34回目 その1
足湯でぽかぽかになった後、俺たちは温泉街の坂道を登っていた。
その先に、小さな赤い鳥居が見える。
「わぁ……! あの神社、絵になりますね!」
「写真撮ろうよ~♪」
「ふわり、スマホ出して~♡」
「はぁい♡」
木々に囲まれた神社は、雪の中で静かに佇んでいた。
鳥居の上には、積もった雪がきらきら光っている。
まるで、時間そのものが止まったみたいな光景だ。
「じゃあ、せっかくだからお参りしよっか」
「お賽銭、ちゃんと持ってる?」
「杏奈、こういうの抜かりないな」
「当然でしょ~♪ 願いごとするんだから!」
四人並んで手を合わせる。
それぞれが何を願っているのかは――聞かないでも分かる気がした。
静かな鈴の音が鳴り、雪の中に溶けていく。
「次はおみくじっ!」
「出た、杏奈のイベント欲」
「ふふっ♡ 旅行とおみくじはセットだもん♪」
「ふわりも引く~♡」
「鈴音も、運試しっ!」
俺も含め、四人で一斉に引いた。
白い紙がくるりと開く。
「じゃ、せーので見よっか!」
「せーのっ!」
杏奈:「中吉!」
ふわり:「大吉~♡」
俺:「吉、か。まあ悪くない」
そして――鈴音だけが、無言で固まっていた。
「……鈴音?」
「…………」
「ちょ、まさか」
「……凶、です」
ピュウ、と冷たい風が吹く。
周囲が一瞬、静まり返った。
「で、出ちゃったぁ!?」
「れー君っ! 凶ってどうすればいいんですか!?」
「お、落ち着け鈴音! こういうのは気にしすぎたら負けだ!」
「そ、そんなこと言われてもぉぉぉ!!」
完全にテンパる鈴音。
その姿が可愛すぎて、つい笑いそうになるのを堪える。
「ふわりちゃん、どうするのこういう時!?」
「ん~♡ ふわり式フォロー~♡」
「どんなの!?」
「ぎゅ~ってしてあげるの~♡」
「ちょ、え、ふわり!? ひゃうっ!?」
鈴音がふわりの胸に埋まる。
「ふわりちゃん!? くるしいですぅ~!」
「幸せでしょ~♡」
「し、幸せですけどぉ~!?」
その隙に杏奈が紙をひょいっと取り上げる。
「どれどれ……“凶”でも『努力は報われる』って書いてあるじゃん」
「ほら、そんな悪くないって!」
「……ほんと、ですか?」
「ほんとほんと!」
「な? “凶”ってのは、運を使わずに残せたってことなんだよ」
「運を……残す?」
「ああ。だって、大学生活これからだろ? そっちで使えばいい」
鈴音はきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「……れー君って、たまにずるいです」
「え?」
「そういうこと言われると、凶でも嬉しくなるんですから」
「お、おう……照れるじゃねーか」
「じゃあ、これ!」
杏奈が鈴音の手に、小さなピンクの“恋みくじ守り”を握らせた。
「みんなでおそろいだよ。ふわりの分と、れー君の分も買ったから♪」
「え、俺もか?」
「当然! “4人で幸せ”のお守りなんだからっ♡」
雪の中、4人でお守りを掲げる。
金色の鈴がチリリと鳴り、柔らかい風が吹いた。
「……ねぇ、れー君」
「ん?」
「大学でも、こうやってまた旅行しよ?」
「もちろん」
「約束ね!」
ふわりがニコッと笑い、鈴音が頷く。
「次は“凶”じゃなくて“大吉”取ります!」
「じゃあ、ふわりは“超大吉~♡”」
「そんなのあるか!」
笑い声が雪の坂道に響く。
湯けむりが淡く揺れて、神社の鈴がもう一度鳴った。
神社を後にした俺たちは、再び温泉街の通りへ戻った。
昼前になり、観光客も増えてきて、香ばしい匂いがあちこちから漂ってくる。
「れー君っ! 見て見て! 焼きまんじゅう~♡」
杏奈がすでに屋台へ突撃していた。
「さっきまんじゅう食ったばっかだろ」
「旅先は別腹だもん♪」
「別腹の使い方おかしいからな」
「ふわりも~、あのプリン食べたい~♡」
「ふわりちゃん、また甘いの!?」
「デザートは別腹~♡」
「また別腹理論っ!?」
「はぁ……もう、財布係の鈴音が泣きますよ……」
「大丈夫大丈夫、鈴音~♪」
杏奈が肩を抱く。
「どうせあとでれー君が奢ってくれるしっ♡」
「お前、当然みたいに言うな!」
それでも――
このわちゃわちゃした空気が、楽しくて仕方なかった。
温泉まんじゅう、串焼き、温泉たまご。
通りを歩きながら、三人は自由気ままに頬張る。
「ん~♡ 幸せ~♡」
「ふわりちゃん、頬にクリームついてますっ!」
「えっ、どこ~?」
「ほら、ここです!」
鈴音がナプキンで拭ってやる。
「ありがと~♡ リンちゃんママみたい~♡」
「ママって言わないでくださいっ!」
「ふわり、可愛い~♡」
杏奈がスマホを構える。
「ほら、ふわりの“甘やかし顔”撮れた!」
「ちょっ、撮るなって!」
「あとで送るね~♡」
歩き疲れた頃、ふわりが指さした。
「ねぇねぇ、あそこ~♡」
足湯とカフェが併設された小さな店だ。
「入ってこうか」
「さんせーい!」
「鈴音も……少し休みたいですっ!」
店内は湯けむりとコーヒーの香りが混ざり合っていて、
まるで時間がゆっくり溶けていくみたいだった。
「じゃあ、れー君とふわりはこっちね♪」
杏奈がなぜかペア分けを始める。
「は? なんでだよ」
「順番だよ順番♡」
「順番制!?」
隣の席にふわりがちょこんと座る。
「ふわり、カフェオレ~♡」
「俺も同じの」
「じゃあ~、れーじくんのと~、一口交換しよ♡」
「へ?」
「ふわりの、甘いよ~♡」
「……」
思考が一瞬止まった。
ふわりがストローをくるくる回しながら微笑む。
「はい、どうぞ♡」
「……いや、これは……間接的に……」
「なに~? れーじくん、顔赤い~♡」
「ふ、ふわりちゃん!? それはその、えっちなやつですっ!!」
「えっちなやつって言うなぁ!」
「鈴音真っ赤~♡」
「杏奈ちゃんも笑ってないで止めてくださいっ!」
「いや~、止められるわけないでしょこれ~♡」
結局、全員で「一口交換」する羽目になった。
杏奈はソーダフロート、ふわりはカフェオレ、鈴音は抹茶ラテ。
どれも、ほんのり甘くて、ちょっと照れる味だった。
「れー君、どれが一番だった?」
「……選べるかそんなの」
「ふふっ♡ 正解~♪」
笑い合う声に混じって、
足湯の湯気がゆらゆらと揺れる。
「ねぇ、れー君」
「ん?」
「卒業しても、こうやってまた旅行しよ?」
「おう。大学生になっても、何回でも行こうぜ」
「やった♡ じゃあその時も――王様ゲームね!」
「またかよ!」
こたつよりあたたかい笑い声が、
温泉街の午後に溶けていった。




