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 ホワイトデーの朝。

 まだ肌寒い三月の風が校門前を吹き抜ける。雪はもう溶けて、アスファルトの隅にうっすら残るだけ。

 駅前に集合した三人は、それぞれの春支度をしていた。


「お待たせ~♪ れー君、今日のあたしどう? 春デート仕様だよっ」

 杏奈がスカートの裾をひらりと広げて見せる。

 淡い桜ピンクのカーディガンに白いプリーツスカート。笑うたびに、黒髪のハーフテールがふわっと揺れた。

「似合ってる。春っぽいな」

「でしょー? やっぱりホワイトデーって言ったらピンクでしょ♪」


 隣ではふわりが、いつも通りゆっくりと笑う。

「ふわりは~、ストロベリーミルク色♡ れーじくんが今日の主役だから、主役色に合わせたの~」

「俺、そんな甘い色してねぇけどな」

「してるよ~♡ 心が、ね」

 ふわりの声は、春風みたいに柔らかい。

 その少し後ろで鈴音がきゅっとマフラーを結び直し、手帳を見て頷いた。

「ふ、ふたりとも……集合時間、予定より三分押してます! 遅刻ギリギリですっ!」

「リンちゃん、今日も真面目だな~」

「だって……ホワイトデーですよ!? 記念日みたいなものでしょう!?」

 杏奈が吹き出しながら肩を叩く。

「かわいいなぁ、リンちゃんは。ほら、行こ行こ~」


 俺は三人の姿を見て、少しだけ照れくさく笑った。

 今日はホワイトデー。

 バレンタインに三人からもらったもの――手作りチョコに、メッセージカード、そしてあの“気持ち”へのお返しとして、俺が全部用意したプランだ。


「よし、それじゃ出発だ。今日は俺の奢りで行くぞ」

「えっ……奢り!? どこ行くの!?」

「ヒントは……甘いとこ」

「甘い? お菓子屋さん?」

「ふふっ、れーじくんの“甘い”って、なんか意味深~♡」

「やめろ、誤解されるだろ……!」


 笑いながら車に乗り込む。

 ふわりが助手席、後ろに杏奈と鈴音。

 カーステレオからは春っぽいポップスが流れていた。


 こういう時の為に夏休みで免許合宿に行っておいてよかったぜ。

 窓の外では街路樹の枝がほんのり色づき始めていて、冬の終わりを告げていた。


「ねぇねぇ、どこ行くのかだけヒントちょーだい!」

 運転席の俺に身を乗り出す杏奈。

「うーん……“女子が喜ぶ場所”だな」

「それ、超ざっくりじゃん!」

「お土産屋さんですか?」

「いや、もうちょい自然の中」

「れーじくんと自然……んふふ~、ドキドキする~♡」

「だから変な想像すんなって」


 車内はずっとこんな調子だ。

 この三人といると、静かになる瞬間がない。

 笑い声のリズムが、春の空気と一緒に窓を抜けていく。


 やがて高速道路を抜け、郊外の看板が見えてきた。

《いちごの丘ファーム》――その文字を見た瞬間、後部座席から歓声が上がった。


「えっ、い、いちご狩り!?」

「マジで!? やばっ、テンション上がる~!」

「ふわり、ずっと行きたかったの~♡」

 もう全員、目がキラッキラだ。

 俺はハンドルを握りながら、こっそり笑みを噛み殺した。


「ホワイトデーだからさ。甘いお返し、ってことでな」

「れー君~! 最高すぎる~っ!」

「ありがとうございます、れ、レージ君っ! なんか、嬉しいですっ!」

「れーじくん、愛してる~♡」

「こらこら、まだ着いてねぇっての!」


 駐車場に車を止めて、外へ出る。

 ビニールハウスの中は、春の香りでいっぱいだった。

 真っ赤なイチゴがずらりと並び、太陽の光を浴びてつやつや光っている。

 天井のビニールに水滴がついていて、ぽとり、と落ちる音が静かに響いていた。


「うわぁぁ……すっごぉい!」

 杏奈が両手を広げて駆け出す。

 そのあとを鈴音が小走りで追い、ふわりがのんびり歩いてくる。

 なんていうか、三人それぞれの“テンポ”がちゃんとある。


「れー君、これ見て!」

 杏奈が手にしたのは、ハート型のイチゴ。


「かわいくない? これ食べていい?」

「いいけど、食べすぎんなよ」

「んー、これ絶対甘いよ~♡ ほら、れー君も食べる?」

 差し出された指先には、真っ赤な果実。

 杏奈の唇が近くにあって、息がかかる。

「……あーん」

 俺が口を開けると、にやっと笑ってイチゴを押し込んできた。

「お味は?」

「……めっちゃ甘い」

「でしょ? “れー君補正”かかってるもんね♪」

「お前、どんな補正だよ」

 笑い合う声が温室の天井に反響する。


「ふわりも~♡」

 ふわりが手にしたイチゴは、杏奈の倍はある。

「でっか! それイチゴじゃなくて拳サイズだろ!」

「ふわりサイズなの~♡ れーじくんにも、はいあ~ん♡」

「またか!?」

 口に押し込まれた瞬間、ふわりが満足そうに頬をゆるめる。


「れーじくん、嬉しそう~♡」

「嬉しいけど、口がイチゴでいっぱいだ……」


「れ、レージ君! こっちの列の方が甘いですっ!」

 鈴音は真面目に研究モードだ。

「糖度計あります! 13度です! すごいですよ!」

「お前、理系の分析かよ」

「えへへ……“おいしい”の理屈を調べるの、楽しくて」

 そう言って小さく笑う鈴音の口元に、果汁がきらりと光る。

 指で拭ってあげると、彼女は一瞬で真っ赤になって、視線を泳がせた。

「……っ、あ、ありがとうございます。い、今のはっ……その……」

「気にすんな。お返しのうちだ」

「も、もう……ずるいですっ!」


 陽光がハウスの屋根を透かして、空気が金色に染まる。

 三人が笑っている。

 頬を染めて、果実をかじって、ひたすら楽しそうにしている。

 その姿を見ているだけで、胸の奥があたたかくなる。


 ――ああ、これでよかった。

 プレゼントなんかより、こういう時間がいちばん嬉しい。


「れー君、ありがとね」

 杏奈が振り向いて微笑む。

「こういうの、ホントに嬉しい」

「ふわりも~♡ 甘いのいっぱい食べて、れーじくんの隣にいられて、最高~♡」

「鈴音も……です。三人で一緒にいられるの、すごく幸せですっ」

「……そっか。なら、計画大成功だな」

 そう言うと、三人の笑顔が一斉に咲いた。

 春の光よりまぶしくて、俺は少しだけ目を細めた。


 温室の出口で手を振るスタッフのおばちゃんが、にこにこと言う。

「若いっていいねぇ~。仲良しで羨ましいわぁ」

「へへ、まぁ色々あって」

 そう答えると、杏奈がすかさず腕を組んできた。

「色々っていうか、ほら、もう“運命共同体”だからね!」

「うんうん、ふわりも~♡」

「そ、そういうことにしておいてくださいっ!」

「はいはい、了解……」


 そんな他愛もないやり取りが、どうしようもなく心地よい。

 春風が吹き抜けて、甘い香りを運んでくる。

 笑い声とイチゴの香りが混ざって、世界が少しだけ、やさしい色に見えた。





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