33回目 その4
夜が更け、こたつの明かりが少しだけ柔らかくなっていた。
障子の向こうでは、雪がしんしんと降り続いている。
もう街灯の光も届かず、世界は白い静寂に包まれていた。
杏奈が小さくあくびをして、ふわりが湯呑みを揺らす。
鈴音はこたつの縁に頬をのせて、ぼんやりと雪を見ていた。
「……なぁ」
俺はゆっくりと口を開いた。
「そろそろ、最後の命令にしようか」
三人の瞳が一斉にこちらを見る。
「もう、最後なんだ……」
杏奈が少し寂しそうに言う。
「れーじくん、まだいっぱい遊びたいのに~♡」
「鈴音も……もう少しこのままでいたいです」
その言葉に、胸の奥があたたかくなる。
「……じゃあ、最後の命令だ」
俺はゆっくりと息を吸い込み、三人の顔を順に見つめる。
「“目を閉じろ”」
「……え?」
「目を、閉じる?」
「ん~♡ なんかドキドキする~♡」
ふわりがにこっと笑いながら目を閉じる。
杏奈も、少しだけいたずらっぽく笑って、素直に従う。
鈴音は少し戸惑いながらも、両手を膝の上に置き、目を閉じた。
こたつの灯りが、彼女たちの頬をやさしく照らしている。
その光景を見て、ふと息が詰まるほど愛おしいと思った。
「……ありがとう」
静かに言葉がこぼれた。
「お前らと出会えて、本当によかった」
その一言で、部屋の空気がふっと変わった。
誰も声を出さない。
ただ、微かに聞こえるのは湯呑みの中の茶が揺れる音と、外の雪の音。
「れー君……」
杏奈が、そっと目を開けて言った。
「そういうの、反則だよ」
「えへへ♡ ふわり、泣きそう~♡」
「……鈴音も、です」
三人とも目を潤ませながら、笑っていた。
「だから言ったろ」
俺は少し照れくさく笑って、こたつの縁に腕を置く。
「これは命令じゃなくて、気持ちだから」
「れーじくん、ズルい~♡」
「ズルくても、好きだもんね~♡」
「ふ、ふわりちゃん!?」
「リンちゃんも、同じでしょ~♡」
「~~~~っ!」
鈴音が顔を真っ赤にして、こたつの中で足をばたつかせた。
杏奈が笑いながら、そっと俺の手を握る。
「ね、れー君」
「ん?」
「この旅行、忘れないでね」
「忘れるわけないだろ」
ふわりも手を重ね、鈴音も小さく指先を添える。
その瞬間、三人のぬくもりが重なって、こたつの中が春みたいにあったかくなった。
「……王様、最後の命令、成功ですね」
鈴音の声が、少し震えていた。
「成功だな」
外ではまだ、雪が静かに降り続いている。
それはまるで――
“4人だけの時間”を包み込む、白いカーテンのようだった。
◇◇◇
夜更けの宿は、しんと静まり返っていた。
外ではまだ雪が降り続き、障子越しの光が淡く白く反射している。
俺は布団に潜りながら、今日一日のことを思い出していた。
電車での騒ぎ、温泉、こたつでの王様ゲーム。
――本当に、笑いっぱなしの一日だった。
「……れー君、起きてる?」
小さな声が、障子の向こうから聞こえた。
「杏奈か?」
「うん。ちょっとね、寝れなくて」
そっと襖が開く。
湯上がりの杏奈が、パジャマ姿で立っていた。
肩までの黒髪がまだ少し濡れていて、ほんのり石鹸の匂いが漂う。
「ふわりちゃんも鈴音も、寝ちゃった?」
「いや、多分――」
と言いかけた瞬間。
奥の布団から「ふわぁ……♡」「……鈴音も、起きてます」
二人の声。
「ほら、全員起きてんじゃねーか」
「えへへ♡ 結局こうなるんだね」
杏奈が笑って、俺の布団の端をめくった。
「れーじくん、こっち入ってもいい~?」
「いや、逆だろ。なんでお前らがこっち来る流れなんだ」
「決まってるでしょ。“恒例行事”♡」
「な、なにが恒例行事ですかっ!」
「リンちゃん、顔まっか~♡」
「ま、またそうやってからかって~!」
結局、流れはいつも通りだった。
俺が真ん中で、三人が左右にくっつく形。
右に杏奈、左にふわり、その上に鈴音がちょこんと布団の端を持ち上げて顔を出している。
「ほら、真ん中が王様の定位置でしょ?」
「はいはい……」
布団の中、三人の体温がじんわり混ざり合う。
雪の音が遠くに響いて、世界がゆっくりと静止したようだった。
「れー君」
「ん?」
「なんかね……思ったの」
杏奈が小さく呟く。
「高校の思い出、いっぱいできたけど――一番楽しいのって、今なんだよね」
「わかる~♡」ふわりが頷く。
「鈴音も……同じです」
鈴音の声は少し震えていた。
「卒業しても、こうしてみんなでいられたらいいなって」
「いられるよ」
俺は言った。
「俺たち、同じ大学行くんだろ?」
「……そっか」
「うん、そっかぁ~♡」
「そっか、ですよね……っ」
鈴音の目にうっすら涙が浮かんで、それを見た杏奈がそっと笑う。
「もう泣き虫なんだから~」
「だ、だってぇ……!」
「ふわり、ティッシュ~♡」
「はーい♡」
「なぁ」
俺は天井を見上げて、小さく息をついた。
「この先どうなるか分かんねぇけど――」
三人が静かに耳を傾ける。
「でもさ、俺……ずっとお前らと一緒にいたいって思う」
短く、でも確かに。
自分でも驚くほど、迷いのない声だった。
杏奈が小さく笑って、「うん」と頷く。
「れー君、今の録音しとこっか♡」
「ちょ、待てや!」
「ふふっ♡ 冗談だよ♪」
「れーじくん、ふわりたちのこと、大事にしてね~♡」
「してるだろ、もう十分」
「……れー君」
「ん?」
鈴音が、恥ずかしそうに言葉を絞り出した。
「鈴音も……大好きです」
一瞬、空気が止まった。
杏奈が目を丸くし、ふわりがほわっと笑う。
「リンちゃん、ついに言ったね~♡」
「~~~~~っ! わ、忘れてくださいっ!」
「忘れるかよ」
だって何度も聞いてるもんよ。
「っ……れーじ君のいじわるぅ!」
三人の笑い声が重なって、
雪の夜に溶けていく。
「おやすみ、みんな」
「おやすみ~♡」
「おやすみなさい、れー君」
「おやすみなさいっ」
こたつの温もりがそのまま布団に移ったような夜。
目を閉じると、静かな雪の音の向こうで、
三人の寝息がやさしく重なっていた。
(――きっと、これからもこうして笑っていける)
~ゲーム33回目 終了~




