35回目 その2
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
春の温室に、三人の明るい声が響き渡った。
ビニールの天井から差し込む光が、いちご色の空気を照らしている。
テーブルの上には摘みたての果実が山のように並び、白い練乳のボトルがキラリと光った。
「じゃあ~、正室くじスタート!」
杏奈が笑顔で三本の棒を差し出す。
「どれにする?」
「ふわりは真ん中~♡」
「鈴音、右端ですっ!」
「じゃ、あたしは左っ!」
棒を引き抜くと――杏奈の指先に、赤い印。
「でた~! 当たりぃ♡ 今日の正室はこのあたしっ!」
「おめでと~♡」「おめでとうございますっ!」
ふわりと鈴音が拍手する中、杏奈はドヤ顔で腰に手を当てた。
「ふっふっふ~。ホワイトデー特別ルール、発動!」
「……おい、また変なの思いついた顔してるな」
「違うよぉ♪ 今日は特別な日なんだから、“特別な笑顔”にしてあげるのっ」
「ほう?」
「題して――“甘々・笑顔チャレンジ!”」
「また甘々系か……」
「当たり前じゃん! ホワイトデーだよ?」
杏奈がイチゴをつまみ上げ、ボトルの練乳をぎゅっと絞る。
白い滴が赤い果実の上でゆっくりと流れ、光の粒を纏って滑り落ちた。
「れー君、見て……♡ とろ~っと垂れる感じ、えっちじゃない?」
「ちょ、おまっ、言葉選べ!」
「ふふっ、照れた~♪ でもほら、ホワイトデーってこういうのが“正解”でしょ?」
杏奈は唇の端に少しだけ練乳をつけ、わざと舌でぺろっとなぞる。
「ほら、れー君も舐めていいよ? “お返し”♡」
「な、何を言って……」
杏奈がすっと顔を寄せる。
距離が近すぎて、呼吸の熱が頬にかかる。
「……“早く”♡」
その挑発的な笑みに、全理性がギリギリのラインで悲鳴を上げた。
「――っ、バカ、お前……やりすぎ!」
「ふふっ、ちゃんとホワイトデー仕様だもん♪」
杏奈は勝ち誇ったように笑い、指先でイチゴをつまんで俺の口元へ。
「れー君、あーん♡」
「……くっそ、負けた気しかしねぇ……」
果汁と練乳の甘さが混ざって、喉が焼けるほど甘い。
顔の熱も、それに負けないくらいだった。
「ふわりの番~♡」
ふわりが立ち上がると、長い髪がふわりと揺れる。
「ふわりね~、今日はホワイトデー特製~、“れーじくんへのミルキーキス♡”」
「ま、待て、タイトルからして嫌な予感しかしない」
「れーじくん、口開けて~♡」
「だからやめとけって!」
ふわりはイチゴに練乳をたっぷりかけ、そのまま自分の唇の近くまで持っていく。
「れーじくん、見て~♡ ここから、半分こしよ~♡」
「ふわり! それはもう直球すぎる!」
「んふふ~♡ ホワイトデーだからね~♡」
ふわりがそっと差し出す手が、まるで夢の中のスローモーションみたいにゆっくり近づく。
俺が後ずさると、杏奈と鈴音が同時に「わぁ~」と声を上げた。
「ふわりちゃん、やっぱ強すぎ!」「ふ、ふわり先輩っ、攻めすぎですっ!」
「えへへ~♡ ふわり、れーじくんが笑ってくれたら、それで満点~♡」
ふわりがにこっと笑い、指先で俺のほっぺを軽くつついた。
その仕草が、反則級に優しい。
「……ずるいな、お前」
「ずるいのは、好きの証拠~♡」
「れ、れ、レージ君っ!」
鈴音が真っ赤な顔で立ち上がる。
「次、鈴音の番ですっ! み、見ててくださいっ!」
「お、おう……」
「鈴音も……口移し、しますっ!」
「はああああ!?」
「り、鈴音も負けませんっ! だって、三人で一緒って決めたんですからっ!」
杏奈とふわりが目を丸くする。
「リンちゃん、勇気出したね……!」「すご~い♡ ふわり、応援しちゃう~♡」
鈴音は震える手でイチゴを持ち、練乳をかけようとする――が。
「……あぁぁっ!?」
手が滑って、練乳が自分の頬にぽたりと垂れた。
「り、鈴音っ!?」
「わわっ……ちょ、ちょっと待ってください! 顔にっ、ついちゃって……!」
「だ、大丈夫、拭いて――」
「い、いえっ! レージ君が、取ってくださいっ!」
「はあ!?」
「お、お返し……ですからっ!」
気づけば杏奈とふわりもニヤニヤしていた。
「ふふっ、いいぞリンちゃん~♡」「れーじくん、優しくね~♡」
俺は半ば呆れながら、指先でそっと頬を拭った。
頬の温もりと、彼女の息づかいが近い。
「……はい、取れた」
「……あ、ありがとう……ございますっ」
鈴音はしばらく動けず、真っ赤な顔で小さく呟いた。
「れ、レージ君、今日は……ずっと笑ってくださいね……っ」
「……っぷはぁぁっ! 全員、破壊力高すぎ!」
俺が頭を抱えると、三人は声を合わせて笑った。
デッキの上に、甘い香りと春の風が流れる。
笑い声が響き、ハウスの外までこだまする。
「れー君、今日の笑顔、百点満点だよ♪」
「ふわりも~♡ れーじくんの“んふふ”顔、だいすき~♡」
「レージ君……鈴音、頑張りましたっ!」
「……ああ。最高のホワイトデーだった」
そう言うと、杏奈が頬を染めて微笑む。
「ねぇれー君。これが“幸せ返し”ってやつ、でしょ?」
ふわりが両手を広げてうなずく。
「れーじくん、これからも毎年~♡」
鈴音が控えめに手を合わせ、目を細めた。
「ホワイトデー、ずっと一緒に迎えましょうねっ」
いちごの香り、練乳の甘さ、そして三人の笑顔。
すべてが溶け合って、春の空の下で光っていた。




