第1話 山賊と悪役令嬢
「ハァッ、ハァッ、くっ…」
荒れた森の中を金髪の少女が走っている。
身なりからするに相当の貴族であろうが、周りには護衛一人おらず、またその服も泥に汚れ、ところどころ焦げて破れていた。
「ハァ、ハァ…あっ!?」
少女は木の根に足を取られ、転んだ。
「くっ…早く、逃げないと…!」
足に力を込めるが、入らない。
もはや体は限界を迎えていた。
「何で…私がこんな目に…?」
少女の名はジョゼフィーヌ・ノート。
この王国の公爵令嬢……だった。
少し前までは。
「ノート公爵、これはどういうことかね?」
公会議。
国王のシーランⅥ世がジョゼフィーヌの父、ノート公爵に詰め寄る。
「何ですか?王よ、私に何か疑いでも?」
ノート公爵は尋ねる。
自分には、ここまで王を怒らせる動機など心当たりが無かったからだ。
「とぼけるな。君が我が国庫から国宝を持ち出していたという報告が来ている。
それも多くの貴族たちからの証言でね」
「なっ!?」
ざわめきが起こる。
あのノート公爵が──信じられない。
誠実で知られるノート公爵が重罪である国宝の持ち出しをしたなど、考えられなかった。
「嘘だろう?あのノート公爵が…?」
「いや…でももしかしたら…?」
貴族の間で憶測が飛び交う。
「王よ!何かの間違いです!私は……」
「いえ、真実ですよ。そうでしょう?ノート公爵」
一人の貴族が口を開く。
「……ドミトリー侯?」
口を開いた男に注目が集まる。
ドミトリー伯爵。名家ドミトリー家の四代目にして、その代で伯爵まで成り上がった男である。
軍備を担当するノート公爵を誠実と称すなら、
財政を担当するドミトリー伯爵は狡猾と称され、二人は度々国の運営を巡り対立していた。
ドミトリー伯爵は言葉を続ける。
「私は見たのです!この男が三日前、国宝『ラザルスの宝剣』を持ち出すところを!」
「なっ!?言いがかりだ!そもそも私はここ数日王都にはいなかったのだぞ!?」
事実、ノート公爵は国境の警備を固めるため現地にいた。現実的に考えればできる訳のない話である。
しかし。
「ほう?ならば他の者にも聞いてみましょう。
この中で、ノート公爵が王都の外にいたと証明できるものは?」
ドミトリーが尋ねる。
しかし、誰も口を開くことはなかった。
「なっ…!?なぜ誰も証明してくれない!?
アキン卿!あなたは私の無罪を証明できるはずです!私はあなたの領内に滞在して…!」
「……そ、そんなこと言われたって…」
アキン卿は俯き、それ以上何も言えなかった。
明らかに、何かに怯えている。
「フランシス卿!エドワード卿!あなた達だって知っているはずだ!」
二人は答えない。
「皆様はあなたの無実を証明できないようですな。そして、もう一つ証拠が」
ドミトリーは懐から一つの箱を取り出す。
「まさか…魔道具か?」
「そう。これは先代の王がかつて開発されたものです。
皆も知っての通り物事を記録し、絵として保存することができます。
そしてここには!」
ドミトリーは一枚の絵を取り出す。
そこには、宝物殿に入るノート公爵の姿が記録されていた。
「そんなはずはない!私は、宝物殿などには入ってなどいない!」
「道具は嘘をつきません。それとも、先代の王が作った物が、インチキだと?」
「そうは言っていない!だが!」
ドミトリーは王に向き直る。
「これでお分かりになったでしょう?王よ!
この男は国境にいたと嘘を付き、我々を騙し、あまつさえ宝剣を盗んだのです!
この男に然るべき裁きを下すべきなのでは?」
ドミトリーはそう王に言い放った。
「……そ、そうだ!然るべき裁きを下せ!」
「その男は許されない!」
それに呼応するように一人、また二人とノート公爵を糾弾する声が上がった。
「ドミトリー…まさか貴様…!」
その時、王が立ち上がった。
「……静粛にしろ。
処罰を言い渡す。」
喧騒が止み、王の言葉に誰もが耳を傾けた。
「……ノート公爵の爵位は剥奪。自領で謹慎処分とする。」
ドミトリーはニヤリと笑った。
「そんな…」
ノート公爵は膝から崩れ落ちる。
「……後で、私の部屋に来い。」
王の部屋。
「王よ、私は……!」
「分かっている。お前ではないのだろう?」
「だったら何故…!?」
「お前にも分かっているだろう?
予言された厄災まで後5年。今国を混乱させるわけには行かないのだ。
ここで私がお前を庇えば、国が2つに分かれ、内乱が起こる。……やつが反乱を起こせば、財政は悪化し、この国は厄災の前に滅ぶだろう。
お前の無実は、私が必ず証明する。だから待っていて欲しい、私の友よ。」
「……了解しました、王。」
数日後。
「待ってちょうだい!」
シーラン王立学園。シーラン王国の最大の教育機関であり、貴族の一族の養成校としての一面を持つ。
その学園内の廊下。
一人の生徒が、ある生徒に声を掛けていた。
「おや?どうしたんだいヒロミ。この次期王である僕に何か用があるのかい?」
声をかけられた生徒が振り返り答える。
美しい金髪によく整えられた制服。
背は高く、顔も整っている。まるで王子様、と言うのは過言ではないだろう。
なぜなら彼こそシーランⅥ世の息子、エメリ・シーラン、通称エメットである。
……なのだが、王に溺愛されて育ったからかかなり自己肯定感が高く、自分のことを次期王と称している。
「先生が呼んどるよ?」
対して呼び止めた側の生徒──名をヒロミ・クマザワという──は、いたって普通の制服姿であった。
ピンク色の髪は後ろで一つにまとめられ、前髪はヘアピンで留められている。
方言でしゃべることを除けば、至って普通の生徒なのだが、何故か学校の有力者と近い関係になることが多く、学園内でも注目を集めていた。
「ああ、ありがとう。やっぱり君は頼りになるなぁ!この次期王の僕の右腕にならないかい?」
「……冗談が過ぎるよ、王子」
「僕は本気だよ?次期王として、君のことを」
その時、足音が聞こえた。
「あら?田舎娘じゃない。わたしの婚約者に何か用かしら?」
「…ジョゼフィーヌ様。」
声を掛けたのはジョゼフィーヌだった。
公爵令嬢である彼女は家の都合もあり、幼き頃から王子の婚約者であった。無論それを嫌とは思っていなかったし、むしろ僥倖とさえ思っていた。
「ああ、ジョゼフィーヌ。今日も元気そうだね。今日も変わらず美しい。
でも、彼女のことを田舎娘と呼ぶのはあまり良いとは言えないな。」
「あらエメット。私はあくまでこの女に、
わたしが、あなたの、婚約者ってことを教えてあげただけよ?
それに、その変な口調!田舎娘というのは言い過ぎかもしれませんが、流石に直したほうがいいのではなくて?」
「…気にせんでもかまんよ、ジョゼフィーヌ様。でも……うちはエメットに、『右腕にならんか』と言われたけど?」
「は?ちょっとエメットどういうことよ!?」
「まぁここは次期王の僕の顔を立てて穏便にいこうじゃないか!」
3人が揉めている様子を見て、遠くの生徒達は溜息をつく。
「またやってるよあの3人…」
「もうこの学園の名物だよね〜」
ヒロミが入学して1年。同学年の二人はいつも王子を取り合っていた。
最初はジョゼフィーヌが吹っかけるものの、それをヒロミが持ち前の力で解決する。その間で王子は高らかに笑っている。そんなことが繰り返され、3人はこの学校の名物だった。
「大体あなたはいつも……!」
その時、教室の戸が開く。
「ジョゼフィーヌさん!」
焦った様子の女性が入ってきた。
「あら先生。どうかされましたか?」
「今すぐ、こちらに来てください!お父様に関する重大な話です!」
日が沈んだ頃。
エメリはジョゼフィーヌに呼び出され、夜の中庭に来ていた。
「……ジョゼフィーヌ。」
中庭には既にジョゼフィーヌが来ていた。
「……来ましたのね、エメット。その様子だと、もう国王陛下から話は聞いているのでしょう?」
エメリは頷く。
「……そう。やっぱりね」
「ジョゼフィーヌ…僕は」
「……ねぇエメット。昔、私達はよく一緒に遊んだわね」
ジョゼフィーヌはエメリの言葉を遮り話し始める。
「そこから親同士の繋がりもあって、婚約者になって…私、とっても嬉しかったわ」
「ジョゼフィーヌ……」
「でも、あなたの気持ちは、もうあの田舎娘に向かってるのよね」
思えば、あの時。
入学式のあの時から、彼の心は……
「……国王陛下に、命じられたことがあるんでしょう?」
数秒、沈黙が続く。
「……ジョゼフィーヌ・ノート。
次期王の僕の名の下に……君との婚約を、一時的に破棄させてもらう」
その言葉に、ジョゼフィーヌは、
「そう……田舎娘と、元気でね。」
少し微笑んで、そう言った。
「だが!必ず君の力になると約束しよう!
この次期王エメリ・シーランの名に誓って!」
ジョゼフィーヌは、何も答えなかった。
翌日。
一台の馬車が、学園から出た。
「すまない…私が不甲斐ないばかりにこんなことに…」
「あまり自分を卑下しないで、あなた。
きっといつか無罪を証明できるわ」
馬車に乗っていたのは、ノート公爵、公爵夫人、そしてジョゼフィーヌだった。
3人を乗せた馬車は、ノート公爵の自領に向かっている。
「…ああ、ありがとう。
そういえばジョゼフィーヌ。学校の皆に会いに行かなくてよかったのかい?」
「ええ……伝えることは、伝えましたから」
不意に、馬車がガタガタと揺れる。
「おっと…妙に揺れますね…」
「……何か、妙だな。自領への道は、しっかりと整備されていた筈だが……?」
ノート公爵は、馬車のカーテンを開け外を見る。
「!?」
そこは、自領への道ではなかった。
山。どことも知れない山道を、馬車は走っていた。
「御者!道が違うぞ。どこに向かっている?」
ノート公爵は御者に声をかける。
「はい。この道は……
あなた達が、地獄に行く道です」
「!二人共伏せ…!」
瞬間。爆音と共に閃光が走った。
「おー。燃えとる燃えとる」
燃え上がる馬車に、数人の男達が近づく。
その手にした武器、服装などから、男達がまともな人間ではなく、俗に言うならず者であることが分かる。
その中の一人、おそらくリーダーであろう大男は、そう言った。
「ボス!死体を見つけました!」
子分が指差した場所。
そこには、燃えている遺体が2つあった。
「この服装から見て、ノート公爵夫妻ってのはこいつらか……ちょっと待て。
娘はどうした?」
「娘?」
「こいつらの娘だよ!リストに載ってただろうが!」
子分たちは馬車の周りを探す。
「見つかりませんでした!」
「バカ野郎!『見つかりませんでした!』って依頼主に言えるわけねぇだろうが!なんとしてでも探し出せ!」
「は、はい!」
「クソッ…余計な手間かけさせやがって…!」
『ジョゼフィーヌ…逃げて…!』
『愛しているよ、ジョゼフィーヌ……』
死んだ。
厳しくも優しかったお父様も、
いつも側にいてくれたお母様も。
「うっ…うう…うわぁぁぁ!!」
涙が溢れるが、止まってはいられない。
逃げろと言われたから、逃げる。
どこに?
……分からない。
不意に、転ぶ。
「早く…逃げないと…!」
足に力を込めるが、動かない。
「何で…わたくしがこんな目に…?」
もはや走る体力も、立ち上がる気力もない。
そのまま、地に倒れ伏す。
(ああ…ここで、終わりなんですのね……)
そのまま、目を閉じた。
「うぅ…ん」
痛みを感じる。
…痛み?
「……!?」
目を開ける。
周りには、岩の壁…洞窟だろうか。
自分の寝かされているベッドは木製で、上には薄手の毛布が掛けられている。
「痛っ…!」
体を見る。包帯。
誰かが、自分を助けてくれたというのか…?
「……おや?起きたんでゲスね」
「…!」
声のした方を見る。
一人の男。その身なりは高貴なものではなく、むしろ皮の鎧を付けたその姿は、山賊そのものだった。
「山賊…ですか。助けてくれたのは感謝します。
ですが……私はもう、貴族ではありません。
あなた達の求める財産も、持っていませんよ?」
その言葉を聞き、山賊は少し驚いた顔をする。
「?別にオイラ達はあなたをカネ目当てで助けた訳じゃないでゲスよ?」
「じゃあ何で…!」
山賊に女性が攫われる。
それが何を意味するか、分からないジョゼフィーヌではなかった。
「……私に、何をするつもりですの?」
無言で山賊が近づく。
「い、嫌っ…!」
体を動かし、逃げようとする。
しかし、痛みで思うように動けない。
ジョゼフィーヌは目を閉じる。
(助けて……お父様、お母様……エメット…!)
山賊の手が、ジョゼフィーヌの体に伸びる……
「……?」
ことはなかった。
いつまでたっても、何も起こらない。
不思議に思い、山賊の方に目をやる。
「……どうして、跪いているのですか?」
山賊は、ジョゼフィーヌに跪いていた。
「実は、お願いがあるんでゲス」
「お願い……?」
ジョゼフィーヌの問いかけに、山賊は答える。
「あなたに、オイラ達のおやびんになって欲しいんでゲス!」
「…………はい?」
ジョゼフィーヌは困惑した。




