山賊其の玖 暗殺者
幽霊騎士団。
ゲーム内ではジョゼフィーヌ死後間もなくの段階で歴史の表舞台に現れる特務組織で、この世界でも同じく宝剣の捜索を行っている。
初登場時は主人公たちに敵対的で多くのプレイヤーの反感を買っていたものの、後に心強い味方となった。そんな彼らはもちろんこの世界でも、強者の集団である。
*
「はあ……まさか取り立てられて初の仕事が暗殺とはなあ……」
王都西、漆黒に沈むロキア山の山中で身長2mには達するであろう大男──『幽霊騎士団』5番隊隊長フレッド・ノーベはため息をつきながらそう独り言ちる。
「仕方ないですよ。我々のような荒くれがこうして騎士に取り立てられたのも、こういう汚れ仕事を引き受けさせるためでしょうし。気楽に爆破のあの頃に戻りたいですね……私もね」
その右隣り、少し古く汚れた外套の男は笑顔を浮かべたままそう答える。
「だよなあ……はあ、嫌だなあ」
「まあ、頑張りましょ。全員殺せば追加報酬もあるらしいですし」
「はあ……」
フレッドは、おもむろに懐から赤黒いバンダナを取り出し、頭に巻く。
その赤は人間の血を連想させるものであったが、彼にとってそれは自らの気分を高揚させるスイッチであった。
「よし……しゃあ!爆破!!」
瞬間、静寂の森が白熱の閃光に包まれる。
それはノート公爵の馬車を消し去った御者──彼の部下の人間爆弾の命の輝きであった。
*
遠くのロキア山に白い光が走った。
その白い光は黒々とした夜の闇を一瞬照らし出した後、爆音に変わる。
間に合わなかった。救えなかった。
そんな絶望が自分の身を包み、血を凍らせる。
「おい今のは何だ!」
「チッ!とにかく急ぐぞ!!」
俺たちの足が速くなる。
そうだ、まだ死んだと限ったわけじゃない。
そんな淡い希望をもって、さらに速度を上げる。
1分、1秒でも早く。
「……止まれ」
先導していたジェームズが左手で止まるよう促す。
目の前にはちょうど隠れられそうな藪と、その先には燃え盛る馬車。
「お、遅かったのか?」
「静かに……あいつらか?」
燃え盛る馬車の近くには、数人の男たちがいた。
見た目ではならず者にしか見えないものの、よくよく見れば武装はよく整備されており、剣には何らかの紋章が装飾されている。
間違いない。幽霊騎士団だ。隊長の男は見たことがないが。
「ボス!死体を見つけました!」
おそらく部下であろう男が赤いバンダナの人物に報告する。
あの様子から見て、きっと隊長かそれに準ずる立場なのだろう。
「この服装から見て、ノート公爵夫妻ってのはこいつらか……」
そんな……嘘だろ?
額から嫌な汗が流れる。
やはり間に合わなかったのか?
だったら、今までの努力は全部……
「ちょっと待て。娘はどうした?」
「娘?」
……娘?
奇しくも部下の男と同じ言葉を思い浮かべたが、そんなことはどうでもいい。
ジョゼフィーヌは、あそこにはいない?
「こいつらの娘だよ!リストに載ってただろうが!」
「……見つかりませんでした!」
そうだ。
ジョゼフィーヌの死はあくまで「事故死」として表現されただけだ。
「事故で即死」と「事故の外傷が元となって死亡」では全く違う!
そんな一縷の望みが湧いてくると同時に、嫌な汗が少し引いたような気がした。
「おいどうするよ?あいつらの話を聞く限り、目的の娘は生きてるらしいが……早く見つけ出さなきゃあいつらに殺されるぞ?」
ジェームズが問う。
それもそうだ。確かに今は生きているかもしれないが、どちらにせよ幽霊騎士団の目的は彼女たち一家の暗殺。
早く見つけなければ、事故の傷が元で死ぬor見つけられて殺されるの二択。
「……」
「や、やっぱり奇襲をかけるしかないのか?」
「バカ野郎!あいつらは正規の騎士団だぞ!?俺たちが今まで相手してきた貴族の傭兵や山賊なんかとは違う!下手に手を出せば……擂り潰されちまう」
ジェームズの言うことも最もである。
今まで相手してきた相手とは格が違う。
ゲームにも登場したから分かる。ゲーム内での彼らはまさに豪傑の集まり。
団長に至ってはこのゲームの『裏ボス』ときている。
「……いや、ゲットさんの言う通りでゲス。皆さんは捜索に行った部下を叩くのと、ジョゼフィーヌ嬢の救出を。
あいつは、オイラが相手するでゲス」
「……は?お前なに言って」
「確かに、奴らは強いでゲス。でも……」
俺は自分の懐の袋に入れておいた泥を棒にしつつこう言った。
「だからといって、この10年を無駄にはできないでゲス」
*
「クソッ…余計な手間かけさせやがって…!」
フレッドは地面を蹴りながらそう呟いた。言葉には怒りの色がありありと表れている。
「まあ、そこまで気にすることはないでしょう。所詮学生程度……」
「あぁ!?お前は関係ないからそんなことが言えるんだ!黙ってろ!!」
バンダナを着ける前の柔和な彼はどこへやら。いまは粗暴な野蛮人と化している。
(そろそろ潮時ですかね……)
「リーダー、私は南側の捜索に移ります」
「おおそうか。……裏切るなよ?」
外套の男は森の藪の中に消える。
見限られたことにも気づかないとは、おめでたいことだ。
「……おや?」
背後から、またもや怒鳴り声が聞こえる。
誰に怒鳴っている……あそこにいたのは私が最後だったような?
「まあ……いいか」
彼のこの判断が、幽霊騎士団、ひいてはナナシたちの運命を大きく左右することになるのだが、それを知る術はない。
*
「誰だお前は?」
燃え盛る馬車の原型がそろそろ無くなり始めたころ、フレッドの獣のような眼の前──ノート公爵夫妻の死体の前に1人の男が立ちはだかった。
体躯は彼よりは小さく、その手には槍のような長さの茶色の棒が握られている。
こんな時間に山中にいるってことは……ここ縄張りの山賊か?
「……一つ、要求があるでゲス」
俺の問いをまるで無視した男は、言葉を続ける。
「ジョゼフィーヌを諦めろ」
……何を言ってる?馬鹿か。
何で手に入ったチャンスをみすみす逃さなきゃいけねえ?
そもそも、人を殺すなんてごろつき上がりの俺たちからすりゃ当たり前のこと。
それを止める山賊なんて、ヒーロー気取りにも程が……
「いや……そういやいたな。正義のヒーロー気取りのドブネズミ盗賊がよぉ。確か名前は……ダリセー……マルセー……
そう!アルセーヌ団だ!ハッ!まさかこんなところでお目にかかれるとはな!
で……なんだったか?『ジョゼフィーヌを諦めろ』?……お断りだ!!」
フレッドは、首を掻っ切るようなジェスチャーをしつつそう答え……
瞬間、弩のごとくナナシに飛び掛かる。
スキル『ヒューマンボム』は、ただ人間を爆弾にする能力ではない。
厳密にいえば「身体に爆発力を持たせる能力」である。
それは物理的な面でもだが、表現上の爆発的でもあり、実際彼の初速は自動車並みである。
「そうか……なら」
男は地面に手を当てる。
スキルを使おうとしているのだろうがもう遅い。
死ね!!
俺の足が、奴の頭を吹き飛ば
「ガッ……!?」
息が止まる。いやできない。
何が起きた?
眩む視界の中で、俺が最後に見たのは。
目の前に広がる大量の『棒』だった。
「ハァーッッ……!ハァーッッ……!」
一か八かだったが……上手くいったか?
奴の能力……原作に出てこなかったから分からないが……多分強化スキル?
とにかく……思ったより苦戦しなくて……本当に良かった……
「ト……トレーニングしていてよかったかな……」
倒れている男をよそに、俺は膝をつく。
足元には、ノート公爵夫妻の血で濡れた土──今大量に生成した「マッド・スティック」の原料。
昔、高速移動する相手に対しての対策として、面で攻撃する用に濡れた地面からの生成を何とか会得したが……まさか人間の血でやることになるなんて……
「ぐっ……」
そのまま耐えられなくなり、地面に倒れこむ。
少し魔力を消費しすぎたかな……1本じゃなく30本くらいやったもんな……
まあうまいことカウンターになったからよかったけど……
ここばかりは魔力消費が少ないスキルでよかったと思うべきか……
とにかく……少し休んでから行こう。
ここさえ終われば、後は……ジョゼフィーヌをボスにするだけなんだから。




