
空間系は優秀だが、準備に時間がかかる戦闘においては使えぬハズレもハズレ!
この私の剣の錆となるがいい!」
さっきまで失禁してた口で何を……と思ったが、さすが騎士なだけある。
構えは理想に近く、抜かれた剣もよく整備されている。
「えぇぇぇぇぇいいい!!!」
騎士の男は剣を上段に構え、黒ずくめに切りかかった。
理想的なフォームから繰り出された斬撃は、黒ずくめをっしかりと捉え、袈裟切りの形となった。
「はっはっは!大したこともなかったな!」
騎士の男はそう吐き捨てると、俺の方を向く。
「さて、次は貴様だ。正直そこに転がってる山賊なら私に勝ち目は無かったが……
残ったのが貴様のようなガキと今死んだこの……っ!?」
ベルヒは言葉を失う。
(何故だ!?確かに切ったはず!手ごたえもあった!
なのに、なのになぜ!)
ベルヒの前に立っていたそれは、確かにさっき切った黒ずくめ。
体は先ほどの傷がよほど深かったのか二つに分かれ、千切れた。
だが、目の前に立っている。
ピースの欠けたジグソーパズルのように、傷の部位は無い。その虚無からは、向こう側が透けて見えた。
「な、なんなんだ貴様は!?」
ベルヒはそこで、やっと自らの過ちに気づいた。
一つ。『それ』を山賊の仲間だと思ったこと。
そしてもう一つ。
「GAAAAAAAA!!」
「ひっ……!」
『それ』を人と勘違いしたことだった。
*
「はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は砦の階段を走る。
あの、騎士の男を襲った影……間違いない。
あれは、『グリズリー』だ。
グリズリーとは、北米に生息するヒグマの亜種。
別名ハイイログマやアメリカヒグマとも呼ばれる大型のクマ。
この世界には、存在しないはずの生き物である。
「まさかあの時見たテレビが役に立つとは……
いや、今はそんなことより……逃げて、ザークシーやゼノン達と合流を……」
今は逃げなければならない。この場から、ひいてはあの黒ずくめから。
今死ぬわけにはいかない。ジョゼフィーヌのためにも……。
あのグリズリー……あの男の体の中から現れたように見えた。
いや、そもそも。
「あんなキャラ、原作にいたか?隠しボス……いや、ありえない。他の動画にだって、あんなのは……」
俺はそんな疑問を口にしながら、中庭に続く扉を開けた。
「……!」
俺は言葉を失った。
砦の中庭。
そこは、俺以外の生存者がいない、死体の山。
体のねじ切られた死体。
焼け爛れた死体。
原型を留めていない死体。
文字通りの死の世界だった。
*
【王都警備団 内部資料】
第五二八〇号
皇歴494年2月4日
作成者 王都警備団副団長 マーシス・ウィリー
〇ベルヒ男爵の砦で発生した事件に関する報告
〇概要
本日の朝方、ベルヒ男爵の守護する砦を山賊が襲撃。
しかし、山賊含め全員が死亡したと見られる。
〇現場状況
現場到着時、現場の生存者は小部屋に1名。それ以外の砦側の兵士の生存は認められなかった。
また、山賊側も同様である。
現場において以下を確認した。
・『山賊王』アラグの死亡
・ベルヒ男爵の死亡
〇聴取
生存者:ネビル・ディスペ
聴取官「では、何があったか教えていただけますか?」
ネビル「……あいつが」
聴取官「あいつ?」
ネビル「黒い傘のあいつが……みんなを……」
聴取官「黒い傘?山賊ではなく?」
ネビル「山賊?あれは、山賊なんかより……」
数分の沈黙の後、ネビルが制止を振り切り自らの両眼を抉り出し死亡。
以降の聴取は不可能と判断。
〇証拠資料
砦に設置された写し絵の魔道具により、山賊の突入を確認。
しかし、突如「墓石」の絵しか出さなくなり、破損した。現在修復中。
修復完了とともに更なる追加報告が必要。
〇所見
現時点において、アラグ率いる山賊が突入後、黒い傘を差した何者か(以下『黒傘』と呼称)の魔術的介入によって両者全滅した可能性が高い。
また、山賊王アラグには息子が確認されており、子供の遺体が挙がらなかったことから生存しているものとみられる。
今回の事態を受け、その危険性から黒傘を最重要捜査対象とすることが決定された。
〇今後の方針
1. 最重要捜査対象『黒傘』の調査
2. 原型を留めない遺体を含めた被害全容の確認
以上




