最終回 卒業式、春の約束~ゲームは続くよいつまでも~
校庭の桜はまだ蕾のまま。
でも、その先端に淡い桃色が滲み始めている。
――春の匂いだ。
息を吸うたびに、少しずつ冬の冷たさが和らいでいく。
正門には「第73回 卒業証書授与式」の横断幕。
春の風がそれを軽く叩き、校舎の窓を揺らした。
「れー君、ネクタイ曲がってるっ」
朝の教室。杏奈が俺の襟を掴み、器用に整えてくれる。
「うるさいな……緊張してんだよ」
「ふふ、そういうとこが可愛いの。はい、これでよし♪」
彼女の笑顔はいつも通りだったけど――今日は少し、目の奥が潤んでいた。
窓際ではふわりがスマホを構え、外の光を受けながらピースサイン。
「れーじくん~! 一緒に撮ろ~♡ 卒業式の記念だよ~♡」
「いま!? まだ式始まってないぞ!」
「だって~、高校の制服で撮るの最後だもん~♡」
その言葉に教室中がどっと笑いに包まれる。
「はぁ~……甘蔵、空気吸うだけで糖度上がりそうだわ」
「てか土峰、お前また彼女増えてね?」
「違うって言ってんだろ!」
男子たちのやっかみが飛ぶ。
だが、そんな声ももう日常のBGMみたいになっていた。
卒業式が終わると、体育館を出た廊下が賑やかになった。
あちこちで「写真撮ろ!」の声。
その中で、俺の周りだけ妙に視線が多い。
「おい土峰!」
後ろからクラスメイトが肩を組んでくる。
「くっそーーーっ。テメェは最後までハーレム野郎かよ!」
「外、見ろって! 他校のファンがバスで押し寄せてんぞ!?」
「……は?」
廊下の窓から外を見ると、校門の外に大勢の女子が並んでいた。
色とりどりのマフラー、手作りの横断幕――
《ありがとう! 土峰零士君♡》《全国優勝おめでとう!》
笑顔で手を振るその光景に、思わず額を押さえる。
「お、おい、なんだよアレ……」
「ファンの人たち……?」
「バスで来たんだってさ。チア部のフォロワーが告知したらしい」
「おいおい、卒業式で出待ちとか、アイドルかよ……!」
背後では杏奈が呆れ顔。
「ほらね? だから言ったじゃん、れー君って全国区のモテ男だって」
「や、やめろ。恥ずかしいからそういうの!」
「ふふ、照れてる照れてる~♡」
ふわりがのんびり笑い、鈴音は「れーじ君、落ち着いてくださいっ」と半ばあたふた。
クラスの空気がどこか祝福めいて、胸が少しだけ熱くなった。
午後。
みんなが帰り支度を始める中、俺たちは自然と教室に戻っていた。
黒板の隅には、まだ消されずに残った落書きがある。
《三年A組ありがとう!》《また遊ぼう!》《れー君伝説、完結!?》
誰かがふざけ半分で書いたその文字を見て、杏奈がくすっと笑った。
「ねぇ、れー君。……なんかさ、三年間って早かったね」
「ああ。気づいたらもう卒業だもんな」
「この教室でさ、いっぱいバカみたいに笑ったり、ケンカしたりして。
……それだけで、ちょっと泣きそう」
「おいおい、泣くの早いだろ」
ふわりがそっと杏奈の肩を抱く。
「杏奈ちゃん、泣いたらメイク崩れちゃうよ~。卒アルの顔、ばっちり残るんだから~♡」
「ふわりちゃんこそ、涙腺ゆるいくせに」
「ふわりはね~……涙もろいんじゃなくて、優しすぎるだけなの~♡」
「どっちも同じですっ!」
鈴音のツッコミが入って、みんな笑う。
窓から夕陽が差し込み、カーテンがゆらりと揺れる。
机の上を照らす光が、まるでこの三年間を優しく包み込んでいるようだった。
「……ねぇ、れー君」
杏奈が静かに言った。
「高校、終わっちゃったね」
「ああ。長かったようで、あっという間だった」
「でも、終わりじゃないんだよね」
ふわりが窓辺で微笑み、頬に光が反射する。
「だって、これからも一緒だもん♡ 大学でも、ね?」
「そ、そうですっ。鈴音……離れるの、絶対イヤです!」
「おいおい……そんな風に言われたら困るだろ」
「う、うるさいですっ! 恥ずかしいだけですっ!」
鈴音が真っ赤になり、杏奈とふわりがくすくす笑う。
「……なぁ」
俺は机に手を置いた。
「王様ゲームも、もう三十五回か」
「ふふっ、そうだね」杏奈が頷く。
「でもね、れー君」
彼女がそっと近づき、また俺のネクタイを整える。
「“王様れー君♡♡♡”って呼ぶの、これからもずっと続けるから」
「へへ、ま、まぁ……頑張るよ」
ふわりが俺の腕に抱きつきながら、
「れーじくん王国、永遠に不滅~♡」
「こ、こらっ! またそういうこと言ってっ!」
鈴音のツッコミが飛び、笑いが重なる。
窓の外。
さっきのファンバスが遠くの道路を走り去っていくのが見えた。
その光景を眺めながら、ふと思う。
――こんな風に笑っていられる時間が、ずっと続けばいい。
「次の命令は――大学で、だな」
「命令じゃなくて、約束ね」
杏奈の笑顔は、春の光よりもまぶしかった。
「“王様れー君”の命令なら、いつでも聞くから♡」
ふわり「ふわりも~♡」
鈴音「こ、こら! ……でも、少しだけなら、いいかも……」
三人が顔を見合わせ、そろって声を上げた。
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
カーテンが風に揺れ、夕陽が差し込む。
笑い声が教室を満たし、春の光がきらりと弾けた。
「俺たちの“王様ゲーム”は、これからも続く――。」
~Fin~




