山賊其の参 襲撃、死
「お嬢様!そんなはしたない!」
中庭にメイドの声が響く。
「いいじゃない!私ももう8さいよ!もうりっぱなおとななのだわ!」
呼び止められた少女は走るのをやめ、メイドの方を振り返り言った。
よく手入れされているであろう縦ロールが、風に揺れる。
少女の名はジョゼフィーヌ・ノート。その日8歳になったばかりの公爵令嬢であった。
「ジョゼフィーヌ様!今日はエメリ王子も来られるのですよ?」
その言葉を聞いた途端、ジョゼフィーヌの動きがピタッと止まる。
エメリ・シーラン。この国の第一王子。
だが、彼女にとっては。
「え!?エメットが来るの!?」
「ええ。そのためにわざわざ王都郊外の別荘に移動してきたのです。いいですか?今日の誕生日パーティーには、国王含め……」
「こうしちゃいられないわ!すぐおめかししなくっちゃ!!」
メイドの言葉を遮り、ジョゼフィーヌは駆け足で屋敷の中に戻っていく。
彼女にとってのエメリへの思いはもう、恋に近いものだったのだろう。
もっとも、当時の彼女自身は知る余地もなかったが。
「……はぁ、ああしてれば普通の少女と変わらないんですけどねぇ……あら?」
その時、不意にメイドの手に雨粒が。
「雨……?魔道具の予測では晴れだったはずなのに……
いけない!洗濯物を取り込まないと!」
メイドは急いで移動を開始する。
その頭上、いや、王都郊外の空には
──見ていて不安になるような、黒い雲が掛かっていた。
*
「なんだぁ?雨……ハッ、都合がいいじゃねえか」
砦近くの茂み。
アラグは手に付いた雨粒を服で拭い、そう言い放つ。
「いいか?作戦を確認する。今回俺たちが狙うのはあの砦だ。
ザークシー含めたメンバーは西、残りは俺と東から来い」
「あ、あの……一つ質問なんでゲスが……」
俺は疑問点を感じ、口を開く。
もちろん、へりくだった口調で。
「あ?何だ?……小規模だけど正規軍の砦を襲って勝てるのか、だぁ?……はあ、お前俺の説明を聞いてなかったのかよ……」
「まあ、仕方がないですよボス。それにいいタイミングだ。ここいらでうちの倅にもいろいろと教えてやるってのもありでしょう?」
「……」
ザークシーが口をはさむ。その傍らには、無口な一人の少年が。
身長は俺と同じくらいで、年も同年代。
記憶が正しければ、彼はゼノン。ザークシーの息子だ。
「はぁ……いいぜ、お前の息子のために教えてやる。お前もしっかり聞いてろ。
まず、この砦は魔獣対策用の砦だ。」
魔獣。動物の中でも魔力を発生させる器官『魔心臓』を持つもの。
より多くの魔力を取り込んだものほど強大な力を持つ。魔心臓を取り込むことでより強大になるため、同じ種族であろうとも食い荒らすそうだ。
人間も広義の意味では魔獣に分類されるものの、学界でも『我々をあのような獣と一緒にするな!』という意見もあり、紛糾が続いている……って話だったか。
「そして、この砦には魔獣用の魔道具……魔獣を麻痺させる道具はあっても、人間用の装備はない。」
「だから攻め落とせるってわけだ。わかったか?」
俺とゼノンが頷いたのを確認すると、ザークシーとアラグは砦の方に向き直る。
「よし……じゃあ行くぞ!!」
アラグのその一言が、火蓋を切った。
(ゲス……?)
全員のその疑問をよそに。
*
「隊長!!」
破裂音が響く。
一人の兵士が、砦最上階の扉を開け放った。
「何です?今私はティータイムだったんだが……」
隊長と呼ばれた男……貴族騎士ベルヒは椅子に座り紅茶を飲みながら余裕綽々な態度で聞き返す。
その問いに対し、兵士は敬礼をしながら答える。
「襲撃です!砦が襲撃されています!」
「魔獣の襲撃なら魔道具を使えばいいだろうが!まったく、そんなことで来たのか?」
「いいえ!魔獣ではありません!
人間です!盗賊団からの襲撃を受けています!!」
ベルヒは紅茶を置き、震えた声で言った。
「な、なんだと!?」
「ハーハッハハハハハ!!どうした?王国の騎士ってのはこんなもんかぁ?」
その巨漢が棍棒を一振りするたび、ビュンと音が鳴り……
「うぐっ……!」
仲間の兵士が吹き飛ぶ。他の兵士たちはその圧倒的な実力差に、まったくと言っていいほど動けなかった。
稀に弓矢による狙撃を試みる者もいたが……
「”マッド・スティック”!!」
地面から生えてきた泥の棒を、屋根の上の兵士に投げる。
「この程度……何っ!?」
泥の棒は空中で元に戻り、兵士の顔に降り注いだ。
「ああ!目が!目が見えない!!」
……死んではいないみたいだな。
この世界では、一人一つスキルを持って生まれてくる。大抵は努力によって習得できるものだが、稀に誰にも習得できない、個人だけの能力も存在する。今暴れているアラグのスキル、『バイオレンス・バンデット』(山賊行為中において、攻撃するたびにステータスが微増するスキル)などがいい例だ。
そして、俺のスキルはというと……
「ナナシ!次は左だ!」
「はい!マッドスティック!」
マッドスティック。泥を木材ほどの強度の棒にするスキル。自分の手か地面から離れると泥に戻る。
それだけ。
……もっとこう、転生特典チートスキル!とかないの……?
しかも直訳が『泥棒』ってさ……
「よし!ここいらはほとんど片付いたな。ナナシ!俺についてこい!お前らはここで残りの敵を探せ!」
「了解でゲス!」
俺はアラグから声をかけられ、スティック一本で共に最上階に。
「ひ、ひぃ!逃げないと!今すぐ逃げないと!」
鞄に家財道具やら金目のものやら横領の証拠やらを詰め込みながら、ベルヒはつぶやく。
(クソッ!なんでこうなった!?ここは敵も来ない安全な場所じゃなかったのかよ!)
ベルヒはある貴族の長男だった。
だが、その乱暴な性格から勘当され、唯一の取り柄だった格闘術と賄賂で今に至る。
(クソッ!周りから音が聞こえねぇ!あいつらやられやがったな…!)
いそいそと逃走の準備を進めるベルヒだったが、そう上手くは行かないものだ。
運悪く、いや、相手にとっては運良くだろうか。
間に合わなかった。
バキッ!っという嫌な音が部屋に響く。
ドアに衝撃、亀裂。
「ヒィッ!き…来た……!」
その後、何度も何度もドアに衝撃が走り……
「オラァッ!!!」
ついに扉は、ただの木片となる。
「ウワァァァァァ!!!」
「ふぅ…やっと破れたか……あ?お前……ここの隊長か?」
おそらくボスであろう大柄の男が、ベルヒに声をかける。鍛え上げられた肉体、よく整備された武器。
勝てない。そう思わせるほどに、その男は完璧だった。
「は、はい!そうです!!何か御用でしょうか!?」
「あ?……ああそうか!お前、俺が怖いのか!」
ベルヒの恐れに気づいた男は、大きな声で高笑いをする。その男の足元に、ベルヒは鍵を投げた。
「き、金庫の鍵です!これで私だけでもた、助けてください!!」
ベルヒは震えた声で言い放つ。その下半身から足元にかけては、失禁により濡れていた。
その体勢のままベルヒは頭を下げる。それは、元の世界の土下座と似た姿勢だった。
「……フッ、ハッハッハ!面白いなお前!今まで色んな騎士を襲ったがこんなのをやって来たのはお前が初めてだ!」
そのまま男は膝を叩き、息ができないほどに笑い転げる。
「ハーハッハッハッ!!………ふぅ、よし。
ナナシ。こいつ殺せ。」
「……え?」
奇しくも、ベルヒとナナシの言葉が重なる。
それほどまでに、いきなりだった。
「ま…待ってくださいよボス。わざわざ殺す必要もないでゲショう?」
「そ、そうですよぉ!こ、殺さないで…!」
怯えた顔でこちらを見てくるベルヒに、俺は殺す気になれなかった。
元々、ナナシが記憶を思い出す前でさえ、直接人を殺したことは無い。
人として、当然のことのはずだ。
「……おい。俺は殺せと言ったんだ。逆らえとは一言も言ってねぇ」
「で、でも…!人を殺すなんて……!」
その言葉を聞いて、アラグは少し溜息をついた。
「はぁ……分かった。」
「!それじゃあ!」
俺は期待に満ちた目でアラグを見つめる。
「ああ。分かったよ。
……じゃあお前が死ねや」
瞬間、俺の視界は反転した。
天と地が逆さになった?
否。
「!?」
投げられた。
実の親が、息子を投げた。
俺の体は力任せに投げられ、開いたドアから階段下へ。
「じゃあな、出来損ない。お前なんぞいらねえわ」
その言葉が聞こえたときには、もう遅く。
浮遊感も終わり、俺の体は階段に激突……
「……?」
しなかった。
痛みを感じないことに違和感を感じ、目を開く。
そこに広がっていた景色。
「お、お前なにしたんだよ!?」
「……何の、冗談だ……?」
階段下に血が広がる。
その源にあったモノ。
「なんで……なんでお前とあいつが入れ替わってんだよ!?」
頭から血を流す、アラグの死体だった。




