34回目 その2
温泉街の夕暮れは、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
雪を照らす街灯がぽつりぽつりと灯り、
俺たちは旅館の玄関に戻ってきた。
「はぁ~……お風呂、気持ちよかったぁ♡」
「ふわりちゃん、のぼせてない?」
「だいじょ~ぶ~♡ ふわり、湯上がりプリンも食べたし~♡」
「また食ってるのか……」
部屋に戻ると、こたつとみかん、そしてお菓子が山積み。
まさに“旅行の夜”という空気だ。
「……さて!」
杏奈がこたつの上に紙くじを置いた。
「このために持ってきたのですっ♡」
「出たな、悪魔の遊び」
「悪魔じゃなくて、愛のゲーム♡」
「どっちにしろ危険だろ」
「じゃあいくよ~!」
三人がいつもの掛け声を合わせる。
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
くじを引いた瞬間――
俺の棒の先に赤い印。
「おぉ、出たっ! 逆転ルールですっ!」
「き、きましたね、れー君ターン!」
「おおぉ……久々だな……俺が命令する番か」
「どんな命令出すの~?♡」
「ふわり、ドキドキ~♡」
「鈴音、心の準備がっ……まだできてません!」
「……お前ら、毎回言ってる気がするぞ」
「じゃあ……そうだな」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「“王様をとびっきり癒やせ”」
「癒やせ?」
「そう。マッサージでも耳かきでも、甘い言葉でも――癒やせたら成功だ」
「うわぁ、なんか大人っぽい~♡」
「ふわり得意そう!」
「れー君、それは誰から順番に?」
「そうだな……杏奈からいこうか」
「よっしゃ任せて!」
杏奈は袖をまくって膝立ちになり、
俺の後ろに回り込む。
「はいっ、杏奈式肩もみ♡」
「ちょ、けっこう力強いな……!」
「我慢しなさい王様♡」
「お前、癒やしって言葉の意味分かってる!?」
「愛のスパルタマッサージだよ♡」
「ひゃははっ、れー君くすぐったそう~!」
「鈴音も、やりますっ!」
鈴音が横から肩をトントン叩く。
「鈴音式、ツボ押し療法ですっ!」
「それ、痛っ、いてててっ!」
「効いてる証拠ですっ!」
「お前までスパルタか!」
「じゃあ、最後はふわり~♡」
ふわりがこたつからゆっくり這い寄ってくる。
「れーじくん、目、閉じて~♡」
「お、おう?」
次の瞬間――ふわりの指先が、そっと頬に触れた。
「ふわり式“とろけるなでなで”~♡」
「……な、なにこれ、めちゃくちゃ落ち着く」
「でしょ~♡ ふわり、癒やしのプロなんだから~♡」
隣で杏奈が唇を尖らせる。
「ちょ、ズルい! 癒やしポイント高すぎるっ!」
「リンちゃんも混ざろ~♡」
「わ、わわっ!? ふわりちゃん、腕の中に!?」
「全員集合♡」
結局、三人が寄りかかるように零士を包み込む。
杏奈の髪の香り、ふわりの柔らかい体温、鈴音の少し緊張した息づかい。
全部が混ざって、心地よい熱がこたつの中に溶けていった。
「……あー、これは反則だわ」
「癒やされた~?」
「もう完全に戦意喪失」
「勝者ふわりチーム~♡」
「チーム戦だったのか!?」
笑い声が夜の旅館に響く。
外では雪が静かに降っていて、
その音さえ、なんだか優しかった。
杏奈が小さく呟く。
「ねぇ、れー君」
「ん?」
「こうしてるとさ……本当に卒業するんだなって思う」
「……そうだな」
「でも、まだ終わらないよ。これからも、王様れー君と一緒にいっぱい思い出作るから」
「……ああ、頼むぞ、正室たち」
三人の笑顔が、湯けむりのようにやわらかく広がっていた。
夕食を終えて、温泉宿の廊下を歩く。
ふわりは満腹でふわふわ、杏奈はテンション高め、鈴音は少し眠そう。
「れー君っ! 卓球場あるよっ!」
杏奈が急に声を上げた。
「旅館といえば卓球でしょ~♡」
「ふわりも~、ピンポンしたい~♡」
「……こういう流れ、嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫! 今回は勝負したら、王様から“ご褒美”がもらえるルールにするの♡」
「また王様ゲームの派生!?」
「当然でしょ!」
卓球場は意外と広く、天井から下がる提灯がオレンジ色の光を落としていた。
どこかレトロで、妙に雰囲気がある。
ふわりは帯をゆるめながら、のんびりと首をかしげた。
「れーじくん、浴衣……崩れてない?」
「お、お前こそ、結構はだけて……!」
「え? あっ、ほんとだぁ~♡」
胸元の合わせ目がゆるんで、あたたかい肌がちらりとのぞく。
ふわりは慌てて直しながらも、いつもの調子で笑った。
「旅館マジック~♡ ふわり、いつもより開放的~♡」
「心臓に悪いって……!」
杏奈がニヤッと笑って背伸びする。
「じゃあ、ご褒美目指して勝負しよっか! 王様のために♡」
「れー君のために……全力でやりますっ!」
鈴音がきゅっと帯を結び直す。その拍子に袖が滑り、白い肩が一瞬のぞく。
「ひゃっ……ち、違います、これは事故ですっ!」
「どんな事故だよ!」
「じゃ、杏奈vs鈴音! 勝った方が王様から“好きな褒め言葉”もらえるってことで!」
「褒め言葉!?」
「そう♡ だってれー君の声、気持ちいいんだもん」
「おい、変な理由つけんな!」
俺が呆れてる間に、勝負開始。
杏奈のサーブが鋭く飛ぶ。
「いっくよーっ!」
ぱんっ、と弾ける音。
「ひゃうっ!?」
鈴音のラケットが空を切る。
「杏奈ちゃん強いっ!」
「当然でしょ♪ 体育王国の女王だもん!」
「ふふっ……油断しましたねっ!」
鈴音が気を取り直し、ドライブを返す。
浴衣の袖がふわりと揺れて、ほんのり色香を感じる。
温泉の余熱もあって、顔の赤みが余計に可愛く見えた。
「鈴音、ナイスショット!」
「ありがとうございますっ!」
「でも……次で決めるよ!」
杏奈の瞳がキラリと光る。
軽快な足運び、跳ねる裾。
浴衣の裾から、すらりと伸びた足がチラッと覗く。
息を呑む暇もなく、スマッシュが炸裂。
「決まったぁ!」
「くぅっ……やりますね、杏奈ちゃんっ!」
点数は10対8。
息を切らしながらも笑い合う二人。
その姿に、なんだか胸が熱くなった。
そこへ、ふわりがマイペースに登場。
「ふわりも~、やりたくなっちゃった~♡」
「えっ、今の流れで!?」
「次はふわりvsれーじくん~♡」
「なんで俺!?」
ふわりが構えた瞬間、
帯がふわっとほどけて――
「わ、わわっ! ふわりちゃん!?」
「きゃ~♡ れーじくん見た~?」
「いや見たけど! いや、見てない!」
「ふわり、ちょっと大胆すぎ~♡」杏奈が笑う。
「だ、だからこれは事故ですってぇ!」鈴音が真っ赤。
慌てて直しながら、ふわりはにっこり。
「えへへ~♡ れーじくん、ドキドキした~?」
「お前は天然で言ってんのか確信犯なのか分かんねぇ!」
最後は全員で笑いながらラケットを放り出した。
頬は温泉の熱で赤く、息も少しだけ弾んでいる。
「ねぇ、れー君」
「ん?」
「今の勝負、楽しかったね」
「……ああ。温泉卓球、恐るべしだな」
「じゃあまたやろっ。大学でも!」
「もちろん。……ただし、浴衣はもう少し慎重にな」
「はーい♡」
笑い声と湯けむりが混ざって、夜の空気がほんのり甘く揺れた。




