山賊其の拾 親分
漆黒のロキア山の夜の森に、藪を探るガサゴソという音が響く。
静寂の中で響くそれは、ある意味彼らを目立たせていた。
「おい!いたか?」
声を出す。ランタンの煌々とした明かりに仲間の影が映っている。
「いや、こっちにはいない!そっちはどうだ?」
「駄目だな。まああの爆発だ、ほっとけば死ぬだろ」
「違いねえ。けど早く見つけだがっ!?」
不意に声が途切れる。
相手の方を向くが、ランタンは灯っている。
「おいどうした?転びでもしたかよ?」
そのまま、近づく。
この仕事が終われば一人……まあ大金が手に入る。
何をして過ごすかな。とりあえず女を
山にゴトリと重たいものが落ちる音がした。
アルセーヌ団ジェームズの足元には二つの首なし死体。
「よし、この辺は片付いたみたいだな。探索を続けるぞ」
ジェームズの合図とともに、茂みに隠れていた男衆が姿を現す。
「に、にしても、こいつらもかわいそうだな。せっかく正規の軍に入れたのに……」
「バカ野郎。そんなこと気にしてる暇があったらジョゼフィーヌを探せ。俺たちは何だ?義賊の前に『山賊』だろうが」
「で、でも……ん?」
ゲットの足元に、何かが触れた。
それは柔らかく、そして生暖かい。
「ひ、ひぃっ!?」
「何だ?何か見つけたか?」
「あ、アニキ!何か足元に!」
「はぁ……お前は神経質すぎるんだよ。その図体に見合った心のデカさを持てよな。
大体な、こんなとこにいるのなんて大抵蛇やら……」
ジェームズは死体が持っていたランタンを拾い上げ、その光は足元に落ちる。
「……!」
ゲットは恐ろしくて目をつむってしまうが、それ以上にジェームズは驚愕した。
「……おい、ゲット」
「な、なんだアニキ?まさか悪いものじゃないよな?」
ジェームズは笑みを浮かべ、ゲットの背を叩いた。
「とんでもねえ!こりゃお手柄だぜ……!」
ジェームズ達の足元にいたのは。
「……女?」
冷たい地面の上で、微かに呼吸で胸を上下させる、煤と血にまみれた少女。
ジョゼフィーヌ・ノートであった。
*
「……以上が、ロキア山におけるノート一家暗殺事件の全容です」
王都、幽霊騎士団本拠地。
重厚な石造りの本部の中で、団長に対し外套の男──5番隊副官ケンブは報告する。
相手はもちろん、幽霊騎士団の団長である。
「……ご苦労だったわね。それで……」
「ええ、我らが隊長率いる5番隊は山賊の卑劣な罠にかかり全滅。目的は遂げたものの……生き残ったのは私だけです」
よくもまあここまで嘘を堂々と言えるものだ。
沈黙。
団長は物憂げに指先で机を叩く。
元々爆弾魔の犯罪者としても、10ある隊のうちの一つを失ったのは痛手である。
何か、対策を講じなくては。そう考えているのだろう。
「……では、私はこれで」
ケンブが静かに立ち上がり、部屋のドアノブを回した。
だがその背中に冷徹な声が突き刺さる。
「待て。もう一度確認するけど……本当にターゲットは仕留めたのね?」
少しの沈黙。
ケンブは振り返らず、背中で答える。
「……ええ。間違いありませんよ」
「そう。もう下がっていいわよ」
重たく重厚なドアを閉める。
「……ふぅ……………………」
静かな、誰もいない廊下で私は少しため息をついた。
あの女………私の嘘に気づきかけていた。
やはり危険だな………報告しておかねば。
*
「……で、どうなっているんでゲスか?」
アルセーヌ団本拠の洞窟。
洞窟内をつなぐ湿った廊下で、俺はジェームズに問いかける。
「だから、さっきも言っただろ?あの後、俺たちはジョゼフィーヌとお前、そして一緒に倒れていた敵の親玉を回収。お前はさっき起きてジョゼフィーヌはまだ夢の中。敵のボスは拷問中だ」
「なるほど……じゃあ、その拷問はうまくいってるんでゲスか?」
俺の問いに、ジェームズは苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。
「ここだけの話だが……うまくいってねえ。ゲットが手古摺るんだから相当なもんだな」
「ひ……いてえ、いてえよ!」
フレッドが声を荒げる。椅子に縛り付けられているその手は血に染まっており、よく見ると爪の何本かは剥がされている。
「だから……話してくれればいいんだよ。それともこっちに聞く?」
ゲットは手に持っていたバンダナを縛られているフレッドに巻く。
すぐにフレッドの目が変わる。弱弱しい目から、悪意に満ちたような、怒りの目に。
「テメエ!よくもやりやがったな!クソっなんでスキルが使えねえ!?」
「だからぁ、答えるだけでいいんだよ、お友達」
ゲットは眉一つ動かさず、さらに左手の爪を躊躇なく剥がした。
「ぐ……ギャアアアアアア!!!!」
「教えてくれないか?誰の指令なのか」
淡々と問う。
「クソっ……!死んでも言うかよ!!」
「うーん……これは長くなりそうかなあ。アニキに伝えとかないと」
「なんでもあいつは拷問に耐性があるんだと」
まだジョゼフィーヌを狙った指金は分からないのか。俺は少し落胆した。
まあ時間を掛ければ分かるかもしれない。今はとにかくジョゼフィーヌだ。
「それで、ジョゼフィーヌはどこでゲスか?」
「ああ。それなら……」
教えてもらったドアの前に、俺は立っている。
この先にジョゼフィーヌがいる。
俺の推し。命を懸けてでも守りたい存在。救い出した女性。
いったいどんな言葉をかけるべきなのだろう。
俺は少し自分の身だしなみを整え(と言っても拾い物の皮鎧だから汚れていることには変わらないが。)
少し咳払いをした後、その扉に手を掛けた。
「……おや?起きたんでゲスね」
俺は思わず声を漏らす。
部屋に入って意外だったのは、ジョゼフィーヌがすでに目覚めていたことだった。
彼女はシーツを掴み、胸元まで上げている。
「…!」
彼女の怪訝そうな目が俺を射抜く。
ジョゼフィーヌ。長い金髪と蒼く澄んだ瞳。
その姿はまさに可憐。俺があの頃心惹かれたジョゼフィーヌそのものだった。
「山賊…ですか。助けてくれたのは感謝します。
ですが……私はもう、貴族ではありません。
あなた達の求める財産も、持っていませんよ?」
凛とした、しかしどこか不安げな声。
その言葉に、少し俺は驚くがすぐに納得した。
そりゃ山賊に助けられたとなれば身代金を疑うか。無理もない。
「別にオイラ達はあなたをカネ目当てで助けた訳じゃないでゲスよ?」
「じゃあ何で…!」
ジョゼフィーヌが少し沈黙した後、その顔がこわばった。
いったいどうした?
「……私に、何をするつもりですの?」
山賊が財産のない女性を助ける理由。
彼女は最悪の想像をしたのだろう。
「い、嫌っ…!」
ジョゼフィーヌが逃げようとする。
待ってくれ!俺は急いでジョゼフィーヌに跪いた。
これで敵意がないことは伝えられるはずだ……多分。
「……どうして、跪いているのですか?」
少しの沈黙の後、ジョゼフィーヌが問う。
跪いているためその表情は伺い知れないが、その声は明らかに恐怖から困惑に変わっていた。
「実は、お願いがあるんでゲス」
ああ、やっと言える。
この10年、いや転生する前も合わせればもっとか。
俺はきっと、この一言を言うためにこの世界に転生してきたのだ。
「お願い……?」
俺は顔を上げ、彼女の青い目をまっすぐに見つめ。
最大級の敬意で、言い放つ。
「あなたに、オイラ達のおやびんになって欲しいんでゲス!」
──しんと静まり返る部屋。これまでの血生臭い戦いも、国家を揺るがし始めた陰謀も、すべてを置き去りにするような沈黙の中。
ジョゼフィーヌが返したのはYESでもNOでもなく。
「…………はい?」
ただただ、奈落に突き落とされたような、純粋な『困惑』の一言だった。




