山賊其の弐 転生、決断
シーラン王国王都近郊、薄暗い洞窟。 そこは、周辺の村々を震え上がらせる野蛮な山賊団の拠点だった。
「オイテメェ!!なんで俺に従わなかった!!?」
洞窟の岩肌に、鼓膜を震わせるほどの怒号が響く。
どうやら父親が息子を怒鳴りつけているようだ。
「で、でも父さん!あの人たちは何も悪いことして……!」
子供が口を開く。今回彼らが襲撃した荷馬車は、郊外の村に送り届ける予定の食料品を積んだ馬車だった。当然山賊の父は馬車を襲撃。御者たちを殺し、荷物を奪ったのだが……
『おい!何してる!さっさと援護しろ!』
『で、でも!!』
『チッ!もういい!』
少年は攻撃できなかった。無抵抗な人々へ刃を向けることができなかったのだ。
「何も悪いことしてないだぁ?はっ、ハッハッハッハ!」
男は下卑た笑いを浮かべると、太い腕に力を込め──。
「……ふざけんじゃねぇ!!!」
拳が、少年の顔を捉えた。
「ゴハッ……!」
小さな体が吹き飛び、岩壁に激突する。大人の、それも荒事に慣れた山賊の打撃を子供が耐えられるはずもない。
「俺たちは日々生きるために精一杯なんだよ!それが「悪いことしてないから見逃したいです」だぁ?ふざけんじゃねぇ!!」
男は声を更に荒げ、怒りのままに周りの壁、机、木箱に当たり散らす。
「あーあ。またやってるよ……お頭も飽きないもんだねぇ」
「自分の息子だからこそ許せないんだろうよ。……にしても、可哀想になぁ」
「おい!聞いてんのかぁッ!?」
男の名は山賊アラグ。この周辺では名の知れた山賊である。
アラグは近くの水が入った桶を持ち上げると、
「起きろ!!クソガキッ!!」
中の水を浴びせ、失った意識を取り戻させた。
「う…うぅ……」
子供は何も言い返せなかった。
……いや、もうそんなことはどうでもよかった。
「…ったく、誰がここまで育てたと思っていやがる!?さっさと次の盗みの準備をしろっ!!」
そう言うとアラグは、他にもブツブツと何か言葉を重ねながら洞窟内のその部屋から立ち去った。
立ち尽くす。
それは、父に怒りをぶつけられたからでも、失敗を悔いていたわけでもなく──
「思い…出した……」
ナナシ……いや、俺は殴られたあの瞬間に全てを思い出した。
『クマザワヒロミチ』。
それが思い出した名前であり……
「……もしかして……転生ってやつ?」
少年ナナシの前世だった。
*
粗末なベッドに座り込む。
ここは何処だろうか……いや、そんなことはどうでもいい。
「俺は、確かにあの時……」
そう。俺はあの時、あの薬物中毒者に頭を撃たれ……死んだ。
無意識に撃たれた場所を撫でる。だが、そこには痛みも傷跡もない。
どうやら……俺は、いわゆるライトノベルやアニメで言うところの転生とやらをしたらしい。
この身体、少年ナナシに。
「そんなのアリかよ……」
頭を抱える。何故なら、俺がここに転生したということは、元の世界で死んでしまったことを意味するからだ。
それは人間にとって、とても悲しいことである。今までの人生が終わってしまったことを実感させられるのだから。
「はぁ……まぁ、うん。気にしてもなぁ……仕方ないよなぁ……」
自分に言い聞かせる。どちらにせよ、今悔いても生き返るわけじゃない。なぜ転生したかも、今分かるものではない。
「……それにしても……ここは……」
現在に目を向ける。俺は転生した。それは否定しようもない事実だ。それは受け入れなければいけない。
なら、ここはどこか。地球のどこかなのか、それとも別の世界なのか。
実は、もう既に検討はついている。ここは、
「『ILLUSION World』の世界……?」
そう。俺が転生した世界は、生前熱中した『ILLUSION World』の世界である。
そう確信できる理由が二つ。
一つは、襲撃した馬車の行き先がノート公爵領だったこと。俺の「推し」であるジョゼフィーヌの一族が治める土地だ。
そしてもう一つ。俺を殴った男──アラグは、ゲームのストーリー中盤で「脱獄囚」として登場する悪役と、顔も声も完全に一致している。
そのため俺は、ここがILLUSION Worldの世界だと結論づけたのだ。
「だとしても…これからどうする?」
俺は考える。確かに俺は憧れのゲームの世界に転生した。それはまぁ、喜ばしいことだと思う。
しかし、目的がない。この世界で、俺はただの山賊の息子。そして愛すべき悪役令嬢ジョゼフィーヌは、どのルートを選んでも死ぬ運命にある……待てよ?
その時、俺の脳内に稲妻が走る。
「山賊アラグは、ゲーム内では捕まり、そして脱獄していた……なら、今捕まっていないということは…
今はゲームが始まる前……?」
ジョゼフィーヌは、ゲーム開始時点より一年後に死ぬ。しかし、今はゲームが始まっていない。
ということは……!
「……助けられる?」
ジョゼフィーヌを俺が助けられる。
それに気づいた瞬間、俺は生きる意味を見つけた。
いや、そうしなければならない。そう思った。
「……よし!」
腰掛けていたベッドから立ち上がる。彼女の死の運命を変えられるかもしれない。 そう思うと、俺の心に猛烈な生きる希望が沸き上がった。
「待っててくれジョゼフィーヌ!必ず俺が、貴方を助ける!!」
そして、この世界で生きる目標を、目的を口に出したのだった。
「おーいナナシの坊主……って何してんだ?」
山賊の一人が部屋に入り、ナナシに声をかける。
確か、記憶によれば彼の名は……
「あぁ、ザークシーさん。何か御用でしょうか?」
その言葉に驚いたのかザークシーは少しぎょっとした表情を見せるが、すぐに元の顔に戻る。
「ボスからの連絡だ。次の襲撃場所について教えたいんだと」
「あぁ、分かりました。すぐに行きます」
しかし、助けるといっても、この世界は残酷だ。すぐに行っても殺されるのが関の山だろう。一介の山賊の子供が、公爵令嬢を救うなど不可能に近い。
その時、俺の脳裏に、あの製作者の冗談めいたインタビュー記事がフラッシュバックした。
『ジョゼフィーヌの生存ルート? ないですね(笑)。あるとするなら……そうだな。山賊の王様になってるとかですかね?』
当然、これはただの与太話。だが、今の俺は山賊の息子。環境は整っている。 ならば、ジョゼフィーヌを死の運命から救い出す唯一の方法はなにか。
「……よし。決めた。まずは、この山賊団を乗っ取ってやる」
彼女を山賊のリーダーに据え、この世界の理から解き放つ。決意を固め、俺は部屋を出た。これからは「〜でゲス」とでもへりくだり、虎視眈々と力を蓄えてやろう。
待っていてくださいね、おやびん。 あなたの生存ルートは、この俺が切り拓いてみせる。
ナナシが部屋を出る。
その様子を見て、ザークシーは頭をポリポリと掻きながら口を開いた。
「……あいつ、なんか雰囲気変わったか……?」




