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35回目 その3

 午後の光が少し傾き始めた。

 ビニールハウスを出ると、外は一面の青空。遠くの丘には、白く残る雪と、新芽の緑が混ざり合っている。

 春が来る途中――そんな景色だった。


「れー君、さっきのゲーム、ホントに楽しかったねっ!」

 杏奈が両手を広げて深呼吸する。

 頬に当たる風が少し冷たくて、それがまた気持ちいい。

「まったく……お前らの発想力、いちご以上に甘いわ」

「えへへ~、甘くないとホワイトデーにならないでしょ?」

 ふわりが笑いながら俺の腕にそっと絡みつく。

 その動作一つひとつがゆっくりで、柔らかくて、まるで風みたいだった。

「れーじくん、もう帰っちゃうの~? もう少し、歩こ~♡」

「いいけど、転ぶなよ。ここ坂だからな」

「はぁい♡ 手ぇ、つないで~♡」

「ふ、ふわりちゃん! それ、反則ですっ!」

「んふふ~♡ 反則も、ホワイトデー限定~♡」


 鈴音の声が少し裏返っていて、俺は思わず笑った。

 こういう三人の掛け合い――どれだけ見ても、飽きない。

 ああ、俺、本当にこの三人が好きだなって、心のどこかで改めて思った。


 少し歩いた先に、小さな丘があった。

 温室の裏手にある散歩道を登ると、見晴らしのいい場所に出る。

 ベンチがひとつ。白い柵の向こうには、遠くまで続く畑と、街並みが見えた。


「うわぁ……ここ、絶景ですねっ」

 鈴音が思わず感嘆の声を漏らす。

「ほら、ほられー君! こっち!」

 杏奈が手を振りながらベンチに座り、隣をぽんぽんと叩いた。

「れー君の席、ここ♡」

「おう」

 俺が腰を下ろすと、左右から同時にぴたっと密着する感触。

「うわ、近っ……」

「だって、風冷たいんだもん♪」

「ふわりも~♡ 風、冷たい~♡」

 ふわりが反対側から抱き寄せてきて、まるで天然のカイロ状態。

 少し遅れて、鈴音が控えめに俺の肩に頭を乗せた。

「……鈴音も、少しだけ……」

「お、おう」

 三人のぬくもりに囲まれて、体の芯までぽかぽかになっていく。

 視界の端で、春の光がぼやけて滲んでいた。


「ねぇ、れー君」

 杏奈が少しだけ真面目な声で呟いた。

「高校生活、あとちょっとで終わりだね」

「ああ」

「なんか……信じられないよ。毎日バカみたいに笑ってたのに、もう卒業かぁって」

 彼女の声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。

 ふわりも小さく頷く。

「ふわりも、同じ気持ち~……。でもね、大学でも、また“王様ゲーム”したい~♡」

「ふふ……私もです。三人で同じ大学、同じ場所。そう考えたら、寂しくないですよね」

「……そうだな」

 俺は少し空を見上げて、息を吸った。

 青空の端に、うっすらと白い雲。

 イチゴの香りがまだ指先に残っていた。


「高校ってさ、あっという間だったけど――」

 言葉を探すように、少し間を空ける。

「……お前らがいたから、楽しかった。ホントに、心の底からそう思う」

「れー君……」

「ふわり、今ちょっと泣きそう~♡」

「わ、私も……です」


 杏奈が小さく笑って、指で涙を拭うふりをした。

「も~、れー君、そういうセリフさらっと言わないでよ。ずるいんだから」

「ずるいって言われてもな」

「ずるいけど……好き」

「……ああ」

 その言葉に、返す言葉が見つからなくて。

 気づけば俺も、小さく笑っていた。


「ねぇ、れー君」

 杏奈が少しだけ真面目な声で呟いた。

「高校生活、あとちょっとで終わりだね」

「ああ」

「なんか……信じられないよ。毎日バカみたいに笑ってたのに、もう卒業かぁって」


 いつもよりゆっくりとした口調だった。

 その横顔を、少し冷たい風が撫でていく。

 冬の名残と春の匂いが混ざる空気の中で、杏奈の髪が小さく揺れた。


「ふわりも、同じ気持ち~……」

 隣で、ふわりが胸の前で手を組んで目を細める。

「なんだか夢みたい~。この三年間、ずっとあっという間で。気づいたら、ふわりの“好き”が毎日大きくなってた~♡」

「な、なんだよそれ……」

「んふふ~♡ ホワイトデーだから、正直に言ってもいい日でしょ?」

 ふわりがにこっと微笑んで、頬を染める。

 まるで春の光を映したみたいな笑顔だった。


「ふふ……私もです」

 鈴音が、少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。

「最初は“幼馴染”って言葉が、ただの呼び方みたいで……でも今は、すごく特別に聞こえるんです。三人で、レージ君の隣にいられることが、当たり前じゃないんだなって」

「鈴音……」

「大学でも、同じ時間を過ごしたいですっ。……できれば、“ずっと”」


 言葉の最後に、ほんの少しだけ震えが混ざった。

 それが余計に、心の奥をくすぐるように響いた。


「……そうだな」

 俺は少し空を見上げて、息を吸った。

 青空の端に、うっすらと白い雲。

 指先に残るイチゴの香りが、なんだか胸の奥に沁みた。

 たぶん、もう二度と戻らない季節の匂いだった。


「高校ってさ、あっという間だったけど――」

 言葉を探すように、少し間を空ける。

 自分の中にある気持ちを、丁寧に形にしようとする。

「……お前らがいたから、楽しかった。ホントに、心の底からそう思う」


 言った瞬間、三人の間の空気がやわらかく揺れた。

 杏奈の肩が小さく震えて、視線が合う。

「れー君……」

 その声は、風に溶けそうなくらい優しかった。

「ふわり、今ちょっと泣きそう~♡」

「わ、私も……です」


 杏奈が小さく笑って、指で涙を拭うふりをした。

「も~、れー君、そういうセリフさらっと言わないでよ。ずるいんだから」

「ずるいって言われてもな」

「ずるいけど……好き」


 ふわりが、反対側で小さく呟く。

「ふわりも~♡ れーじくんの言葉、胸が“ぽかぽか”して止まらない~♡」

 鈴音も続けて、両手で頬を押さえる。

「鈴音も……です。胸の奥が、くすぐったいというか、温かいというか……」

 その表情が、まるで春の花が咲く瞬間みたいにやわらかくて――

 俺は、気づけば笑っていた。


「ねぇ、れー君」

「ん?」

「卒業してもさ、“王様”はずっとれー君だからね?」

「……なんだそれ」

「だって、もう誰にも渡さないもん」

 杏奈がそう言って、指先を絡めてくる。

 その仕草が、子どもの約束みたいで――だけど、どこか本気だった。


 ふわりが反対側から重ねる。

「ふわりも~♡ ずっと、れーじくんの下僕~♡」

「そ、それは言葉の選び方がちょっと……!」

 鈴音が慌てて抗議しながらも、結局同じように手を重ねてきた。

「鈴音も、離れませんからっ!」

「……おいおい、なんだよこれ」

「王様ゲーム、契約の儀式~♡」

「そうそう、正式ルール追加ね!」

「ふふっ……三人分の“好き”を、ちゃんと受け取ってくださいね」


 四人の手が重なったその瞬間、春風がふっと吹き抜けた。

 絡めた指の隙間を通って、温かい空気が通り抜ける。

 まるで「これからも大丈夫」と囁くみたいに、優しい風だった。


「……なぁ」

 俺は静かに言った。

「こうして手つないで、笑って……なんか、すげぇな」

「え?」

「なんかさ。幸せって、案外こういう瞬間なんだなって思う」


 三人の肩が同時に揺れて、静かに笑う。

 杏奈が少しだけ身を寄せてきた。

「それが、れー君の“告白”ってことでいい?」

「……かもな」

 ふわりが目を細める。

「ふわり、いま“ドキ”ってした~♡」

 鈴音も少しだけ目を伏せながら頷いた。

「……嬉しいです。言葉にしてもらえると、ちゃんと胸に届きます」


「れー君、それが言いたかった言葉?」

「多分、そう」

「んふふ~♡ ホワイトデーの“お返し”、ちゃんと届いたよ~♡」

「鈴音も、嬉しいですっ」

「よし、なら満点だな」


 杏奈が指でハートを作り、ふわりと鈴音が笑顔で真似する。

 その小さなハートが、春の光の中でひとつになった。


 沈みかけた太陽が、丘の向こうで光を散らす。

 イチゴ畑の赤と、夕焼けの赤が溶け合って、世界が一瞬、同じ色になった。

 春の風が通り抜ける。

 繋いだ手の温もりが、未来への約束みたいに残っていた。

 ――この瞬間を、きっとずっと忘れない。


~ゲーム35回目 終了~

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