第2話 出会い
乙女ゲーム『Pretension World』。 20☓☓年、S&Eゲームカンパニーから放たれたその作品は、単なる恋愛ゲームの枠を超えていた。 舞台は異世界『シーラン王国』。主人公の少女が王立学園に入学し、数多の貴公子たちと恋に落ちる――
ところがこのゲーム、表向きは王道の乙女ゲームだが、その実態は異常なまでのストーリーの重厚さと完成度を誇る、
「恋愛ゲームの皮を被ったファンタジー戦記」だった。
*
「これが、あの『Pretension World』か……」
会社帰りの俺、球磨沢弘道は、モニターを前にコントローラーを握っていた。 乙女ゲームなど未経験だったが、連日のように流れる広告と、数々の賞を総なめにしたというニュースが、俺をこの世界へと誘ったのだ。
『難易度を選択してください』
「バトル要素が本格的らしいな……腕には自信がある。HARDだ」
『主人公の名前を設定してください』
「俺の名前から取って……『ヒロミ・クマザワ』でいいか」
『方言を設定してください』
「方言まで選べるのか? 芸が細かいな。……よし、地元愛で『伊予弁』にしよう」
準備は整った。俺は期待に胸を膨らませ、スタートボタンを押し込んだ。
*
『皇歴5004年 4月1日 王立学園校門』
「だめだ!学生証のないものを通すわけにはいかない!」
衛兵の硬い声が響く。どうやら一人の生徒が学生証を紛失し、足止めを食らっているようだ。
彼女がこの作品の主人公、ヒロミ・クマザワである。
「そがいなこと言わんといてや。ちょっとうちを通してくれるだけでええんよ?」
ピンクの髪を揺らし、ヒロミが伊予弁で食い下がる。
「そんなことを言われても……!」
「おや?どうしたんだい?」
その時、衛兵に声がかかった。
一人の美少年が近づく。
「王子!」
「うーん……見たところ、学生証を忘れた生徒と言い合いになっていると見た」
「はっ。おっしゃる通りで」
その言葉を聞いたその生徒は考え込み、手を大きく広げて言った。
「よし!ここは次期王の僕の顔を立てて、彼女を通してやってくれ!」
「いや、しかし……」
「何か問題でもあるのかい?」
衛兵は、少し迷った後、ため息をつきこう言った。
「……了解しました。おい!次からは忘れるんじゃないぞ!」
「ありがとう、助かったわ。その……」
「エメリ。このシーラン王国次期国王とは、この僕のことさ!エメットって呼んでくれて構わないよ!」
「そ、そうなんね……うちはヒロミ。ヒロミ・クマザワ。これからよろしゅうお願いね」
ヒロミとエメリはお互い手を伸ばし、握手をしようとする……
その時だった。
「あらエメット。ごきげんよう!」
階段の上から声が聞こえる。
反射的に二人は階段のほうを向いた。
「今日も元気……ちょっと待って、その女誰?」
「ああ、彼女は……」
ヒロミは頭を下げる。
「どうも。ヒロミ・クマザワって言います。王子とはさっき知り合いました」
「あらそう。私の名前はジョゼフィーヌ・ノート!このエメットの婚約者!です!
分かったら手を出さないでね田舎娘!!」
その声は、中庭中に響いた。
*
刺さった。
『私の名前はジョゼフィーヌ・ノート!このエメットの婚約者!です!
分かったら手を出さないでね田舎娘!!』
その目。
その髪。
その顔。
その声。
彼女の全てが──
「……まじ?」
自分の心を奪ったのだ。
『あら?何の用かしら田舎……プレゼント?私に?』
『ダンジョン攻略……いいですわ!わたくしの力をお見せしましょう!』
『ダンスパーティーの誘い?あなたが、私に……何故?』
そこからの俺のプレイは、他のユーザーとは一線を画していた。 メインの攻略対象である美形男子たちには目もくれず、俺はジョゼフィーヌを追いかけ回した。
冷たくあしらわれても、俺は彼女の側を離れなかった。
だが、その情熱は残酷な結末へと向かっていく。
*
「……は?」
エメリは聞き返す。
入学から一年が経った日の、昼下がり。
王の使いの言葉に、彼は耳を疑った。
「今、なんて……?」
「ですから……
ジョゼフィーヌ様が、お亡くなりになられました」
もう一度聞いたが、その答えは変わらない。
「そんな…そんな馬鹿な!?
だって、だって昨日だぞ!?僕が彼女に会ったのは!」
王子は叫ぶ。だが、何の返答もなかった。
「……少し、一人にしてくれ。」
「ですが……」
「いいから!!」
王子の叫びに気圧され、使いは部屋を出た。
そこに、一人の生徒が声をかける。
「あの……」
「あなたは……確か」
「はい。ヒロミ・クマザワです。あの、何かあったんですか?
王子のえらい大声が聞こえて……」
使いは、その言葉を聞き、少し思案した後……
「……あなたにも、伝えておいたほうが良いでしょう。」
その事実を、伝えることにした。
*
俺は言葉を失った。
使いより主人公に伝えられた衝撃の事実。
「ジョゼフィーヌが……死んだ……?」
それは、他のプレイヤーにとっては何でもないことだったのかもしれない。
だが。
「……クソッ!!」
机を叩く。
救えなかった。例え、電子データだとしても──
俺は、彼女を。
「…う……うぅ……ちくしょう、チクショウ!!
なんで、何故!
ジョゼフィーヌが死ななきゃならないんだ!?」
その後、俺はゲームをクリアした。
だが、全ルートのどこにも、彼女が生き残るルートはなかった。
唯一、俺の記憶に刻まれたのは、開発者の悪ふざけのようなインタビュー記事だけだった。
『ジョゼフィーヌの生存ルート? ないですね(笑)。あるとするなら……そうだな。山賊の王様になってるとかですかね?』
「……そんなの、あんまりじゃないか」
*
「……」
会社から、自宅までの帰路を、俺は歩く。
まだ10月だが、風は冷たい。
「寒っ」
家まではあとこの坂を下るだけだが、風が強い。
そこで俺は、裏道を通って帰ることにした。
……今思えばここが、運命の分かれ道だったのかもしれない。
「?」
ふと、違和感に気づく。
「こんなに暗かったか?この道……」
思い返すが、この道を通るのは久々なので、こんなものかと割り切った。
そのまま歩き続けると、一人の男に出会った。
男は調子が悪いのか、道端でうずくまっている。
「う…うぅ……」
そして、そのまま倒れこんだ。
「!?おい、大丈夫か!?」
俺は男に声をかけた。
瞬間、光とともに空気が破裂する音が響き……
「あ……?」
俺の体に、穴が開いた。
「あ…ぐっ……」
倒れこむ。
熱い。
俺は何をされた……?
「ひ…ひひひ……おせぇんだよ!クソ売人!」
男が口を開く。
「いつもはもっとはえぇのによう……俺が嫌いになっちまったのか?え?
だったら大正解!おれもあんたが嫌いだからよぉ!ヒヒヒヒヒッ!
ウフフフフフ!アアーハッハッハッハ!!」
男の様子は、明らかにおかしい。
まるで、何か薬物でもやっているようだ。
「ぐ……ま、さか……」
自分の脳が出した結論は、一つ。
俺は、薬物の売人に間違われて……。
「イヒヒヒヒ!最高の気分だぜ!人を撃つなんて初めてだからなぁ!」
「……く、そ……」
意識が遠のく。
目の前に見えるのは、とっくの昔に死んだ家族と。
「あ?まだ生きてやがんのか……そうだ!今まで世話になった礼だ。」
男は、俺の頭に狙いを定め……
「ジョ…ゼ……フィ…ーヌ……」
「あばよ!ばいにんさん!」
その日、俺の頭に新しい穴が開いた。
これが、俺が転生するまでの話である。




